第501話 少女の怒りと決意
酉祕島中央に聳え立つ800m級の神祕山、山頂付近まで木々に覆われた山だが山頂付近に窪み平になった部分があった。窪んでいるため周りを土壁に囲まれているようになっているので風除けになりキャンプ地としては最適で観光で栄えていた頃には売店もあり、今も地元民によって手入れされている神社や山小屋がある。代わりにここからでは島の様子を眼下に見ることは出来ないので景観は今一だが、島の様子を見せたくない神狩にとっては都合が良く、護りやすい地形なので避難場所として選ばれた。
そこに酉祕島の島民や学園の生徒合わせて約2000人ほどが避難していた。普段は閑散と感じる酉祕島だが今この時だけは都会のような喧噪である。
「大津波が来るって本当かよ」
「でも先生が言うんだからな」
「落ち着いて下さい。いない人はいませんか確認して下さい」
「まあたまには山登りもいいかもな」
「ねえお腹減った」
「みんさ~ん。いない人がいないか確認して下さい。いない人がいたら先生に連絡して下さ~い」
島民や学園の生徒が騒ぐ中、神狩の同様政府から派遣された職員や学園の先生達は島民や生徒をまとめようと忙しなく動いていた。何しろ急だったため何の準備も無く緊急で着のみ着儘で避難させたので各自が水や食料を用意しているわけも無く、当然毛布も無い。今夜は僅かに運べた水で耐えて貰ったとしても、万が一長期戦になったら二日目からは脱落者が続出して自滅することは明白だった。
突然のハプニングに祭りのような喧噪の中をみぞれは一人歩いていた。
果無に頼まれた期待に応えようとみぞれは頑張ってお年寄りや幼い子供の避難を助けたりしていた。そして避難が一段落したところで、果無が自分のところに来ることは無く一人で行ってしまったことを感じ取った。
体良く置いて行かれた。信じていたのに裏切られた気分である。みぞれは馬鹿じゃない聡い子である。だから果無の考えも分かるが、それでも釈然としなかった。そのモヤモヤする気持ちのままにみぞれは動き出しある人物を探して窪地を出る。そしてある程度目星を付けていた窪地から少し登った見晴らしのいいところに目当ての人物がいるのを見付けた。
「水だけでもなんとか確保できないか?」
「確か山の中腹に湧き水があるはず」
「生水では腹を壊さないか」
「一乃葉さん」
一乃葉は島の様子を伺いつつ神狩や自衛隊出向組と防衛戦や今夜のことについて相談をしていた。いつものみぞれでは信じられないが大人達の会話を断ち切ってみぞれは一乃葉に声を掛けた。
突然話し掛けられて一乃葉は少し驚いてみぞれの方を向く。
「みぞれかどうした?」
何かとみぞれのことを気に掛けていた一乃葉は相談の邪魔をされても笑顔で対応するが、苦み走った男の笑顔は優しい笑顔というよりヤクザが獲物を見付けた顔に見えた。それでもみぞれは恐れる様子も無く話し掛ける。ここで退けないと一所懸命である。
「一乃葉さん、お願いがあります」
みぞれはこの自分のお願いを聞いてくれるのは一乃葉しかいないと思っていた。
「なんだ?」
いつもは何処か控えめなみぞれが真っ直ぐ自分にお願いをしていることに一乃葉は姿勢を正す。
「私を果無さんのところに連れて行って下さい」
みぞれは頭を下げて一乃葉にお願いした。
「ん~そういえば彼奴何処に行ったんだおろうな~」
それは幾ら可愛いみぞれの頼みでも、いや可愛いだけに聞けない。一乃葉はわざとらしく辺りを見渡し果無を探すフリをする。
「分かっています。
あの人は今私達を助けるために一人で行ってしまいました。
でも
それでも
私のことを認めたと言ったのに。
後で力を貸して欲しいと言ってくれたのに。
頼りにされて嬉しかったのに。
なのになのに結局あの人は私を子供扱いして私を置いて一人で行ってしまった」
みぞれは陰に籠もる静かな怒りで黒いオーラが立ちこめているようであった。
「そうは言っても彼奴も男だ。みぞれの前で格好付けたんだよ。分かってやれよ」
怖い顔の大男の一乃葉が背を曲げて必死にみぞれを宥めようとする。
「そんなの知りませんっ」
みぞれは宥める一乃葉に怒鳴った。
「あの人はどこかズレています。自分勝手ですっ。変に格好付けてるし」
みぞれは果無に対する不満を一気に吐き出した。普段大人しい子ほどキレると怖いを体現したかのようなキレっぷりに一乃葉は完全に及び腰になった。
「ごっごめんなさい」
ある程度毒を吐き出して正気に戻ったみぞれは一乃葉に謝る。
「いいさ。いつもどこか遠慮していたみぞれに素直に怒鳴られるなんて俺は嬉しいよ」
一乃葉は本当に嬉しそうだった。完全に父親目線である。
「あの人が勝手にするなら私も勝手にします」
「どうしたんだい? 彼奴をぶん殴るのか?」
一乃葉はみぞれの前でファイティングポーズを取って殴るマネをする。
「あの人を助けます」
「助ける?」
「私が行かなくてはならないんです。
あの人を助けられるのは私だけなんです。お願いします私をあの人もところに連れて行って下さい」
「みぞれがか?
だったら俺が一人で行く、みぞれはここで待っているんだ」
果無を助けるために上陸部隊に切り込むなら一乃葉一人の方がいいのはみぞれを諦めさせる方便でも何でも無く事実だった。
「それでは駄目なんです。
決して、一乃葉さんが弱いとか信用できないとかじゃ無いんです。
私のこの力が必要なんです」
みぞれは自分の胸に腕を当てて一乃葉を真っ直ぐ見て言う。
その目が僅かに黄金に輝いているのを一乃葉は勿論あの男も見逃さない。
「待てっ君はその力を使うことを肯定すると言うのかい。そうしたら二度と無くすことは出来なくなるぞ」
二人の様子を伺っていた神狩が割って入ってきた。
神狩の治療は何かの原因で人より突出してしまった認識を辺境の島という穏やかな環境と睡眠療法を用いて薄れさせることで魔の力を無くすものである。なのに強く認識してしまったらもう消す事は出来なくなるだろう。
「構いません。あの人に出会って分かったんです。私はこの力を恐れていたけど、これからはこの力を恐れず使いこなして人の役に立ちたい、そして自分に自信を持ちたい。あの人のように」
果無が人のために働いていたかは不明だが持てる力、壊れた自分の心すら忌避すること無く利用していたことは事実である。その姿が己の魔の力を恐れ己を嫌っていたみぞれにとって眩しく映ったのも事実。
「そうか」
力に対して前向きになったみぞれに神狩は目頭が熱くなった。
来たばかりに頃は己の力を恐れておどおどしていたみぞれが今自分の足で歩き出そうとしている。いつまでも人は子供じゃ無い。そもそも神狩が魔の力を子供から無くしたいと思ったのは子供の幸せを願ってのことで研究成果を上げる為じゃ無い。否定も肯定も表裏一体、肯定して子供が歩き出すというなら背中を押してやるのも大人というものである。
「一乃葉頼めるか?」
「俺は構わないぜ。元々彼奴の言う闇の深淵という奴を見てみたかったしな。
だが俺が抜けてここの防御は大丈夫か?」
「任せて下さい。私達はプロですよ」
鈴中達が胸を張って請け負う。
「任せた。
行くぞみぞれ」
「はい」
二人は果無を助けるため山を降り出すのであった。
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