第500話 黄金の終焉

 夕日が沈んでいき世界が黄金に染まりだす

 昼と夜が混じり合い認識が歪む逢魔が時

 女はゆらりゆらりとひらひらと

 夢一夜の蝶の如く現実と幻想の狭間を歩いてくる。


「おい、撃ち殺すか」

「待て、いい女だぜ。楽しんだ後でだ」

「隊長の指示を仰げ」

「隊長ならあんな上物無駄にしろとは言わないぜ」

 銃で武装した無数の荒くれ者達を前にしてゆったりと平然と近付いてくる女を前にして兵士達は不気味さより欲望が勝っていた。

 彼等だってプロだというのに理性の隙間に魔が挿し込まれてしまったとでもいうのだろうか?

「隊長どうしますか?」

 神狩とみぞれ以外は皆殺しの予定だったが副長は欲望に浮き足立つ部下達を前に判断を隊長に仰ぐ。

「この事態の起点となった女。生け捕りにして裏を調べる必要はあるが」

 隊長は素手で熊を殺せそうな体格をしておきながらたかが丸腰の女一人を前にして表情は渋い。

「隊長あの女は危険です。

 背後関係を探れないのは残念ですが、直ぐに始末するべきです」

「貴様っ。千の兵に匹敵すると称された我等が女一人に後れを取ると言いたいのかっ」

 副長が恐怖の裏返しのように淺香を叱責する。

「そういうお前を嫌いではないが、上ならもっと大局に立て。

 超兵31号が言う通り、あれは普通じゃないな」

 隊長は人間のクズではあるが何も一方的な虐殺だけをしてきたわけじゃない。紙一重の修羅場を超えてきた優秀な歴戦の勇士でもある。命を削って磨かれた感性が女から危険をビシビシ感じる。もし隊長が一人の一兵卒であったならこの場から直ぐに逃げている。兵士には敵を倒すより生き残ってこそなんぼ、得体の知れないものに挑むのは蛮勇と知る。

 だが今の彼は祖国が誇る特殊部隊隊長、千の兵士に匹敵すると称された部隊の隊長、おいそれと逃げられない。

 出世と引き換えの柵が隊長を縛る。

 一人の女を前に安易に逃げたら失脚である。良くて引退、悪ければ今までの悪行を背負わされて処刑である。

 悪の帝国ような祖国だがときどき生け贄を捧げて悪行の精算を行っている。

 生け贄なんぞになりたくない。進むも退くも命懸けの綱渡り。

「隊長あれはいい女です。是非自分に機会を下さい」

「貴様抜け駆けするな」

 本質は外道だが仕事は粛々とこなすプロの兵士達が悩む隊長に欲望をギラギラと滾らせて直訴する。

「駄目だ。

 俺が一番乗りに決まってるだろ」

 隊長はここで男臭くニヤッと豪胆に笑ってみせる。部下のノリに乗ったのだ。

「そこは部下に譲って下さいよ」

「じゃあ二番は俺」

「はっはそう逸るな。俺達はプロだお楽しみは仕事をしてからだ」

「「「はっ」」」

 色々悩んでいたが、かつて自分も弱気になった上司をその場で撃ち殺したこともある隊長としては部下の前で弱気を見せることは出来なかった。それでいて、まずは部下を嗾けて様子を見ればいいと強かな計算もある。


 近付く夢乃を兵士達がサッと包囲し無数のアサルトライフルの銃口が夢乃に向けられる。

「うふっ穴が一杯」

 夢乃は銃口を見てうっとりと妖艶に笑う。

「そうだ。出来ればお前を穴だらけにしたくない。

 降伏しろ」

 隊長は夢乃と対峙して背中から脂汗が流れるのを止められない。それでも一切表情には出さないで降伏勧告をする。

「あら、私が怖いの?

 ならこれで怖くない」

 夢乃は隊長の心の中を見透かしたように笑うと着物の帯をくるくると解いていく。

「貴様何をしている」

「そう怖がらないの」

 するっと着物が脱げて美が晒される。

 着物の下に下着は無粋とばかりに付けられてなかった。

 一糸纏わぬ黄金比の裸体がまざまざと晒され兵士達の視線は釘付けに成る。

「さあ、貴方達はこの穴に・・・」

 夢乃の手が秘部に添えられ

 ゆっくりと

 ゆっくりと

 股が開かれ指が開かれていく

 男達は魅了され開かれようとする秘部から視線を外せない。

 ゆっくりゆっくりたらーーと秘部が晒されようとして銃声が響いた。

 鮮血の花がぱっと咲き夢乃の脳天に穴が空いた。

「超兵31号」

「その女は危険なんです」

 隊長ははっと正気に戻って、自分が戦場において戦いを忘れていたことに恐怖する。だが男ならしょうがない、淺香は女が故に抗えたと言える。

「あらあら喧嘩はいけないわ」

「「なっ!?」」

 脳天を打ち抜かれ額に穴が空いているのに死なないどころか妖艶な笑みを浮かべる夢乃に隊長も淺香も恐怖する。

「折角天国の内に地獄に招こうと思ったのに人の好意を無碍にするなんて。

 い

 け

 ず」

「なぜ死なない?」

「なぜかしら。

 そんなことより、ねえ、貴方達はこの穴に何を見るのかしら?」

 夢乃は笑って額の穴を指差す。

「「「?」」」

 隊長を含めた兵士達全員が夢乃の誘いに額に空いた穴を見てしまう。

 銃弾で開けられた穴

 血が飛び散った跡が残る穴


 ある者は村で自分が撃ち殺した子供の弾痕

 ある者は自分を恨めしそうに見詰める剔られた眼孔

 ある者は犯してやった女の秘部

 ある者は自分にのし掛かる男の臭い息が吐き出される口

 皆穴の先に後ろ暗い闇しか見いだせなかった。


 極上の悪意は今満ちた。


 どくどくぶしゃ~と夢乃の銃弾で空いた額の穴からマグマのように熱くコールタールのように粘つく赤黒い悪意が溢れた。

 溢れた悪意は辺り一面に広がっていく。

「なっなんんだ」

 足下に迫る悪意に逃げようとした兵士を悪意はスライムのようにガバッと盛り上がって襲い掛かり呑み込んだ。

「たったいちょうたすけ・・・がばごぼ」

 酸素が吐き出され代わりに極上の悪意が助けを叫ぶ口から耳から目から陰茎の先から臍から穴という穴から犯すように流れ込む。

「ううわああああああああああああああああああああああああああ」

 それを見ていた兵士達の理性は一気に吹き飛んで泣き叫ぶ子供用に逃げるが津波の如く悪意は襲い掛かり誰も逃がさない。

「ゆっ赦してくれ~」

「おれがわるかった」

「改心するから」

「やめろやめろ」

 兵士達は極上に悪意に呑み込まれ蝕まれていく。

 この場にいた兵士達の殆どはあっという間に悪意に呑まれたが、悪意はそれだけで止まらない。止まるわけが無い。

 悪意は毛細管現象の如くサーーっと島全体に広がっていく。

 町が呑まれ、タラップすら伝ってステルス艦すら呑まれた。

 悪意は人間を見逃さない。

 人を全て等しく地獄に誘っていく。

 このままなら山の頂にすら悪意は登っていくだろう。

 現に悪意は森を呑み込み山の麓まで迫り稜線を伝って山頂に登っていく。このままでは山頂に逃げた島民も悪意に呑み込まれるだろう。

「さあみんなお帰りなさい」

 平地に広がる悪意の上に夢乃の笑顔が浮かび上がり秘部の辺りに穴がボコッと空いた。

 秘部が開かれ渦を描いて悪意が呑み込まれていく呑み込んだ人間ごと

 人は生まれた原初に吸い込まれていく

 尤もそこは母の愛に包まれた子宮でなく人の原点たる悪意に満たされた原初

 このまま流れ続ける悪意の重さに律崩壊を起こし狭間の世界すら突き抜け魂源の深いところに沈んでいくだろう。


 果無は手元の戦力で特殊部隊に勝てないと悟った。

 唯一の活路は自分が呼ばれることになった島の神と一体化すること

 人を捨て去ることになるが

 死ぬよりはいい

 己の我が消滅するよりはいいという合理的判断と

 みぞれと大原が助かるならという感情がスパイスになり島の神を受け入れた。

 今までユガミを拒否してきた鋼の精神力だが自ら受け入れてしまえば話は違う

 果無はあっさりと島の悪意と一体化し荒ぶる神が生まれた。

 それでも果無の最後の意思か山頂だけはみぞれ達だけは悪意に呑まれないようにした。

 これで果無の人としての最後の望みは叶えられ、人としての悔いは無し。


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