第499話 現実と蝶
学園寮の屋上に陣取り島の様子を伺っている壮年の男がいた。逞しい顎髭を生やし歴戦の戦士らしく立ち姿に隙は無い。陸戦隊の隊長である。
その隊長に精悍な青年の副官が近付いていくる。
「隊長、町は蛻の殻のようです」
「こんな島の劣等民にしては意外と対応が早いな」
新旧の港を抑え町に突入した50名ほどの陸戦隊は5部隊に別れて町中の建物を片っ端から家捜しをして島民を探しているが見付けられずにいた。普通ならこんな面倒なことをしないで火でも付けてしまえば簡単だが、やはり島ごとの背乗りが目的なのか出来るだけ家屋の破損を避けている様子が覗える。これは不幸中の幸いか、ここさえ乗り切れれば島民は直ぐにでも日常に復帰できるだろう。
「どうしますか?」
「まあいい。港を抑えた以上この島からは誰も逃げられない。丁寧に丹念に虱潰しに害虫駆除を行うだけのことだ」
「了解です。しかし忌々しいですな。大人しく我等偉大なる我が祖国の実験台になればいいものを手間を掛けさせてくれる」
苛立ち気に副官の男は言う。
「まあそう言うな。害虫なりに必死なのだろう。どんな任務でも粛々とそして楽しむ心の余裕を持つことが長くこの仕事をする秘訣だぞ」
「心に留めておきます」
「若い女も数人いると聞く。私は一人でも大丈夫だ、お前も励んだらどうだ?」
「お言葉に甘えさせて頂きますかな。もう少し情勢が判明したら行かせて貰います」
「おう、励め励め」
2人とも何の良心の呵責もなく話す。
彼等は祖国のために働く特殊部隊。そう聞くと格好いいが、仕事は反乱分子の暗殺や誘拐、時には村人ごとの証拠隠滅とあらゆる汚れ仕事を請け負っている。そんな仕事をしておいて家に帰ったら愛に満ち溢れた家族に心が安らぐとは行かない。麻薬に溺れた者がどんどん強い薬を求めるように、闇に染まった心は更なる獣欲を満たし墜ち続けることでしか心の平穏を保てなくなる。彼等が任務外のリンチ・強姦・拷問などの外道を行うのは人間の必然なのであった。
隊長も今は落ち着いているが一兵卒の時には貪るように外道に励み闇に染まりきった男なのである。
「それで奴らは何処に逃げた? 事前の情報では立て籠もるなら学校か診療所くらい、もしくは山しかないが。
まあいい監視任務を行っていた超兵31号がそろそろ合流するだろう」
「そうですね。ここで待ちますか」
隊長と部下は狙撃を恐れることなく見晴らしのいい屋上に腰を据えて、今後の相談をはじめるのであった。
ほどなくして逃げたと思わせて神狩達を遠間から監視していた超兵31号こと淺香がやってきた。
「隊長、報告します。
ターゲットは島民と共に山に逃げ込んだようです。一部職員が火器も持ち込んでいるようでゲリラ戦を挑むと思われます」
淺香はみぞれの力を恐れて近づけなかったが神狩が島民を先導して山に避難させている様子などの情報収集は抜かりなく行っていた。
「一番やっかいな選択をしてくれたか」
学校にでも立て籠もって籠城戦をしてくれた方が多少手こずるだろうが包囲殲滅するだけなので今日中にでも制圧を完了させられるであろうが、広い山に逃げられては少ない人数で山狩りする嵌めになり時間と手間が掛かるのである。
「それでも隊長の掌の上ですな」
「ふっふっ、第三小隊の連中は今頃楽しんでいるのだろうな」
隊長は顎髭を弄びながらニヤリとする。
「何か手を打ってあるのですか?」
2人の会話の意味が分からず淺香が尋ねる。
「ああ隊長は島の裏側から第三班を回り込ませておいたのだ。今頃山に逃げようとした連中と鉢合わせになっているだろう」
「しかし隊長、私は山の方から来ましたが銃声を聞いていません」
「言われてみれば静かだが、それはないだろう。多少戦闘力のある者もいるようだが超兵の敵ではないはずだ。おおかた銃器を封印して遊んでいるのだろう」
副長が自信たっぷりに淺香に答えるが、淺香はみぞれの恐ろしさを身に染みて知っている。あの力を上手く活用できれば超兵と言えども赤児の手を捻るように制圧される。それほどまでに人の認識を操る魔は強力なのである。
「ですが一発も銃声が響いてこないのはおかしいです。もしかして読まれたのでは」
「貴様ッ、一兵卒の分際で隊長の作戦を批判するかっ!!!」
「そんなつもりは・・・」
超兵への改造手術に適応できたことで彼女は娼婦になるか金持ちのおもちゃになるかの二択しかない最下民から抜け出せたが、まだまだ隊長達上級国民層とは対等ではないのである。
その証拠に超兵31号呼びで名前を呼ばれない。そして夜伽を命じられれば断ることは出来ないのである。
「まあ待て副長、部下からの意見具申は聞くものだ。
超兵31号の言う通り奇襲なら超兵でも倒せる可能性はある。だがそうだとすると島の裏に兵を回した俺の思考を読む者がいることになる。
超兵31号、敵にそんなことが出来る者がいるのか?」
「1人、この島に今日突然現れた得体の知れない男がいます」
「ほう。フェリーを襲い穏便に事を運ぶはずだった計画が崩れた原因か?」
元々は殺人犯として本土に護送される途中のフェリーを襲いみぞれを確保し、証拠隠滅の為にフェリーに乗っていた者を皆殺しにした後で船ごと沈めて事故として処理させる計画だったのである。こんな露見する危険が大きい島ごとの背乗りはやむにやまれず選択した最後の手段だったのである。逆に言えば、これだけの作戦を決行しても諦めるという選択はないほどにみぞれには価値が在るのである。
その価値とは?
彼等の本国はみぞれの認識を変える魔を使って人の認識を歪め人造魔人を量産する計画を目論んでいるのである。もし任意に魔人を生み出して軍事利用できれば、そのアドバンテージは計り知れないもので米帝を一気に追い抜ける可能性を秘めている。なら何をしても遺憾しか言わない日本政府相手に遠慮することはない。それでも秘密裏に作戦を進めようとしていたのは米帝に嗅ぎ付けられることを恐れてのことであった。
「はい。それとその前にも怪しい女が流れ着いています」
「無関係とは思えないな、この作戦が漏洩した可能性があるな。劣等民族の諜報能力甘く見すぎたか、いや日系人という可能性があるか」
「ヒーロー気取りのヤンキー供ですか。そうだとすると厄介なことになりますね。
どうしますか?」
日本は全く恐れてない副官だが流石に米帝が絡んでくるとあっては緊張した趣で言う。
「面白い。
部隊を集結させろ。作戦変更だ。背乗りは一時中止し目標の確保を第一優先とする。場合によっては目標確保後の即時撤退もあり得る」
「了解です」
男の存在に不気味さを感じた隊長は島ごとの背乗りを一旦諦め、当初の目的の実験体の確保を優先することにしたようだ。この柔軟な対応こそこの男を今まで生き残らせてきた。
だがその慎重な隊長の思惑は全くの的外れで米帝は関係無く、ただ果無というある意味米帝よりも恐ろしいイレギュラーを相手にすることになるのだが、そんなことを隊長が知るよしはなかった。
十数分後には町の各地に散っていた部隊が町の広場に集結していた。
総数50名、超兵5名からなる部隊で、これに港を抑えた部隊と果無に殲滅させられた部隊を合わせれば千の兵士に匹敵する戦闘力を秘めていると本国で称されている。
「副長は第五、六班とここで遊撃隊として別途指示があるまで待機」
「了解」
「第一、第二、第四班は私と共に山狩りに向かう。
奇襲があるかも知れない。いや奴らには奇襲しかない。見通しの悪い森に入ってからが勝負だ。各員警戒を怠るな」
「はっ」
「裏を返せば奇襲以外で我等が負ける要素はない。存分に劣等民族に我等の優秀性を見せ付けてやれ」
「はっ」
「いい返事だ。前進・・・。?」
女がいた。
隊長が進もうとする前に女が一人いた。
「女?」
女は武装した50名近い荒くれ者の集団に無防備に近寄ってくる。
しゃなりしゃなり
女は色鮮やかな紫地に黄金の蝶があしらわれている着物を纏い花魁かの如く優雅に艶やかに男の目を惹き付ける。
「超兵35号。あれは誰だ」
道案内として傍に付けておいた淺香に隊長は尋ねる。
「あっあれは!? この島に流れ着いた女、夢乃 胡蝶です」
そう夢乃 胡蝶が近付いてくる。
ゆったりと
ひらひらと
真夏の夜の夢に羽ばたく蝶の如く
しゃらいしゃらりと
優雅に
艶やかに
男の目を惹き付け
幻想的に近付いてくるのであった。
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