第498話 母の愛

 バサッバサッ

「恐み恐みも白す。

 酉祕島の守り神様、この島に禍為すものを捧げます」

 トメが拘束され正座させられている兵士の横でおおぬさを振り祈祷を捧げたのを確認すると俺は穴の前に正座している兵士の一人の頭をぐいっと押さえ穴の上に突き出させ、目隠しを取る。

 兵士の恐怖に見開いた目に深く昏く無限に落ちる穴が映り込む。

「さあ、お前は神に何を見る」

 ぽっかりと地面に空いた穴。

 落ちるほどに日の光は届かなくなっていきどこまでも昏くなっていく。

 見詰めるほどに何処までも何処まで昏く落ちていく穴は見通せない。

 見通せない無限の先に己が吸い込まれそうになり己の内を映し出す。

 兵士の顔が恐怖で染まっていく。

「ふごごっごごごごごごごごごごごご」

 兵士は恐怖に嘔吐するが猿轡をされているが故に吐き出せず逆流するが兵士はそんなことに構ってられない、穴から己の内に眠る神から逃れようと激しく暴れ出す。

 テロリストが潜んでいると密告のあった村。テロリストを一人一人捜すなんて事はしない、包囲して目に付く者から撃ち殺した。必死に逃げる村人をゲラゲラ笑いながら的にして撃った。若い女は足を撃って逃げられなくしてからおもちゃにして満足した後撃った。

 良心が痛むことはなかった。

 偉大なる祖国に盾突く少数民族に生きている資格など無い。

 そう信じ切っていた。

 今その生きた的に過ぎなかった者達が昏い穴の底から銃弾で空いた昏い穴で見詰め返してくる。早く来いと見詰めてくる。

「神を見たようだな」

 俺はそう告げるとドンと背中を押して兵士を穴に突き落とした。


 かみこみかしこみ

 ふた~り

 かみこみかしこみ

 さんにん

 かみこみかしこみ

 よにん

 かみこみかしこみ

 っと酉祕島の儀式に則り粛々と進み兵士達は穴に消えていく。

 神に光を見た者も這い上がってくる者もいなかった。

 皆己の闇の呑まれていく。

 そして最後に残ったのは超兵だった。

 この男は強いだけではない人の業が一番深い。既に満水に近い器への最後の一押しになるだろう。

「恐み恐みも白す。・・・」

 トメの祈祷を聞きつつ俺は同じように超兵の横に控えていた。超兵の猿轡が解け窄められた口が向けられる。

 数々の修羅場で鍛えられた勘からこの俺が考えるより先に体が反射で動いた。

 シュッ。弾丸の如く空気を切り裂き俺が数瞬前までいた空間を剔って通り過ぎていく。

 超兵の窄められた口からスイカの種を吐き出すより何倍も鋭く何かが吐き出されたのだ。

「ぎゃああ」

「トメさん」

 悲鳴に振り返るとトメさんの腹が銃弾で撃たれたように赤く滲み出す。

 歯だ。歯を銃弾のように吐き出しやがった。全てが終わってから脳の情報処理が終了し、辛うじて目で捉えていた物体が歯であると結論づけた。

 くそっ油断したつもりはなかった。

 手の関節を外し暗器対策で衣服を剥ぎ取った上に目隠しまでしたのにこれかっ。

「かっかっか、油断したな俺は超兵、お前等如きに俺の自由を奪えねえ」

「黙れっ」

 俺は高笑いする超兵に俺は銃を抜き放ち撃つが超兵は完全に銃の軌道を見切って避けた。

 なぜだ? 目隠しはされている動きじゃない。武道の達人で気配でも読み取れるとでもいうのか?

「目隠しをして油断したな。目が見えなくとも俺に内蔵されたセンサーはお前達を捉えているぞ」

 自らネタバレしてくれた。超兵という傲りから来る油断だろうが、実際問題知ってもその情報が生きるのは次があったらだ。

 コンバットマグナムに合う弾がなくて魯蓮から借りたコルトガバメントだがハンドガンじゃ勝てない。俺ではアサルトライフルでもなければ負傷した超兵でも勝負にならない。

 ここで開くかと思ったときだった。

「恐み恐みも白す。

 この島に仇為す者達は私が連れて行きます。

 うわああああああああああああああああああああああああああ」

 トメが超兵に向かって走り出し、避けようとした超兵に銃弾を放つ。超兵はトメより銃弾を優先して避けた為にトメに抱きつかれた。

「ババアが気持ちわりい離れろっ」

「果無。酉祕島島主たるこのトメが全ての罪を今ここで精算する。だから息子にいつか帰ってくるように伝えてくれ」

「トメさん」

「約束じゃぞ。

 さあ酉祕島に仇為す者よ。酉祕島の神に会うがいい」

「ババアっ」

「さあ神を見るがいい」

 トメは超兵の目隠しを外し、超兵はトメの瞳に映った穴を見る。

 トメの瞳に映る昏い深い穴。

 その瞳に超兵は何を見る?

「うわああああああああああああああああああああああああああああああああああ。

 離れろ離れろ」

 超兵は狂ったようにトメに頭突きを放つ。

 トメの頭蓋が割れ、脳漿が噴き出し、眼球が飛び出す。それでもトメが超兵から離れることはなく、超兵はトメを振りほどこうと暴れている内に足を滑らせトメと共に背後の穴に墜ちていくのであった。

 俺は落ちていくトメさんの口元に笑みが浮かんでいるのを見た。

 それは島主の一族として使命を果たせた使命感からか息子を救えた母の愛からか。

 どちらにしろ満足した最後だったのであろう。俺も最後はああありたいものだ。

 その為にも俺は俺の仕事を果たす為、石段を一段一段降り出すのであった。


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