第497話 上陸戦

 まだ日は出ているというのに木々に遮られ薄暗く洞穴のようなった湿った石段を登っていくと、木々に覆われ洞のようになった広場の深く昏い穴の前には裸にされ拘束された兵士達が横一列に正座させられている光景が広がっていた。

 兵士達は目隠しと猿轡をされ見えずしゃべれず、聞けるのみである。

 非人道的扱いだがこれは戦争じゃないので捕虜の取り扱い条約はないどころか、此奴らはここにいないはずの人間だ、どう扱おうとどこからも文句は来ないだろう。

 自衛隊組は予定通り避難誘導をしているのだろうこの場にはいない。

「おっ戻ってきたか・・・、婆さんも一緒かよ」

 魯蓮はまさか俺がトメを連れてくるとは思わなかったのか意外そうな顔をする。

「ああ、島主として来て頂いた」

 これからこの島を守ってきた荒ぶる神と対話して貰うんだ、トメにはこの酉祕島伝統の夕日色の巫女装束に着替えて貰っている。ケジメを付ける上でもこれ以上の衣装はないだろう。

「ふんっ無礼な小僧だね」

「すっすいません」

 トメに掛かれば中年の魯蓮も小僧扱い、魯蓮は叱られた子供のように謝る。

「それでこれからどうするんだ?」

 一乃葉が聞いてくる。カラッとした男らしい男だが、公安の魯蓮は兎も角この男も俺が命じた通りに働き兵士達への扱いについて俺に文句を言わない。

 この男は何者なんだろうな。少なくても辺境の島で牧歌的に漁師をやっているような男じゃない。

「ここからだと町の様子が見えるな。おいでなさった」

 山の中腹の木々に覆われた隠された場所だが、木々の隙間からは島の様子が一望できる。


 新港にはステルス艦が旧港には数隻のゴムボートによる揚陸部隊が同時に現れた。

 旧港にゴムボートで上陸した陸戦隊は素早く展開し停泊してある小型漁船の制圧を開始する。漁船で逃げようとした者はいないようで、無人の漁船を何も抵抗も受けず訓練のようにスムーズに確保していく。

 新港に表れたステルス艦は駆逐艦より一回り小さくその代わり小回りが効くようでタグボート無しで埠頭に横付けすると碇を降ろし揚陸用のタラップを降ろす。陸戦隊はタラップを使い上陸すると、素早く隊列を整えこれまた無人の港湾施設を制圧していく。

 酉祕島の新旧港を同時制圧するところに一人として逃がさない意思を感じる。更に逃走手段を潰す為なら漁船や港湾設備を破壊した方が人手を取られないで簡単だろうに数人を残して確保するようである。

 みぞれや神狩を確保して終わりじゃない? 彼奴らまさか島ごと背乗りでもするつもりか。日本近海の島の住民が丸ごと大陸の人間に成り代わるなんて出来ると思っているのか?

 違うか。出来る出来ないじゃない。彼奴らが出来ると思うほど日本はザル防衛で国民を守る気概も感じられないということか。

 まあ大陸の人間になら何をされても遺憾と言うだけだしな。大陸側から見たら笑いが止まらないだろう。

「町にはどのくらい人が残っている?」

「そこは神狩が頑張った。取り敢えず一人も残ってねえよ。みんなこの山の山頂を目指して避難中だ」

 魯蓮が答える。

 思った以上に神狩は島民の信頼を得ているようだな。だが避難は完了してないのか、すんなりとはいかなかったようだな。

 ちなみにここに来る道は山の山頂に向かう主な山道から脇に逸れて木々に覆われ隠された道になっている。普通にしていては辿り着けないだろう。

「大原は?」

「体格のいい男が担いで運んでいるよ」

「そうか。

 子供達は?」

「教員が率先して避難させている。多分山頂に着いているんじゃないか」

 取り敢えず俺が責任を持つ範囲の大原と島村達は俺がしくじらなければ心配はいらないようだ。

「だが山頂に逃げて次はどうするんだ?

 いつまでも無線封鎖を出来るものじゃない。時間を稼げば異変を察知して応援が来るかも知れないが、そんなこと奴らも分かっている。夜になろうとも山狩りを強攻するぞ」

 一乃葉の言うことは尤もだ。津波が来るわけじゃないんだ山頂に逃げたところで、時間を稼げるだけだろう。

「ゲリラ戦をするつもりらしいが、高所を取って地の利はあるが如何せん人数が少なすぎる。思った以上に奴らの人数が多い、犠牲を承知で来られたら直ぐにでも潰されるぞ」

 加えて超兵に出てこられたら数質共に劣る俺達に勝ち目はほぼ無い。だからと言ってむざむざ殺されてやるつもりもない。

 彼奴らが非道な連中で良かった。此方も遠慮無く非道な手段が執れる。ふっふ、目には目の古来より認められている権利さ。

 最初の賭に出た奇襲で生け贄は確保できた。後は実行するだけだが、一乃葉にこれ以上の策があるというなら迷い無く其方を採用する。つまらない拘りやプライドは合理的判断の前にはゴミに過ぎない。

「どうしろと?」

「奴らが山を包囲するというなら、俺達は包囲の輪をすり抜けて大将を討とう」

「大胆だな」

「だがこれしかない」

 確かに普通に考えればそれしかないと思う。上手く包囲をすり抜けることが出来れば有効かも知れない。兵士達は包囲に出て手薄、そこを突いて大将を強襲、古来より数で劣る側が使う手段ではある。島民には囮になって貰うことになるが、まともな策はこれくらいしかないだろうし、それでも勝率は低い。古来の合戦じゃないんだ。指揮官を討たれた後退とは成らないだろう。一時指揮系統の混乱はするだろうが直ぐに次官が指揮を受け継ぐだろう。

 司令官を捕虜にする。大陸の秘密部隊が人権重視するわけがない。捕虜にした司令官ごと皆殺しにされて終わり。

 親しい者を連れて漁船を奪還して脱出。それもステルス艦に撃沈されて終わり。

 ステルス艦を奪取。あんな最新鋭艦を奪って直ぐに操艦が出来るとは思えない。手こずっている間に陸戦隊が戻ってきて皆殺し。

「却下だな」

「恐れるのは分かるが・・・」

「まあ聞け。俺には秘策がある。

 今は一刻でも早く避難を完了することだけを考えろ。タイミリミットは夕方までだ」

 夕方、逢魔が時。最も律があやふやになる。

「秘策とは何だ?」

「言えないな」

「避難が遅れればどうなる?」

「皆殺しになるよりはいいだろ」

「貴様ッ」

 一乃葉の拳が飛んできた。

 これで気が済むならと敢えて一発は受けてやった。

「気は済んだが、犠牲を出したくないなら避難を手伝え。

 もう、この場は俺とトメさんで十分だ」

 ちっ口の中を切ったか、舌に鉄の味が広がり頬がズキズキする。

「何をやらかす気だ?」

 魯蓮が誤魔化されるものかと俺に切り込むように聞いてくる。

「知らない方がいい。知ったら闇に落ちていく。子供がいるんだろ」

「・・・」

「俺は知りたいな」

 俺を殴って冷静さが戻ったのか一乃葉が静かに聞いてくる。まあそもそも拳が当たる瞬間力を抜いたようではある。そうで無ければ一乃葉に殴られてこの程度で済むはずがない。

「下手な好奇心は身を滅ぼすぞ」

「戦争、テロ、児童売春、人身売買、麻薬、強姦、リンチ、拷問。それなりの人間の闇を見てきたつもりだ。

 その俺がまだ知らない闇があるというなら見てみたい」

 一乃葉の目は真剣だ。

 此奴は闇に魅入られとっくに狂った人間なのか?

「何のために?」

「恐怖を感じ、正気に戻るためさ」

「そうか」

 できれば本人の希望通りにしてやりたいところだが、さてどうやって説得するか?

「だが好奇心に負けている場合じゃないことも分かる。今は島民の避難を優先させる。

 だが事が終わったら俺に闇の深淵とやらを見せてくれ。

 それが俺への報酬だ」

「分かった。

 なら避難を急いで完了させろ。そして山を下りればいい。

 きっと後悔することになる」

「面白い。闇に魅入られた俺の目が覚めるかもな」

「まともじゃないな。

 まともな連中は朝まで山頂にいさせろ。決して誰も降りてこさせるなよ」

「分かった。俺はどうやらまともな人間だったようだ」

 魯蓮はしみじみと答えるのであった。

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