第495話 第一段階

 酉祕島の港や町がある地域と山を挟んで反対側にある砂浜に10名ほどの兵士が乗ったゴムボートが乗り付ける。乗り付けると同時に兵士達は無駄の無い動きでゴムボートから降りてゴムボートを砂浜に上げていく。

 その様子を俺達は双眼鏡で見ていた。

「どんぴしゃっす。初め、自分達だけで先に反対側に行くと聞いたときには島民を見捨てると思ったす」

 自衛隊からの出向組の一人鳥糸が先程までのダニを見るような目から尊敬の眼差しに変わった。

 鳥糸は若い女性隊員でカールした髪型をして人懐っこく明るい性格をしている。大学のサークルにいれば人気者になるだろう。出会って直ぐに格好いい大人の女性の感じの大原をリスペクトして懐いていたようだ。

 大原から俺のことを聞いていたようで会うまで期待して会って期待が下がって会話して好感度は最低になった。そして今好感度が少し上がったようだ。

 良くも悪くも腹芸など出来ない素直な性格のようで、嵌まれば扱いやすそうだが地雷を踏めば手に負えそうにないな。

「彼奴らの作戦を読んだまでだ」

 格好付けてさも当然のように言っているが、相手が此方を馬鹿にし切って真正面からの力押し一辺倒で来られていたら鳥糸達からの評価は地の底に落ちていただろうな。そうなるともう命令は聞かなくなり指揮系統は崩壊。俺は単独で対処せざる得なくなっていただろう。

「港に上陸する前にこっそり背後から兵を回して退路を断っておく。定石ではありますが、この状況下でそれを冷静に読んで上陸ポイントまで予測したのは流石ですよ。

 あんたに着いていけば生き残れそうだ」

 もう一人の自衛隊組壮年の男性である鈴中が明らかに年下の俺に追従してくる。

 良くも悪くもサラリーマン気質のようで上に当たる神狩の命令通り俺に従ってくれた。下手なプライドは無いようでありがたい。正直俺が指揮を執るといいだしたらどうしようかと思った。

「浮かれるのは早いぞ。問題はこれからだろ」

 一乃葉は厳つい顔で上陸した敵を睨んだままビシッと言う。

 どっしりとしたた巌のような佇まいで、地元漁師といいながらどこか雰囲気を匂わせる一乃葉。正直俺よりボス感がある。

 上陸作戦を読んだのは俺だが上陸ポイントを読んだのは一乃葉だ。

 俺が協力要請したら特にごねること無く協力に応じる機を読む嗅覚。絶対に素人じゃない、過去に相当修羅場を潜っている。俺が頼りないと思えばあっさりと切り捨てるだろう。

 今回は金で言うことは聞かせられない。あくまで俺に付いていけば何とかなるという希望で俺に従っている。

 この綱渡り、弱音・愚痴はありえない、威厳を醸しだし頼られるリーダーを演出し続けなければならない。過去一番疲れる仕事かも知れないな。

「その通りだ。排除出来なければ予想出来ても意味が無い。

 どうだ超兵っぽい奴はいるか?」

 俺は双眼鏡で敵を見ている魯蓮に聞く。

「どうだろうな見た目じゃ分からないな。先頭を歩く隊長っぽい奴が体格もでかくて強そうだが」

「そうか」

 薬物や機械で強化しているのが超兵、見た目は参考にならないどころか淺香みたいに一見強そうじゃ無い奴を強化した方が色々と役に立つ。

 誰が超兵か分からないのならその力を発揮する前に全員制圧するしか無い。

「作戦通り行くぞ。敵がポイントAに到達したと同時に行動開始だ」

「「了解」」

「分かった」

「やるしかないか」

 魯蓮のやれやれ感の態度、正直羨ましい。


 上陸部隊はアサルトライフルを担いだフル装備で海岸沿いの道で無く森の中の道を町に向かって進んでいく。無線封鎖を自ら行っているので、当然タイムスケジュールは綿密に練られているだろう。彼等が配置に着く予定時刻後に本命の上陸部隊が新旧の港から上陸し島民の掃討を開始。逃げ惑う島民が森や山に逃げ込もうとするのを阻止するため狙い撃ちにするつもりだろう。

 彼奴らは無線封鎖を行い此方の援軍を呼べないようにしたが、それは相手も同じ。この部隊に何かがあっても本体は知る術が無い。

 臨機応変に対応出来ない、そこが付け込める唯一の隙である。


『時間は?』

 進軍する部隊の先頭を進む隊長らしき男が部下に尋ねる。

 ※彼等の言語は大陸語である。

 隊長らしい男、以降隊長と呼称するが、他の隊員より頭二つ大きく右手が異能に大きく長いのが気になる。右手を改造した超兵の可能性が高い。だが如何にも過ぎて囮にも見える。

『予定通りです。本体の上陸時間には十分間に合います』

 答える何の特色も無いモブ部下。こういった者こそ超兵に思えてしまう。

『そうか。

 くっく、逃げる劣等種共を鴨撃ちにして穴を開けてやるのはさぞや楽しいだろうな』

『隊長俺達にも獲物残しておいて下さいよ』

 進軍する彼等に作戦行動をする者の緊張感は無い。森の中の行軍だというのにアサルトライフルを肩に担いだまま歩き全く警戒態勢を取っていない。戦いになるとは思ってないのだ。これから始まるのは彼等にとって圧倒的暴力で蹂躙する狩に過ぎない。

『馬鹿を言え。早い者勝ちに決まっているだろ。

 あっそうそう報告では数名ながら若い女もいるらしい。ターゲットではないが出来れば殺すなよ。お楽しみが無くなる』

『分かってますよ。劣等種共に我等の偉大なる子種を注いでやりましょうぜ』

『女共の好きなところに穴を開けるのが待ち遠しいぜ』

『隊長直ぐには壊さないで・・・』

 ご馳走を待てされた犬の如く涎が垂れて目が恍惚に開き下脾た会話を楽しげにする彼等の足下に何かが投げ込まれた。

『!?』

 隊長が素早く命令するより早く円筒状の物体から煙が沸き上がり当たりを包み込む。

『さっ散開』

『たったいしょう』

 間近にいてまともに煙を吸った者は片膝を突くが、それ以外の者は流石に特殊部隊だけあってサッと散開する。

『くそっ毒ガスか。そんな物がこんな島にあるというのか?』

『くそっ劣等種共が待ち伏せとは小癪な』

 散開し左右に分かれた兵士達が体勢を立て直そうとするその背後から奇襲を受ける。

「ゴー」

 右手からはアサルトライフルを乱射しつつ鳥糸が突っ込んでいき、左手からは巨大なバールを上段に構えた一乃葉が襲い掛かる。

『女か』

「何を言っているか分からなかったすけど、顔を見ていればゲスなことを考えているのは分かるっすよ」

 鳥糸は容赦なく銃を乱射していく。兵士達は一応ボディアーマーを着ているので弾丸が貫通することは無いが衝撃は容赦なく体を壊していく。

『蛮族が』

 兵士が銃を向け引き金を引くより早く巨大なバールは陽光の軌跡を残して振り下ろされ兵士の肩にめり込む。

『うがあああああああああああああああああああああ』

 ボディアーマーもクソも無い。圧倒的なパワーが兵士の体を砕く。

『無能共が』

 隊長が不甲斐ない部下に苛立ち自ら動こうとして振り返る。

「ちっ気付いたか」

 一乃葉達の喧噪に紛れ気配を殺していたつもりだったが甘かったようだ。

『俺のセンサーは鼠一匹見逃さない』

「銃口を前にその余裕、見た目通りお前が超兵か」

 俺は銃口を隊長の脳天に合わせているが隊長に焦りは無い。

「貴様超兵を知っているのか」

「!?」

「言葉がしゃべれて意外か?

 優良種たる俺を脳筋扱いか。俺は四カ国語をしゃべれる」

「それがどうした別に意思疎通をするつもりはない。

 お前は贄に過ぎない。贄と会話する奴はいないさ」

「大層な口を効くが、そんなおもちゃが俺に通用するとでも」

「俺がお前に穴を開けてやるから自分で突っ込め」

「てめえっ」

 隊長からのプレッシャーが一気に膨れ上がる。隊長は俺に集中し俺の指の動き一つ見逃さない。俺が引き金を引く一瞬前に動くつもりの後の先を狙っているのが分かる。

「どうした引けよ。引いたときがお前の最後だがな」

「ならお望み通り」

 俺が照準を隊長の眉間に狙い定める同時にカンッと音を立てて隊長の頭が傾いだ。その隙を見逃さすダッシュして隠し持っていた高圧スタンガンを押し当てる。

 隊長の体が一瞬輝いたかと思うとぷしゅ~と体から煙が上がって倒れた。

「ふう。鈴中いい腕しているな」

 俺と隊長が対峙し隊長の意識が俺に集中したときを狙って狙撃ポイントで待機していた鈴中が狙撃したのだ。

 隊長は超兵で合金に変換した頭蓋骨は弾丸を跳ね返したが、その衝撃で脳震盪を起こし一瞬の隙が生まれた。その一瞬に賭けていた俺は魔人鎮圧用の高圧スタンガンを使ったというわけだ。

 超兵の体は薬物だけで無く機械的改造も多く施され、高電圧により内部に仕込まれた電子機器に致命的なダメージを与えられたようだ。

 ふう、予定通り相手が力を発揮する前に制圧できた。だがまだ油断は出来ない。超兵が一人とは限らない。

「こっちも片付いたぜ」

「片付いたっす」

 見ると残りの隊員達は制圧されていた。

 幾ら奇襲できたとはいえ特殊部隊相手に一方的とは此奴らも化け物だな。


「良し。予定通りまずは此奴らをポイントBに運んでくれ。余裕があれが装備も回収しておいてくれ」

 制圧した隊員は辛うじて生きている。止めは刺さないが治療を施すことも無く裸にして拘束を行った。

 相手は十人、運び手は女性を入れて四人しかいないがなんとか頑張って貰おう。

「分かった」

「終わった後は魯蓮と一乃葉は見張りに残って、鈴中と鳥糸は島民の避難を手伝ってやってくれ。相手が上陸作戦を開始する前には避難が完了しているのが理想だ」

「お前はどうするんだ?」

 魯蓮が俺が運搬に参加しないことを悟って聞いてくる。

「町に戻って最後のピースを揃えてくる」

 こうして作戦の第一段階は無事終了した。

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