第494話 修羅の道

 診療所の地下にはCTなどの最新の検査設備が整えられていた。多分魔に目覚めた子供達の検査用だろう。今は大原が半裸にされ検査装置に寝かされ検査を受けている。

「大原はどうだ?」

「検査結果待ちだな。内臓がやられていたら緊急手術になる」

「そうか」

 大原の戦線復帰は尋ねるまでも無く無理だろう。戦力として期待出来る人材だけに手痛いが仕方が無い。

「なら、後は他の者に任せておけ。俺達は直ぐに動くぞ」

 今まで出会わなかっただけで神狩の医療行為の補佐が二人いるらしい。今いるのは恰幅のいいおばちゃんで淺香よりよっぽど安心感がある。

「何を聞いていた手術が必要かも知れないんだぞ」

「だとしても手術は延期だ」

「何を言っているんだっ」

 神狩が声を荒立て俺の胸倉を掴んできた。

「悠長に手術なんかしていたら皆殺しにされるんだぞっ。

 お前こそ状況が分かっているのか」

 俺は神狩を突き飛ばした。

 俺と同じで合理的な男だと思っていたが随分と甘く感情的な男だ。まあそんな男で無ければこんな島でボランティアみたいな仕事なんかしないか。

 しかし、せめて相手が淺香で無ければこの地下施設が見付からない可能性に賭けることも出来るんだが、相手が淺香では真っ先にここを調べるだろう。

「部下を見捨てて、私に何をさせようというのだ?」

 おーおー嫌ってくれるな。まあ構わない俺は嫌な男だ。

「何とでも言え。

 まずは武器の確認だ。ここには武器はどれくらいある?」

「あることが前提なんだな」

 神狩は呆れたように言う。

「魔の力に目覚めた子供達を集めているんだ。いざという時の鎮圧用に装備してあるんだろ」

「ご明察だ。だが武器のことは私はよく分からない。管理していたのは淺香君と自衛隊から出向してきた二人だ」

 また淺香か、っということは此方の手持ちの武器は知られているということか。

「ならその二人に直ぐに連絡して俺の指揮下に入るように指示しろ」

 もう二人の自衛官の戦闘力に期待するしか無いな。

「戦うつもりか?」

「当然だろ。戦わなければ皆殺しにされる」

 神狩は驚いているが何を今更なんだ。

「応援が来るんだろ?」

「なんと言っても日本の政治家もお役人も腰が重い。会議会議でいつ来るか分からないぞ。最悪全てが終わった後に来る可能性もある。

 まずは自力で生き残らなければならない」

 それでも如月さんなら直ぐ来てくれると期待してしまうが、そんな期待を抱いて死ぬつもりも無い。

「淺香君の話しぶりでは相手は超兵を含んだ海兵隊。こちらは君を含めて戦闘員は4人くらいだろ。勝ち目はあるのか?」

「海兵隊相手に町やここで戦ったら勝ち目は無い。セオリーに従いゲリラ戦だな」

 正直淺香みたいのが5人いたらゲリラ戦でも勝ち目は無いだろう。

「ゲリラ戦!?」

 予想外の言葉に神狩は驚く。

「島民を全員今すぐ山頂に避難させろ。そこ以外では防衛はできない」

 重火器でもあれば多少は上陸を阻止できるかも知れないが、この島の海岸全部を守ることは人数的に不可能。どこからか上陸されるだろう。

 山以外なら、ここか学園にでも立て籠もるしか無いが、それはどの道援軍が来ることが前提になる籠城戦、援軍の無い籠城戦に未来はない。

 俺は期待しない。

 期待しないなら何をしても戦うしか無い。

「待てっ私にそこまでの強権は無いぞ。一緒に来た職員は兎も角元からこの島にいる島民が素直に従うとは思えない」

「そこは日頃のお前の行いに期待するしか無いな。説得に時間が掛かるようなら先に職員と子供だけでも急がせろ。

 町に残った者は殺されるが皆殺しにされるよりいいだろ」

 寧ろ食料や水、統率の問題を考えれば山に籠もる人数は少ない方が都合が良いが、これを言えば俺は完全に嫌われ者になる。嫌われるのは構わないが余計な波風は立てないのが合理的というもの。

「見捨てろというのかっ」

 折角余計なことを言わないようにしたのに神狩は再度俺の胸倉を掴まんばかりに食って掛かってくる。

「いやなら従わせろ。

 今必要なのは民主的話し合いじゃ無い。独裁者の命令だ」

「だが私にそんな権限は無いぞ」

「武器で脅してもいいし、津波が発生したと嘘を言ってもいい。死なせたくなければ何とかしろ。

 それがお前の仕事だ」

 俺は神狩を胸を拳で押し返した。

「今まで築いてきた絆を信じろ。

 女に拝み倒すように土下座でもいい」

 俺はそこらのブラック企業のブラック上司と違いちゃんと案を出した。後は部下のやる気と能力次第。

「そりゃ随分と穏やかじゃ無いな。

 あんたさっきから仕切っているが何者なんだよ。

 警視庁警部なんて寝言は言うなよ」

 いつの間にか戻って来ていた魯蓮が地下の検査室に入ってきていた。

 随分と早いが連絡は無事取れたのだろうか。まあどの道呼びに行く予定だったから、手間が省けてありがたい。なんと言っても今は時間が惜しい、よって俺も出し惜しみをして駆け引きをしている場合じゃ無い。

「公安99課一等退魔官 果無 迫。魔関連事件において全権は俺にある」

「公安99課だと」

 流石同僚、普通の警官と違って公安99課一等退魔官を知ってくれている。

「そして文部科学省特案件処理課の者でもある。文部科学省管轄下の学園における事件処理の権限がある。

 あんたも文部科学省の職員なら従って貰う」

「なるほどな。三目さんの差し金か」

 俺の言葉に神狩は何やら一人納得した様子。

「魔と学園が絡んでいる以上、俺以上の指揮官の適任者はいないと思うが?」

「俺は公安外務課警部だ。お前と同格だ。

 今回の件は魔事件と言うより外国による日本人の拉致及び破壊工作と見なされる。俺にだって指揮をする権利はあると思うが」

 魯蓮はここで俺を睨み付けてくる。

 はあ~ここで縄張り争いか。呉越同舟できないとうなら、まあそれでもいいか。別に俺は島民に何の情もない。

 大原、島村達、そしてみぞれ。できれば神狩くらいか。それだけなら俺だけで何とかなるか。

 俺が見切りを付けようとする前に魯蓮は言葉を続けてきた。

「まっ、今はそんなことを争っている場合じゃ無いな。

 あんたに譲るよ。手柄を立ててくれ」

「随分素直だな。怖いぞ」

 これはこれで何か裏があるのかと思ってしまう。

「正直に言おう。外部と連絡が取れない。多分島全体がジャミングされている」

 なるほどね。つまらない意地を張る余裕が無いほど追い込まれた訳か。

「そこまでするというなら本気でこの島をごと背乗りするつもりだな。

 上陸部隊が来る前に動くぞ」

 ステルス艦とはいえ光学迷彩でも開発されていない限り目視は防げない。一乃葉は近くに船はいないと言っていた。どれだけ猶与があるのか。

「俺達は元自衛隊員と合流してから動く。神狩は先に町に行って説得を始めてくれ」

「・・・分かった」

 しぶしぶ神狩も動こうと地下の検査室から出ようとし足が止まった。

 上の病室で寝ていたはずのみぞれがいたのだ。

「みぞれ」

 気弱だった少女はもういない。気迫で俺達三人の大人の男を押し止める手強くタフな女。

 その女は俺に何を求める?

 恐ろしくもあり楽しみでもある。

「果無さん、私にも手伝わせて下さい。

 私の力、貴方なら役に立たせられるはずです」

 みぞれは真っ直ぐ俺の目を見て訴えてくる。

 俺はチラッと神狩を見ると神狩は首を振る。

「君はここで魔の力を無くすための治療をしているはずだ。力を意識的に使えば今までの努力が無駄になるぞ」

「知っていたのか?」

「推測だよ」

 ここには魔の治療をする為の島村達の引率をしているはずの大原がいた。大原が仕事を放り出すわけが無いというなら結論は一つだ。

 つまりこの島こそ三目が言っていた訳ありの子供の治療をする島ということだ。魔に目覚めかけた子供達を集めて治療して常人に戻す。魔に目覚めた子供達を軍事利用しようとする国に比べれば随分とお優しい。

 まあ目覚め掛けた魔を消すのは不可能じゃ無いと思う。催眠療法とかで常人から逸した己独自の認識を強制できれば魔は発動しなくなるだろう。

 俺に言わせればそれは我の消失、御免被るがな。

「この力に目覚めて周りの人達は私を化け物扱いした。パパもママも私を腫れ物を扱うようになって段々よそよそしくなって壊れそうになって・・・。

 でもこの島の人達はそんな私を受け入れて仲間に成ってくれた。

 守りたいの。

 違う、失いたくないの」

 みぞれの目は何かを掴むため戦う者の目になった。その目で同じく戦う者となった俺の目を見てくる。

 その先は破滅するまで走る続ける修羅の道が待っていると経験者が言っても引かないだろう。

 それも俺と同じだな。

「分かった」

 少女が自ら一線を超える決意をしたなら、これ以上は無粋。

「君も今から戦士だ。その手を血で穢しても掴みたいものがあるなら共に掴もう」

「はい」

 みぞれは俺が指しだした手をその小さい両手でしっかりと握った。その重みに責任の重さを実感する。

「みぞれには後でその力を使って貰う。だから今は島の人の避難を手伝ってくれ」

「分かりました」

「神狩、みぞれちゃんですら覚悟を決めたんだ。大人のお前がこれ以上ぐだぐだ言うなよ。

 動くぞ」

「ああ、やるぞ。私も私の理想を守ってみせる」

「俺もまあ息子守らなきゃな」

「あれ本当のお前の息子だったんだ」

「当たり前だろ」

「あまりに似て無くてな。

 神狩は島民の説得。俺と魯蓮は元自衛隊員と合流したら、まずは一乃葉の所に行くぞ」

「「おうっ」」

 こうして抗う者達は動き出すのであった。

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