第493話 黄金の目
「死ねっ劣等種」
淺香は再度手を天高く掲げる。あれが振り下ろされれば俺は大原諸共真っ二つにされるだろう。
大原を抱えての回避は間に合わない。
ここは二人で死ぬのは最悪の結果、大原を盾にして躱す。二人死ぬより一人を犠牲にして一人が助かる。単純な算数であり合理的判断。
「うっうっ社長逃げて」
大原が僅かに戻った意識で俺に逃げろと言い、大原の苦悶に染まりながらも俺の身を案じる顔を、顔を見てしまう。
大原とそれなりの付き合いがあったらしいが淺香は躊躇うこと無く腕を振り下ろし、俺は銃を盾代わりに掲げた。
銃の本体は特殊合金に換装してある。うまくいけば真っ二つにされることなく淺香の怪力を受けた俺の腕が砕けるだけで済むだろう。
問題は激痛に耐えて反撃に繋げること、そうで無ければ片腕を失っただけになる。
来るべき激痛に耐えようと振り下ろされる腕を見据え、見据えた腕が霞んだと思ったら唸りを上げて軌道が逸れていった。
ドンッ。
地雷が爆発したかのような轟音で地面が割れた。
受けていたらただじゃ済まなかっただろう。片腕処か半身ごと潰されていたかも知れない。
しかしなぜ外れた?
目の前だ外すような距離じゃ無い。
外してくれた?
それなら圧倒的力を見せ付けた後の交渉になるはずが淺香は俺を見ていなかった。
淺香は俺を飛び越えた後ろを見ている。
俺は振り返り、背筋が凍った。
爛々と黄金に輝く目があった。
見ていればぐらっと脳を掻き回されたように感覚が狂う。
なんなんだ?
目を凝らし相手を見定めようとするが、黄金の目は認識できるが顔はおろか体すら上手く認識できない。
まるで黄金の目だけが空間にぽっかり生まれて浮遊しているような錯覚。
そんなはずがないと分かっている。
体があるはずの部分は認識できない。空間が歪んで像が歪むとか周りの色と同化しているとかじゃない。
目で見ているはずなのに耳で聞いているような。耳で聞こえているはずなのに目で見ているような。
狂う
狂う
何もかもがおかしく狂う
それは吹雪のみぞれ。それは雨なのか雪なのか曖昧模糊。
音と光が混じり合って見える。
初めて感じる世界は曖昧模糊でありながら明確に黄金に輝く二つの目だけは認識できる。
あるはずの無い映像を見せられる幻覚とは違う。何万人かに一人はいるという共感覚とかいうのが近い感覚かも知れない。
人は感覚を持って初めて己を自覚しできる生物、脳だけでは生きられない。それが狂えば脳も狂う。
狂おしい
逃れたい
目を剔り耳を削ぎ落としたくなる。
はっそうかそうだったのか、今になって立日沢に何があったのか分かった。
だが今はそんなことよりこの感覚。
狂ってしまう。
`*_?+!”#$%’&
目を剔りそうになる一歩手前で、俺を惹き付けて止まない黄金の目はそのままに徐々に輪郭は闇夜に輝く蛍のように朧気でありながら人の輪郭が顕現してくる。
みぞれ?
病室に戻したはずのみぞれ、みぞれなのか?
「やはりお前だったのか。
丁度良い。その力もっと見せて見ろ」
淺香はみぞれを見るとニヤッと笑い俺を無視して、もはや意識外、一気にみぞれに襲い掛かる。
「逃げろっ」
叫ぶ先から感覚が段々と曖昧模糊となりみぞれを正確に認識できなくなる。
淺香は俺から見ると明後日の方向に走り出していたが、淺香は正確にみぞれの位置を掴んでいるのかもしれない。
いやあの淺香もあそこにいるのか分かったもんじゃ無い。
五感が信じられない。
それこそ五感を超えた心眼、シックスセンスにでも目覚めなければ事態を正確に認識できないだろう。
やがてモヤモヤした感覚が多少マシになってきてみぞれの位置と離れたところにいる淺香を何とか認識できた。
ざまーねーな。てっきり大陸の科学のセンサーでも内蔵しているかと思ったがあの女もみぞれに踊らされてやがる。
「くっ」
淺香も自分が何処に向かっているのか認識できたようで急停止し再度みぞれの方に向き直す。
それにしてもこの感覚は信じていいのか? 本当はみぞれも淺香も全然違う場所にいる可能性もあるが取り敢えずは信じてみよう。
「これがお前の力か」
「もう辞めて下さい。淺香さんは美味しい御飯とか作ってくれて私にも優しかった。優しい淺香さんに戻って」
ご褒美を前にした野良犬のように涎を垂らさんばかりに笑う淺香にみぞれは悲しそうに訴える。
「くっくはっはっは、素晴らしい素晴らしいぞ。その力は我が祖国にこそ相応しい。絶対に手に入れる」
「私は行きません」
みぞれのその声だけは実態を持ってハッキリと聞こえた。
「お前の意思は関係無い。劣等人種のお前を我が祖国が受け入れてやろうというのだぞ喜びしか無いだろ」
「・・・」
「だがその力を前に私一人では手に余るな」
淺香は懐からちょっと見コンパクトのような物を取り出した。淺香はコンパクトを開くとコンパクトに向かってしゃべり出す。
小型の無線機か。相手は仲間だろうな。
「プランAは失敗、プランDを要請します」
それだけ告げると淺香は無線機を懐に仕舞った。
小型だけに長時間の通信は無理なようで予め作戦コードを決めておいたようだな。つまり思いつきで無く随分前から入念に計画されていたということ。
「これでこの島の近海に待機させておいた我が祖国が誇るステルス揚陸艦から海兵隊部隊が来るぞ。
私同様の超兵を含めたエリート部隊の前にはその力を持ってしても無駄だ」
完全武装の兵士多数相手でも容易く殲滅できるのが魔の恐ろしさだが(現にみぞれの力なら作戦次第で可能だと俺は判断している)、今回は淺香に魔を知られている。初見殺しの意味合いが強い魔の力はカラクリが知られれば対策され威力は半減する。
「先生」
「何だね」
淺香は狂気を潜め普段の顔に戻って神狩に話し掛ける。
「こうなった以上私でも事態を抑えきれるか分かりません。島民は証拠隠滅のために皆殺しにされるでしょう。ですが今ならまだ私の権限で先生を安全にお連れすることが出来ます。先生ほどの御方なら我が祖国でも十分認められます。どうか一緒に来て下さい」
狂気に染まっていた淺香の目に正気が戻っている。淺香の神狩に対する思いは本当だったようだな。
「断る」
神狩は未練無くきっぱりと断った。
お気の毒に思いは淺香の一方通行だったようだな。
まあ普通に考えてこんなおっかない女に付いていったら碌な目に合わない。
「今は冷静に考えられないようですね。
部隊は今夜中に上陸して明日の朝一から掃討を始めるでしょう。それまでにみぞれちゃんを連れて投降して下さい。
絶対に悪いようにはしません」
神狩が投降しようが俺達はゴミのように掃除される運命は変わらないらしい。せめて嘘でも投降すれば島民を助けると言えば神狩ももう少し考えただろうに、考えが足りないのか愛する男に嘘を言いたくないのか。
淺香はこれ以上の問答は無駄だと思ったのか、それ以上何も言うこと無く山の方に逃走を始めた。そのスピードは馬に匹敵する。追撃は無理だった。
「夢乃さん、大丈夫」
みぞれの黄金の目の輝きは収まり、みぞれの姿を普通に認識できる。目で姿を見て耳で声が聞こえる。
「君のおかげでね。ありがとう」
淺香から助けるために近くにいた俺はみぞれの魔に巻き込まれ中々出来ない体験をさせて貰ったが、まあ些細なことさ。
「それと俺は果無 迫」
「果無 迫」
噛み砕くようにみぞれは俺の名前を呼ぶと、ふらっとみぞれは電池が切れたように倒れ俺は慌ててみぞれを支えた。
あれだけの魔を制御するには相当の力が必要だっただろう。文字通り死力を尽くして俺を助けてくれたんだな。
「神狩、急いで大原を見てくれ」
「私は大丈夫です」
気が付いた大原が気丈に言うがどう見ても顔色は悪い。内臓がやられていたら、緊急手術が必要になる。
「無理するな。当てにしているんだ万全になってくれ」
「はい」
「分かった。タンカを取ってくる」
神狩は急いで診療所に行く。
「魯蓮」
「なんだ」
「急いで公安に応援要請しろ。可能なら自衛隊の特殊戦部隊の桐生も呼べ。
どうせ通信機を隠し持っているんだろ」
「おまっ」
なぜ分かったという顔をしているが、同類は臭いで分かる。この島で俺と同類でいて淺香の仲間で無く開発当初から自然に溶け込むことが出来ると条件を組み合わせていけばおのずと結論は出る。
「急げ、皆殺しにされるぞ」
「分かった」
魯蓮もここで問答しても時間の無駄と判断し町の方に走っていく。
ふう~やっかいだな。
なんで大陸の軍隊と戦うハメになる。俺は警察機構であって軍人じゃ無いんだが、ここで愚痴ったところで誰も助けてくれない。
まあ何とかするしかない。
俺は胸に美女、腕に美少女と男なら羨むシチュエーションで海兵隊と戦う策を考えるのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます