第492話 超人
虚を突かれた。
油断していたつもりは無かった。それどころか理知的な女だと思って策謀を警戒していたというのに、キレていきなり暴力を振るってくるとはこの女を見誤ったようだ。
瞬き一つする内に瞬間移動の如く眼前に表れ手刀を放ってくる。
これは避けられないな。
穴が空く
胸にぽっかり穴が空く
お前はその穴に何を見る?
反応できない俺の胸を女、面倒臭いので淺香と呼ぶ、淺香の手刀が貫くかと思われた瞬間、銃声が轟き淺香が蹌踉めき手刀の軌道が逸れた。俺はこの隙に大きく後方に飛んで間合いを取りつつ銃声がした方を見る。
「社長っ」
大原が銃を構えて淺香を牽制しつつ此方に駆け寄ってくるのが見えた。
大原がなぜここに? 疑問が湧き出て疑問に対する答えが湧き出た。
そうかそういうことか、やはりこの島はそうだったんだ。
「社長大丈夫ですか」
大原は淺香から俺を庇うように前に立った。
「ああ、助かった」
俺の胸に穴が空くことは無かった。
「良かった。社長ここはお任せ下さい」
大原は一瞬ほっとした表情を見せたが直ぐに軍人の顔付きに戻って淺香を睨む付ける。
「ショックよね~。この島に来たばかりの貴方に結構良くして上げたのに、いきなり撃つなんてあんまりじゃないかしら」
淺香は性能の良い防弾チョッキを着ているのか平然として嫌みたらしく大原に言う。
狙うなら手足か首から上か。
「社長に危害を加えようとする者に容赦はしません」
二人は既に面識がありそこそこの関係だったようだが大原の淺香に向ける銃口にブレは無い。
「次は容赦なく頭を狙います。大人しく降伏して下さい」
「あら雌の顔して、あなたそんな男に惚れてるの~趣味が悪いわね」
大原の銃口は真っ直ぐ淺香の脳天を捉えていて、その構える姿は素人の俺とは格が違う。この距離で狙いを外すことはないことは素人が見ても一目瞭然。なのに淺香は降伏するどころか舐めきった挑発を続けてくる。
「大原は職務に忠実なプロだ。発情女の恋愛脳で何でもかんでも男女に結びつけて下世話なことを言うなっ。不愉快だ」
大原の名誉のために一言言ってやったというのに当の大原はなんとも言えない顔を此方に向けてくる。
何かフォローを間違ったのか?
「あなたも可哀想ね~」
「貴方には言われたくないわね」
淺香が大原を哀れむように言い、大原は同情するように言う。
何か寒気がする。俺の理解が及ばない女の戦いが繰り広げられている気がする。
「あっ」
淺香はヤンキーのようなメンチとドス声を出すと同時に此方に向かってきた。
つくづく感情に暴力が直結している女だ。何を考えているのか何にも考えていないんだろうな、銃口に一直線に向かっていく。
大原は優しいが冷徹なプロでもある。警告無く大原は銃口を淺香の脳天に捉えたまま引き金を引く。
「なっ!?」
淺香は銃口が向けられた先から着弾点を読んで向きから掌を翳し銃弾を受け止めた。
「狙いバレバレ~」
淺香は受け止めた銃弾をこれ見よがしに捨てつつ、してやったりとドヤ顔を向けて挑発してくる。
動きならが銃口が向けられた先を見切る目と反射神経、何よりなんで素手で銃弾を受け止められる!!!
だが今はカラクリを推測しているばあいじゃない。
「くっ」
俺は大原を援護すべく銃弾を受け止めて一瞬動きが止まった淺香の腹に跳び蹴りを叩き込む。
「フンッ」
だが淺香が腹筋に気合いを入れると蹴りを叩き込んだ俺の方が弾き返され体勢が崩れた。
「社長っ!!!」
蹌踉めく俺に追撃しようとする淺香に大原が銃弾を撃ち込み淺香の左肩と脇腹に当たった。だが淺香は多少ふらついても踏み込み左のフックを俺の脇腹目掛けて放つ。あの怪力のフック食らえば穴は空かないで内臓が破裂する。
俺は蹌踉ける体を無理に立て直さず、そのまま崩れる方向に勢いを付けて転ぶ。
腹を剔るはずだったフックが倒れる俺の鼻先を掠めていく。本来なら地面に転ぶなど愚の骨頂、転んでしまっては動きが止まって上から自由自在に追撃を受けてしまう。
だが今は違う。
「させるかっ」
地面に倒れた俺を追撃しようとする淺香をそうはさせまいと大原が銃撃してくれる。
一発二発と銃弾は淺香の背中に当たり、多少たりとも痛みは感じるのか怒りを露わに大原の方に向く。
「鬱陶しいぞ」
その俺から意識が逸れたれ一瞬に俺は地面を転がり間合いを取って立ち上がる。
「はあっはあっ。銃弾が効かないとは魔人だったのか」
俺は恐れ入ったとばかりに言う。
そうなると此奴の魔はなんだ?
魔人は自己顕示欲が強い、上手く煽てて会話の中から糸口を探ってやる。
「はっ、私をあんな化け物と一緒にするな。私は偉大なる祖国の科学が産みだした超兵。次世代の新人類。貴様等如き劣等種とは違うんだよ」
淺香は高らかに誇らしげに宣言する。
超兵? 初めて・・・いやどっかで聞いたような? 魔で無く科学的処置で生み出された超人といったところなんだろう。
銃弾を受け止める反射神経と皮膚の強靱さ、そして怪力。
ドーピングか?
「貴様等劣等種に生き残るチャンスをやろう。大人しく跪けば偉大なる祖国のモルモットとして使ってやるぞ」
戦闘で圧倒してハイになっているのか淺香が見下し高笑いをしながら言ってくる。
本気で俺達を対等の人間だと思ってないあの目。あの目をした人間達を俺は過去見てきた。ああいった人間に良心を期待できない、つまり交渉は不可能。
「お断りです。それに超兵と聞いては引き下がるわけにはいきません」
「待てっ迂闊だぞ」
俺の制止も聞かず大原が残弾を撃ち尽くしつつ淺香に突撃する。
「残念貴方なら兵士達のいい肉人形になれたのに。しょうが無いから皮を剥いで敷物にしてあげる」
淺香は銃口から見切った銃弾を左手で受け止めつつ間合いに入った大原に怪力の右手を振り払う。
ぶんっ、ヘリコプターのロータ音のような唸りを上げる右手の振り払い。だが大原は銃を捨て右手の動きに合わせて飛び上がってバサリと布の如く淺香の右手に絡み付いた。
「実戦合気。片腕貰った」
大原は躊躇いなく体重を乗せて右手の肘を砕きにいった。銃弾を弾く皮膚があるなら関節を破壊しに行く王道的対応。
だが大原全体重を掛けて肘を砕きにいったが肘はぴくりとも曲がらなかった。
何て怪力だ。
「離れろ大原」
「鬱陶しい。蚊のように潰れろっ」
淺香は左腕を振りかぶった。腕に止まった蚊のように大原を潰す気だ。
「これを待ってました。
イエローの息吹」
ふう~、大原は息を淺香に向けて吹き付けた。
「なっ」
左手が上がることで顔面を遮るものが無くなり大原の息を淺香は諸に吸い込んでしまった。
銃弾すら効かなかった淺香が片膝を付いた。
「あなたが超兵なら私も自衛隊特殊戦部隊のスーパーソルジャー、コードネームはレインボーブレス」
そういえば影狩と大原は自衛隊特殊戦部隊の生き残りだったな。
自衛隊特殊戦部隊のスーパーソルジャーとは対魔戦を想定し、肉体的精神的に処理を施し特殊能力に目覚めた戦士であるらしい。今までその機会が無かったのですっかり忘れていた。
そんな能力が無くても二人は十分有能だしな。
「常人なら数秒で失神するイエローを受けて意識を保つとは神経系もいじってますね」
淺香に毒が有効であることを確認した大原は淺香の間合いから遠ざかっていく。毒が十分に効くまで相手の間合いに迂闊に近寄らないクレバーな戦術。
「舐めるなっ」
「毒で間合いを見誤りましたね」
淺香は腕を振り払ったが腕の長さから絶対に大原には届かない。
だが嫌な予感がした。
「避けろっ」
淺香の腕は関節が無い部分も曲がり鞭のように撓って三段警棒のように伸び、届かないはずの攻撃が届く。
「ぐはっ」
大原は俺の声に反応して飛び退いていたので直撃は避けたようだが腹部に擦っただけだが大原は吹っ飛んだ。
「大丈夫か。しっかりしろ」
駆け寄り大原を抱き抱えて息を見る。
よし、呼吸はしている。
服を捲り腹を見ると見事に締まって割れた腹部は紫色になっていた。裂けてはいないが内臓にダメージがあるかもしれない。直ぐにでも検査をさせたいところ。
「お前等劣等人種如き技術で偉大なる祖国が生み出した私に勝てるわけがなかろうが」
淺香は勝利に酔いしれ狂気に染まった高笑いをするのであった。
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