第491話 狂言回し

「ぷっあははあははははっはは」

「あっははははははははっはあは」

 笑い出した淺香に共振するように俺も笑い出した。

「何それ貴方頭可笑しいじゃないの?」

 俺の笑いに素に戻った淺香が辛らつな言葉を吐く。

「そうですね。逮捕はいきなりでした。まずは任意の同行をお願いしましょうか」

「巫山戯るなっ」

 切れのある罵倒の振動と地面を踏み抜く振動が俺を震わす。

「淺香殺人容疑と言うが目の前に淺香君はいるじゃないか」

 キレた淺香に変わって抗議してきた神狩を冷たく一瞥すると問い掛ける。

「では聞きますが貴方は彼女が「淺香 優花」であると証明できるのですか?」

「それは・・・」

 悪いが最後まで言わせない。

「無理でしょ。どうせこの島の赴任するに当たって補佐兼監視役として派遣されてきたときに始めて会ったのでしょう?」

 勘だ。もっと前から会っていたらあんなに積極的で美人の淺香を前にしていい大人が関係を持ってないなんて事は無い。とっくに寝ているだろう。だがあの二人にそんな空気はない、中学生みたいな初々しさだ。羨ましい。

「なぜ分かったとは言わないな。政府機関の者なら調べれば直ぐ分かることだ。寧ろなぜ疑問形だったのだ?」

「な~に、お約束ですよ」

 ニヒルな笑みを浮かべる余裕を演出。

 これでプランBを継続する。ここで幼馴染みだとでも言われたらプランCに変更、彼女は組織に洗脳されたことにより元の淺香は殺されたと詭弁で押していく。ちなみに彼女の部屋を漁ったときに何か決定的なものが見付かっていたら全てを罪を背負って貰って逮捕するプランAを実行していた。

 まあ、その他様々な対応プランを用意してあり、今のところは想定内に進んでいる。

「ふん、胡散臭い奴だ。それで、それが何だと言うのだ」

「つまり貴方はそれ以前の「淺香 優花」を知らないということですよ」

「まどろっこしいぞ。結論を言え」

 理系らしいごちゃごちゃした前置きはお気に召さないらしい。それは俺好みでもある。

「では結論を、背乗りですな」

「!?」

 神狩と魯蓮の二人が驚き淺香の顔を見る。

「見ても無駄ですよ。最新の整形技術は見事ですからな本人と見分けが付かない。そもそも貴方達本物の彼女を知らないでしょ」

 淺香と神狩の間にちょっとやそっとでは抜けない楔を打ち込んだ。これで暫くは二人の連携は遮断できる。

「彼女がスパイ?」

「大方先生の研究内容、それとも集められた子供達が狙いかな」

 ショックに忘失する神狩に追い打ちをしておく。

 これで尤もらしいスパイ映画の舞台は整った。

 役者も豪華メンバーが勢揃い。

 舞台は怪しい島、豪華メンバーに怪しい研究者に謎の女スパイ。そして可憐なるヒロイン。

 残念なのは颯爽とした正義のヒーローがいないことかな。まっそこはダークヒーローで我慢して貰おう。ヒロインが救われれば大衆は満足さ。

「ぷっあなたスパイ映画、・・・アニメや漫画の見すぎじゃ無いの」

 淺香が心の底から俺を馬鹿にした顔で嘲笑する。

 ふう~、サスペンスドラマの犯人のようにここで潔く参ったとはいかないようだ。

 まっ証拠なんて無い、あるのは状況から俺が組み立てた舞台、ある意味彼女が言う虚構に近い。


 なぜ警察手帳を隠した? その理由は? 疚しい後ろ暗いことがあるのか? だが神狩同様政府機関の者のはず。なら単純な犯罪者ではない。この女は体格から有り得ない怪力を発揮したぞ。物理学的に筋繊維以上の力は出せない。出せるなら、科学的に改造されたか思い込みで世の摂理を曲げた魔人のどちらかしかない。

 事実と推測を並べていき条件を抽出していった。

 政府機関の者+警察に知られたくない秘密を持つ者+人間を超えた戦闘力を持つ者

 以上三つの条件を満たせる人物像でなければ説得力が生まれない。虚構だからこそ説得力が無ければ観客は席を立ってしまう。

 この島の秘密とは、立日沢やみぞれは魔人、こんな田舎の島に二人も魔神がいてたまるか。つまりこの島に意図的に魔の力に目覚めた子供を集めたのだろう。それなら二人に両親がいない理由も納得だ。

 なぜ集める? 

 それこそアニメや漫画の世界なら安易に浮かぶ軍事利用。ならこの島は政府の研究機関なのだろう。だったら他国や地下組織が秘密を調べに来ても不思議じゃない。

 連想から想像を膨らませ俺は成り代わりによるスパイが思い浮かんだ。それを根幹に描いたのが今の舞台。

 その第壱幕は女スパイ逮捕。

 インパクトは抜群で観客を舞台に引き込むには十分。その上潜在的最大の障害を排除出来る。

 この女は遅かれ早かれ敵に回る。なぜだって? この女が夢乃の敵だったからだ。夢乃の敵は俺の敵となる。

 だったら先手でご退場して貰うだけのこと。どこかに軟禁できればベストだな。

 最終的にこの女は無実でもいい。別に俺はスパイを摘発する公安じゃない。要は舞台の導入部を盛り上げるスパイスとなり俺の邪魔が出来ないように引っ込んでいてくれればいい。

 うまく終幕まで踊れればスケープゴートも用意してあって大団円。

「現実は小説より奇なりですよ」

「あなたは道化がお似合いね」

 俺もそう思う。全くもって俺は道化回し、終幕まで舞台を回す。

「道化で結構ですよ。

 では任意のご同行でお願いします。じっくりとあなたが「淺香 優花」であることを証明して貰いましょう」

 そしてそのまま軟禁。

「だからお断りと言っているのよ」

「おやおやご協力して貰えないのですか、そうなると面倒なことになりますな」

「背乗り? 何よそれっ。そんな訳の分からないことで逮捕できるわけ無いでしょ」

 あくまで拒絶の姿勢だが、まっそうだよな。普通の反応だ。

「いやいや、疚しいことがないなら、普通警察には協力して貰えるんですがね。何か疚しいことがあるんでしょう?」

 これぞ、警察が目を付けた奴を絶対に有罪にする冤罪ロジック。

「待てっ、そんな詭弁で彼女を任意同行させるわけ無いだろ。この件厳重に抗議するぞ」

 政府機関の人間らしい神狩が抗議すればそれなりの効力を発揮するだろうな。

「なら話を始めに戻しますが。なぜ私の警察手帳を隠したのですか? 合理的な理由を述べて下さい」

「だから知らないって言ってるでしょ」

 白を切る、徹底して白を切る。実はこれが一番やりずらい。下手に弁明してくれた方がボロも出てくるというのに。

「あくまで白を切りますか。心証が悪くなるだけですよ」

「だったら夢乃君とあなたはどういった関係だ? 普通警察手帳を他人に預けないだろ」

 おっと神狩から実に論理的な反撃が来た。ここまで彼女を庇うということは結構神狩も彼女のことを想っていたんだな。俺が来なければ恋は実っていたのかも、そうなると俺は馬に蹴られてしまうのか、蹴られる前に決着を付けよう。

「また横槍ですか」

「当然のことだ。警察手帳のことを責めるなら、まずはその点について明確にする義務があるだろう」

「彼女は秘密結社「ヴェーダ」のエージェントです」

 嘘を吐くなら徹底的にいっそ壮大に、その方が真実っぽくなる。

「秘密結社ヴェーダ?」

「その詳細は未だ不明ですが、ヴェーダはヴェーダなりの信念と正義があるようで、その正義に基づいて彼女は私を襲い警察手帳と銃を奪おうとしました。

 その際に争いになり彼女は海に落ちてしまった。そして偶然彼女はこの島に流れ着いたのようですね」

「ヴェーダはなぜあなたを襲ったのですか?」

「推測ですが、私をこの島に来させたくなかったのでしょう。その為の時間稼ぎ。稼いだ時間で彼女はこの島で何かを為そうとしたのでしょう。それは単純なスパイ行為ではないもっと正義に基づいた。そう子供を守るとか」

 彼女には舞台を盛り上げるため秘密の正義のダークヒロインになって貰うことにした。

 政府機関、秘密組織のスパイ、秘密結社のエージェントの三つ巴の暗躍は舞台を盛り上げるだろう。

「私は子供を実験材料だと思ったことは無いぞ」

「ええ、それは分かります」

 見掛は悪いが基本いい人だからな。

「そうなるとあなた以外の脅威からこの島の子供を守ろうとした。ねえ貴方思い当たることありませんか?」

 まるで淺香がスパイで子供を攫って良からぬ人体実験を行う悪の組織のスパイとばかりに俺は尋ねる。これで反対に夢乃は密かに子供を魔の手からダークヒーローに仕立て上がっていく。

「・・・」

「今度は黙りですか

 まあいいでしょう。ここで問答をしても時間の無駄ですね。

 神狩さん私はこうして身分を明かしました。通信機を貸して下さい。本土から応援を呼びます。その際に淺香 優花さんの指紋やDNAデータも取り寄せましょう。それでこの人が何者なのかはっきりするでしょう。

 それともそんな大事にする前に任意同行して私とお話ししますか?」

 さあこれで折れろ、折れて任意同行を了承しろ。

 正直俺も本土から応援を呼びたくない。呼べば来てくれるだろうが、こんな何の事件か分からないようなことで公安99課を動かせば、俺の評価は確実に落ちる。できれば内々俺の胸の内で終わらせたい。

 折れてくれれば、どこかの家に軟禁するぐらいで手打ちにしてやるぞ。俺も過ぎにこの島を去る。その後はご自由にだ。

「くっく」

 淺香は狂気の音色の笑い声を漏らす。

「どうしました?」

「全くこの国はスパイ天国と聞いていたのに、どこで足が付いたのか」

「えっ」

「まあいい、幸いこの島の人口は少ない。一晩もあれば皆殺しに出来るだろう」

「貴方何を言っているのですか?」

「まずは顔を見たときからなぜかムカつくお前からだ。死ねっ」

 淺香はあっという間に俺の懐に入りその鉄板ですら貫く手刀を俺の胸目掛けて放つのであった。

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