第490話 嫌な奴

 神狩は妙にやる気を出した魯蓮に振り回され一段落した頃には太陽が中天に差し掛かっていた。

 疲労した神狩が淺香、昼食目当ての魯蓮と診療所に戻ってくると、診療所の門に見知らぬ男が寄り掛かって立っていた。

「お前は誰だ、そこで何をしている」

 何処か陰気な雰囲気漂う見知らぬ男に、事件が続いていることもあり神狩は刺々しく誰何する。

「やっとお帰りか待ちくたびれましたよ」

「俺を待っていた? お前とは初対面だな」

「そう警戒しなで下さいよ。

 俺のことなら、そこの女に聞けば分かると思いますよ」

 見知らぬ男は淺香を指差しながらいやらしい笑みを浮かべる。

「淺香君の知り合いなのか?」

「そっ昔の男なんですよ」

 見知らぬ男は遠慮無く淺香の体を舐め回すように見ながら言う。

「きっ貴様でたらめを言うな」

「おや~、あなた断言できるんですか?」

 さらっと言う見知らぬ男に神狩の前でたまったもんじゃ無いと淺香が激怒するが、見知らぬ男はニヤニヤしながら言い返す。

 その様子に神狩は嫌な男だという感想を抱く。

「はあ?」

「俺が淺香さんの彼氏じゃないなんて断言して良いのかな~」

「何を言っている」

 全く動じない見知らぬ男の顔をよく見る内に淺香は何かに気付いたのかはっとした顔をしてしまい、見知らぬ男は猛禽類の如くそれを見逃さない。

「淺香さんの彼氏かどうかは一旦置いておくとして、貴方俺のこと本当に知らないんですか? 言い切っていいですか?」

 ニヤニヤネチネチと矢継ぎ早に追求していく。

 こうされては後ろめたいことがなくても何かあるのではと思ってしまうだろう。

「おっお前なんか知らない」

「はい言質頂きました。そこの子持ちで年甲斐もなく女の子を軟派するおじさんも根暗そうなそこのあなたも聞きましたね」

 見知らぬ男は鬼の首を取ったかの如く魯蓮と神狩に指差して念を押す。

「それが何だというのだ」

 見知らぬ男の態度にイライラしている神狩が問う。

「いやいや今までの流れは振りというか小説でいう伏線ですよ。

 はいネタバレ。私、こういう者です」

 見知らぬ男は懐から身分証を黄門の印籠の如く出して此方に掲げた。

 身分証には、男の顔写真と共に「警視庁捜査9課 果無 迫警部」と記載されていた。

「警察だと!? 私は何の連絡も受けていないぞ」

 神狩の反応からこの島は思った以上の治外法権が約束されていることを読み取り、心中予想通りを微笑む果無。

「別に貴方に事前許可貰う必要は無いでしょ。

 事件があれば参上しますよ。警察ですから」

 その姿市民の味方お巡りさんと言うより悪徳弁護士の如き慇懃無礼であった。

「現在この島は色々と事件が起きているでしょう。そういった諸々のことを解決する為にわざわざ来たんですよ。謂わば私は忙しくて手が回らない貴方を助けに来た救世主、もっと歓迎して欲しいですね」

 どうみてもトラブルを焚き付け訴えさせようとする悪徳弁護士。

「今更警察の出番はない。事件は全て片付いている」

「そうなのですか?」

「そうだ」

「立日沢という少年の殺人事件は?」

「犯人は朽草君ということで片付いている」

 既に決定事項だからか神狩は淀みなく言い切る。

「ログハウスの火事は?」

「夢乃という女が放火したことが分かっている」

 証拠は無いはずだが果無への対抗心からか慎重なはずの神狩が断言する。

「身投げ事件は?」

「これから海を捜査する予定だ」

 そこまで知っているのかと一瞬だけ顔に出したが神狩は直ぐに表情を戻した。

「では警察手帳の盗難事件は?」

「ん!? なんだそれは」

 これは完全な不意打ちの予想外だったようで神狩は困惑した素の顔を見せた。

「いやいや、私もこの島に着いた早々になくしてしまって難儀していたんですよ。

 困りますな~こういうものは拾ったら速やかに連絡してくれないと。その点についてじっくりとお話を伺いたいと思っているですよ。

 ねえ」

 果無は淺香をねっとりと見ながらねちっこく言う。

「何のことだ身に覚えのないことだ」

「そんなことないでしょう。

 これ、あなたの部屋に置いてありました。迂闊すぎますね。もっと厳重なところに隠すか処分してしまわないと。

 あれですかね~こんな田舎の島にいて平和惚けしましたかね」

「貴様部屋に入ったのかっ」

 淺香は怒ったがこれは至極当然の反応だろう。

「ええ、入りましたとも。

 礼儀正しく訪問したら皆さん留守のようだったので、事後承諾ということで。タイムイズマネー、時間は大事にしないとね」

 果無は全く悪びれること無くぬけぬけと言うが嘘もいいところである。魯蓮に神狩と淺香を診療所から出来るだけ引き離すように命じた張本人である。

「女の部屋に勝手に入るなんて、何て恥知らずな男だ。変態め」

「これも仕事でして」

 淺香の怒りなど全く気に掛けた様子はない。

「何の権利があって入った」

「やだな~盗難事件の捜査ですよ」

 果無は警察手帳をこれ見よがしにひらひらさせながら言う。

「裁判所の令状も無しでか」

「これくらい現場の裁量ですよ」

「巫山戯るな。この件に関して厳重に抗議するぞ。

 それにそもそも、それが私の部屋にあったという証拠は無いぞ。

 証人は誰もいないんだろ」

 淺香が逆転の一手を打ったかのように勝ち誇って言う。

 これは全くもって正論で、果無のやり方を認めていたら警察は冤罪し放題で有り、裁判所の許可を取り公式にちゃんと複数人で家宅捜査はしないといけないのである。

「いますよ。この島で一番純真なお嬢さんにお願いしました」

「誰のことだ?」

「みぞれちゃんですよ。お願いしたら快く応じてくれましたよ。今は寝てますので後で確認してみて下さいね」

 最初はみぞれも一緒にいたがったが、果無としてはこんな汚い大人の茶番をみぞれに見せる気はなかったので、病人は部屋に寝てなさいと強引に病室に帰したのだ。

「そんな子供の言うことが証拠になるか」

「ないでしょうな~。でもこの島ではそこのお人を説得できれば万事OKなんでしょ」

 淺香ははっとして神狩を見る。

 これだこれが先程果無が確認したこと。結局この島では法より神狩の心証が優先されるのだ。

「先生、こんな怪しい男の戯れ言に惑わされないですよね」

「無理無理その先生は感情より合理を優先するぜ」

 男に縋るような淺香を小馬鹿にあしらう果無は性格が悪すぎる。

 あやゆい独裁だがその権利が与えられるだけに神狩は努めて合理に公平に努めようとし、そこに付け込むのが果無。

「私もこの島の責任者である以上責任がある。

 だからこその聞くが、そもそもどうやってこの島に来た? フェリーが来るのはまだ先のはずだ」

 この島の性質上、こうも簡単に侵入を許すわけにはいかないのである。島の管理をする神狩の質問は至極当然であった。

「ヘリでも潜水艦でも巡視艇でもテレポートでも、そんな手段なんてなんだっていいじゃないか。

 事実として俺はここにいるぞ」

 果無に答える気は全くないようである。尤も狭間の空間を通してこの島に巣くうユガミに召喚されたと言ったところで信じて貰えないだろうが。

「答える気は無しか。ならお前は結局何をしに来た?

 この質問には答えて貰うぞ」

 神狩にとって結局この怪しい男の目的は未だよく分からないままである。

 警察なら公的機関、公的機関ならこの島のことは話が通っているはず。なのにこの島に来た以上何目的があるはず。

 夢乃? あの女を追ってきた。あの女はなんなんだ?

 神狩は極めて普通に筋を組み立てていくが、まさか夢乃=果無、果無はこの島に目的を持って来ていない呼ばれただけと何から何まで見当違いだが仕方が無い。

「だから最初から言っているじゃ無いですか、先生のお手伝いですよ。

 そのまず一歩としてそこの女を逮捕させて貰いましょかね」

「何度も言っている。お前の言っていることなど何の証拠にならない」

 淺香が必死に噛みついてくる。

「いやいやこんな警察手帳の事なんか最初からどうでもいいですよ。ただこれを拾って上司に報告しないで秘匿した事実を確認したかったんですよ」

「何を言っている?」

「夢乃という怪しい女が漂流した。これだけならそんなに警戒しなかったかも知れないが、その女は銃を持ち別人の警察手帳を持っていた。

 そこであなたはこの女は何者だと思ったのでしょう?

 銃を持っていたことで堅気でないにしても、警察関係者なのか警察の敵なのか」

「!」

「もしこのまま上司に素直に報告して本土に照会すれば直ぐに警察は果無警部に何かあったと判断して応援をこの島に派遣してくるでしょう。それは流石に神狩先生でも拒否できないし、神狩先生も敢えて拒否しないでしょう。

 貴方はこの島に警察関係者が来ると都合が悪いんでしょ、だから警察手帳は隠したんだろ。だが女の正体は気になる。だから銃だけ上司に報告して泳がせ正体を見極めるように提案した」

「映画の見過ぎじゃないの? これだから女にもてないオタク気質は嫌なのよ」

「それはすいませんね~女性には嫌われる質でしてそこはご容赦下さい」

「だったら消えてくれないかしら?

 貴方の妄想にこれ以上付き合いたくないわ」

 心の底から毛嫌いする女の嫌悪感丸出しの感情を淺香は果無に吐き捨てる。

「それじゃあ~わざわざ死ぬ思いをしてこの島に来た意味が無い」

「無駄な努力ご苦労様」

「いやいやこの島に来た目的くらいは果たさせて貰いますよ」

「ならさっさとすれば」

「はい。

 淺香 優花殺人容疑で貴方を逮捕します」


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