第489話 身投げ

 逃げた夢乃を淺香が追跡したが夜の森ということもあって直ぐに見失ってしまった。そして朝になって夢乃戻ってくるということも無かった。


 一夜開けた酉祕島、どこか煙臭さが島全体に漂うが何とか火事は鎮火され、静けさを取り戻しつつあった。

 診療所の食堂では目の下に隈が浮かび元々陰気そうだった顔が益々陰気そうになった神狩が眉間に皺を寄せ熟考していた。

 火事の事後処理、夢乃のことなどこれから解決しなければならない問題が山と積み上がっていては致し方ないとも言える。

「どうぞ」

「ありがとう」

 そんな神狩とは対称に神狩の傍から鬱陶しい女が消えてウキウキの淺香が甲斐甲斐しく、ご飯 目玉焼き ウィンナー 味噌汁と朝食を並べていく。

 並べられた朝食に神狩の眉間は少し緩んだ。 

「お疲れの様子ですね」

「ああ昨日は色々あったからな。だが休んではいられないな。今日中に片付けなければならない仕事が山積みだ」

 現場の消火作業をしなかった神狩にとってここからが本番とも言える。

「火事の事後処理とあの女のことですね」

「ああ」

 神狩は重い声で答える。

 火事は起きてしまった事はしょうが無いと淡々と事後処理をしていくだけだが、夢乃の件に関しては迂闊なことは出来ないが、手間取ってもいられない。

 下手に手こずれば本土に介入される口実を与えてしまう。立ち上がったばかりの学園には色々と注目されている。快く思わない者達によって予算削減、下手をすれば廃止に追い込まれてしまう。所詮国の官僚は予算を巡っての奪い合い足の引っ張り合いなのだ。

 廃止だけは防がなければならない。少し人と違ってしまった子供達にとってここは最後のセーフティーなのだ。なんとしてもこの島を守ると決意を固める神狩。

 その為にも夢乃の背後関係を掴む必要がある。ここの研究を探りに来た大陸系の組織なのか子供達を誘拐しに来た人身売買組織なのかなどで対処が変わる。大事なのは本土に泣きつくのでなく、きちんと背後関係を掴んだ上で適切な応援を頼むこと。そうすれば応援を頼んだ組織の手柄にもなり、味方に出来る。

「火事は兎も角、あの女の件は私に任せて貰えますか?」

「君にか?」

「はい。昨夜は逃げられましたが、今度は必ずや捕まえて見せます」

 神狩が疑わしそうに尋ね返すが淺香は胸を張って答える。惚れた男に良いところを見せたい気持ちと目障りな女を自らの手で始末したい気持ちが入り交じった気持ちがそうさせているのだろうか。

「君を信頼しないわけじゃないが、田舎の島とはいえそれなりに広いこの島の何処に隠れているか分からない人一人を見つけ出すのは君一人じゃ無理だ」

 鬼ごっこをするにはこの島は広すぎる。

「島の者を使わせて下さい」

「どうやって?

 いまのところ島の者を使う明確な理由がない」

 淺香としては神狩が一声掛ければ人が集まるとの目算があったようだが、神狩は渋い顔で答えた。

 自分の部下でもない地元の民を使うならそれなりの理由がいる。自分の部下を使う手もあるが、その場合には学校などを休校にする必要がある。急に休校ということになれば子供達も混乱するし、子供達を放置も出来ないので結局何人かは子供達の傍にいる必要があり、結局そんなに人間は割けないことになる。

 何より夢野は銃を持っている。迂闊に追い詰めれば死人が出る可能性がある。それは絶対に避けなければならない。

 !?

 そういえばこういった荒事に向いていそうな人材がいたな。彼女は私の部下ではないが無関係というわけでもない。どう見てもあの軍属上がりの身のこなし、それでいて子供好きの人が良い性格。相談してみる価値はあるかもしれないな。

 そんな神狩の思いつきを知らず淺香が提案してくる。

「放火した罪ではどどうですか」

「残念ながら今のところ証拠が無い」

 十中八九放火犯だと思っているが現状証拠は無い。

 だがそんなモノ神狩が断言すればこの島ではそうなる。それをしない神狩は妙なところで生真面目なのか慎重なのか。

 捏造冤罪は権力者の華とでも乱用すれば、歪みが大きくなりいつかしっぺ返しを喰らう。かつてそれを忘れ多くの権力者が革命に消えていった。

「なら保護を理由はどうですか」

「なるほど」

 遭難した患者が錯乱して診療所から脱走した。それなら患者の安全のためと言えば島民を動かす名目は立つ。

「だが夢乃君は銃を持っているぞ。迂闊には人を動かせない」

「銃を持った人間を放置している方が危険です。

 それに島民には探させるだけで、確保は私がします」

「できるのか?」

「訓練は受けています。

 そして出来れば銃の携帯許可を頂きたいです」

「・・・」

 夢乃の背後関係は調べる必要があるのもあるが、神狩は出来れば死人は見たくないのである。

「撃つのは最後の手段です。出来るだけ無傷での確保を心がけます」

 渋る神狩に淺香は強引に押し通そうとし、神狩が淺香に押し切られそうになる前に邪魔が入った。

「おいっ大変だ」

「魯蓮」

 魯蓮が慌てた様子で食堂に飛び込んできた。

 神狩は魯蓮に思うところがあるのか表情が険しくなる。

「そう睨むなって。イチャついているところを邪魔して悪かったって、だが大変なんだ。身投げかもしれない直ぐに来てくれ」

「何!?」


 この忙しいときにと断ることは神狩には出来なかった。島の警察のようなことをしていて、警察のような権利を持っているのも神狩だけでは神狩が出張るしかないのである。権力の集中の弊害である。

 神狩は魯蓮に連れられ、淺香は当然のように付いてきて島の海に突き出た崖上に来ていて。崖は海に突き出て高さもそれなりありサスペンスドラマのクライマックスにピッタリのロケーションであった。その崖の先端に靴と銃が並べられていた。

「この靴は夢乃君のだな」

 神狩は診療所から夢乃に貸した予備の靴であることを確認する。

「そうか。それでこの銃はなんだか分かるか? なんでこの島にこんな物騒な物が落ちているんだ。

 もしかしてだがお前のか?」

 魯蓮は神狩の正体についてある程度知っているのか、少なくとも銃を持っていて当然と思っている。

「違う。厳重に管理してある。

 これは夢乃君が持っていた物だ」

「美人さんが!?

 なんで美人さんがそんな物を持っている。ただの漂流者じゃなかったのか」

 魯蓮は驚き矢継ぎ早に神狩に質問する。白々しいにもほどがある。

「私に聞くな。

 この銃は海辺に打ち上げられていた夢乃君が持っていた物で間違いない。それを私が預かっていて、機を見て尋ねるつもりだったんだ」

「美人さんのことも気になるが・・・。

 なら、なんでお前さんが管理していた銃がここにある」

「色々あったんだよ」

「色々ねえ~。

 お前のことだから夢乃の色仕掛けに引っ掛かったとも思えないが・・・」

「当たり前です。

 先生があんな女の色仕掛けに引っ掛かるわけがないでしょ。失礼にもほどがある。それ以上言うなら私が黙ってないわよ」

 淺香が猛烈に魯蓮に噛みついてきた。普段なら窘めるところだがこの場は助かったと神狩も放置する。

「わっ分かったよ」

「本当に身投げしたのでしょうか?」

「う~ん

 一乃葉に頼んで海を捜索して貰うしか無いか」

 神狩としてはあの海千山千の夢乃が身投げするとは思えない。だが任務に失敗して仲間に消された可能性は否定できない。尤もその場合厄介事が片付いたというより、島にいる仲間を探し出さねばならなくなり、益々厄介になりそれこそ本土に泣きつかなければならなくなる。

「そうですね」

「手配しよう」

 悩んでいてもしょうが無いと神狩は動くことにした。

「ついでに火事の跡も見ていくか事後処理に必要だろ」

 魯蓮はさりげなく言う。

「そうだなついでだな」

 神狩はついでに彼女に会っておこうと診療所に戻る前に火事跡に向かうのであった。


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