第488話 ビジネス
「俺が美人に見えるのか?」
書いて字の如く美しき人。
無駄を省いた合理に生きる俺は見る者によってはその生き様は美しい、と思う。
「そう言われても困るぜ。
それで美人さんはどうした?」
魯蓮が飄々とした遊び人の仮面を脱ぎ捨て捨て鋭い眼光で俺を射貫いてくる。
初めて会ったときからクセの強い奴だと思っていたがこういう顔を隠していたとは、見事。遊び人を装い、その実はどこかの組織の諜報員といったところか。
そうなると子供もいたし店もやっていた、現地採用なのだろうか。余程の大金を積まれたか弱みを握られたか。
だが、俺はそんなこととんと気付かない態で話を進める。
「見間違えじゃないか? そんな人間は最初からいなかった」
そう夢乃 胡蝶なんてその名の通り一夜の夢の如き幻の女。俺は月に帰ったかぐや姫を慕う皇子のように月を見上げながら言う。
「俺は美人さんがここに登るのを見たんだぜ」
「怖っストーカーかよ。警察に通報した方がいいかな」
やはり森であの不自然な煙は此奴が仕掛けたようだな。発煙筒か何かか? まあ今はそんな手段より何で怪しい女を島の権力者に逆らって手助けしたかだな。
目的は何だ? 上手く探れれば逆転の一手になる。
「あくまで白を切るか」
魯蓮が焦れているのが分かる。もういつキレても可笑しくない。
ざんねん、話し合いはもう無理そうだな。
「そう言われてもな~、この穴の中を調べてみるか?」
俺は穴を指差しながら言う。
ここは石段を登り切った行き止まり。広場は木々に囲まれ逃げ道はないし、神社のような建物もない。人一人隠すならこの穴しかない。
「そうさせて貰おう。下手な気は起こすなよ」
魯蓮は俺の握られた銃を警戒しながら言う。
「これは無粋だったな」
そう言えば握ったままだったな。そりゃ警戒するか。
俺は銃を遠くに放り投げた。
「へっ、何のつもりだ?」
魯蓮の鋭い顔は間の抜けた好々オヤジに変わる。案外こっちが素か?
「いやいや命の恩人に銃を突き付けるほど俺は恩知らずじゃないぜ」
俺は芝居掛かった動作で礼儀正しく頭を下げて一礼する。
「そうか。だが鞭は解かないぞ」
俺の左腕には助けて貰ったときのままに鞭が絡まっている。
「信頼して貰えなくて悲しいぜ」
「だったら正直に言うんだな」
おどけて肩を竦めてみせるが魯蓮に気が変わってくれた様子はなく元の鋭い顔付きに戻っている。
魯蓮は穴に墜ちないように警戒して近づいていく。そこに嫌悪感は見られない。
!?
俺は思い違いをしていたのかも知れない。地元民でこの穴の由来を知らないなんて事があるのか? 詳しくは知らなくても曰くらいは聞かされているはず。
魯蓮は地元民じゃない。
この俺が思い込みなどという初歩的ミスをするとは。
ならなんだ?
神狩が来るのと同時に来た移住組! 移住組だとしたら神狩もある程度魯蓮の素性を知っていることになる。
仲間?
なのに神狩の意に反する行動をしている。
そもそも俺が地元民だと思い込んだ理由の一つが翔の存在。偽装のための親子か何も知らない自分の子供を利用しているのか分からないが、わざわざこの島に連れて来たことになる。そこまでするか。どうやら予想以上の裏があるようだな。
もう少し探るべきだったか。
「ふっ。あんたはこの穴の先に何を見るかな?
お望みは女の猟奇死体かな」
穴に近寄る魯蓮に俺は道を空けてやる。
「俺はそんな悪趣味じゃねえよ」
これで魯蓮が穴に何を思い描いて投影するか。
服を剥ぎ取られ俺に犯され無惨に穴に捨てられた猟期死体。
俺に生きたまま落とされ穴の底王子様の助けを待っているお姫様。
どちらと月夜のダンスを踊るかは望み次第。
だが俺の期待に反して魯蓮は穴の底が見える一歩手前で止まった。
「なんだよ。背後から突き落としたりしないぜ。なんせ運命の鞭で繋がっているからな」
俺は鞭が絡まった左腕をこれ見よがしに掲げる。
「そうじゃない。この穴は覗かない方がいい気がする」
そう言う魯蓮の顔が真っ青になっている。
「おいおい、それじゃ話が進まないぜ」
「分かっているが」
魯蓮は脂汗を流して穴を覗く一歩手前から一歩が踏み出せないでいる。
「じゃあ、もう女の話は終わりでいいか。俺も忙しいんだぜ」
勘がいい野郎だ。
それでも覗いてしまうのが俺で踏み止まれ魯蓮は分を弁え長生きしそうだ。
「この穴の中にはいないんだな?」
「だからそんな女はここにはいないと最初から言っている」
「なら何処に行った?」
「知るか。
お前こそなんでそこまで拘る?
子持ちのいい年したオッサンが助けた礼に体でも迫るつもりなのか?」
「そりゃゲスの勘ぐりだな。
オジサンは純粋に頑張る女の子を応援したいだけだぜ」
「パパ活かよ」
食事だけと言いつつ体を求める男の浅ましさ。此奴の場合は体じゃ無くて違うモノを狙っていたようだが、決して純粋な応援じゃないところは同じ。
「美人さんはこの際一旦おいておいたとしてお前は誰だ? 美人さんとどういう関係なんだ?」
「ただの観光客だぜ」
「ただの観光客が物騒なモン持っているじゃないか。それにここ数日お前のような奴はフェリーで来ていない」
魯蓮は俺が放り投げた銃をチラッと横目で見て言う。
「観光客のチェックをしてるのか?」
「ああ美人さんがいるかもしれないからな」
キャラが徹底しているな。そこは感心する。それとも地なのか?
「現に俺はこの島にいるぞ」
「フェリー以外の漁船などの出入りも監視していた。どうやった」
何か聞いた話だな。そうか一乃葉からか。
二人は繋がっている?
「手段なんて色々あるだろ。幾ら何でも一人で四六時中監視できないだろ。
それよりビジネスの話をしようぜ」
「ビジネス?」
「そうさ。お互い有意義な時間になるビジネスの話だ」
速やかに排除出来なかったのならセカンドプランに速やかに移行するのが合理的というものだ。
「まあお前が何処の諜報員で何が目的かは知らないし聞かないでおこう。俺も何者で何が目的かは言わない。
だがお互いこのままじゃ手詰まりなのは事実。
ここはお互い手札を伏せたまま利用し合わないか」
魯蓮はこの話に乗る。そもそも魯蓮の調査が上手くいっていたら怪しい女を利用しよう何て思わない。本当に女好きの夢乃の体目当てで無い限り。
「何のことか分からないな」
「今は千載一遇のチャンスだぞ。
お前が拒否するというなら俺はこの場の出来事を島中に言い触らす」
「なっ」
「島は混乱するだろうが、平穏よりはいい」
如何にも女好きの飄々屋の隠された顔。この島中が魯蓮に興味を示すだろうな。その分俺への警戒が薄れる。まさに一人勝ちだ。
「そんな怖い顔するなよ。俺もお前の協力が得られないとそんな手しか無いっていう、もしもの話だ」
「お前をこの場で始末するという手もあるぞ」
魯蓮から殺気が膨れ上がる。それは俺のファーストプランだったんだが。
正直片腕を鞭で塞がれているがこれは別に不利じゃない。魯蓮も同じように鞭をいう武器を封じられたと言っていい。
だがもしこの場に魯蓮の伏兵がいれば俺は一気に不利になる。
もしかしているのか?
「まあそれも一つの手だが。お互いチャンスを失うだけだぞ。
この島のどのくらい潜伏しているか知らないが、次のチャンス待つのか?」
「意外と俺はこの島の生活を気に入っているぞ」
魯蓮は余裕の笑みを浮かべてみせる。
「上はそんなに待ってくれるのか? まあクビになって本当にこの島に永住するのもいいかもしれないな。憧れのスローライフ。息子と二人で仲良く暮らせ」
「嫌な奴だな」
魯蓮は心の底から嫌そうな顔でいう。
くっくっスパイをするような奴は大抵スリル依存症。こんな田舎の島のスローライフは地獄に等しいだろう。
「俺が嫌な奴でも組むのが一番合理的だぞ」
敵同士協力できないということは無い。戦時協定など何度も結ばれている。
後は裏切るタイミングが大事なだけ。
「分かった。手を組もう」
俺の腕に絡まっていた鞭は解かれた。
「ならまずはお前の手札を教えて貰おう。その上で俺のプランを説明する」
「お前の策に乗れってか」
「だってお前に策は無いだろ」
「ぐっ、くそっつくづく嫌な奴だ」
「よろしくな」
こうして男二人はガッチリと握手をした。
それはそれは互いの掌を握り潰そうとするくらい力が入っていた。
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