第482話 追い詰められた犯人

「お前は何者で何の目的でこの島に来た」

 銃口は真っ直ぐ俺に向けられ神狩の目は俺を見据えている。とてもドッキリジョークには思えない。

「何の冗談かしら?」

「冗談では無い。私は本気だ。

 正直に答えろ」

 冗談で済まないかと微笑みながら尋ねた俺だが神狩に取り付く島は無い。下手に動いた瞬間容赦なく引き金が引かれるをひしひしと感じる。

 ついさっきまでの順風な流れが一気に逆流に変わった。

 何処だ何処で俺は選択を間違えた? 

「夢乃 胡蝶。ただの女よ」

「そういうのはいい。分かっていると思うがこの銃は君のだ。君の所持品検査をしたときに見付けた」

 気付いてなかった。俺の銃だったのか、それをここに持ってきているということは俺がマヌケで気付かなかっただけで随分前から王手が掛かっていたようだ。

「そう。だったら最初の診断の時に詰問するか、そのまま拘束するべきだったんじゃ無い」

 安易に装備は失ったと思っていた自分が愚かすぎる。それとも女に成った影響でやっぱ俺は動揺しているのか?

 だが装備があるというならどうにかして装備を取り戻す手段は無いだろうか? 特にスマフォがあるとないとでは本土に戻ってからの選択肢が大きく違う。

「君の目的を知りたくて、泳がせていたんだが今は後悔している。

 君を泳がせたばっかりにこんな事態になってしまうとは」

 やはりこの島には何か秘密がある。普通泳がさない。銃を持った女が漂流してきたら拘束して警察を呼んで終わりだ。

「まるで全て私が悪いみたい。言い掛かりも良いところね。

 みぞれちゃんが攫われたときもログハウスが燃えたときも私にはアリバイがあるわよ」

 証人は目の前にいる神狩本人である以上否定のしようがあるまい。

「そうだな。君には鉄壁のアリバイがある。だがだからと言って君の無罪を証明するものでは無い」

「あなた冤罪上等の昭和の警察?」

「素直に考えただけだ。

 多少の問題はあったが、銃を所持している怪しい君がこの島に来るまでそれなりに平穏だったんだよ。

 全ては君が島に流れ着いたときから狂いだした。

 君を疑うなと言う方が無理が無いかな?」

 証拠の積み重ねからでなく、決め打ちの結論から導く推理は魔という常識が通用しない事件解決のために俺もやる手法、外せばますます深みに嵌まって迷走するが当たれば大きい賭けに近い思考法。

 まずは此奴がどんな手札を揃えたか、お手並み拝見させて貰うか。

「それで私のアリバイは崩せたのかしら?」

「ログハウスについては時限発火装置を仕掛ければ済むことだ。

 朝ログハウスを調べたときにセットしたんだろ?」

 推理が当たっただろと言わんばかりの態度で神狩は聞いてくる。

「そんな物騒な物が何処にあったというのよ? 私は所持品は全て貴方に没収されているのよ」

「君がログハウスにあった物で自作したんだろ。君と会話していて分かったが君は極めて知能が高い。明日火事の検分をすれば何らかの証拠が残っているだろ」

 あれだけの会話で俺のスペックを見抜いたというのか? 人物観察においては遙かに俺より上だな。

「例え証拠が出たとしても、それが私が仕掛けたことには成らなくて? それこそ犯人が仕掛けたのかもよ」

「犯人は君だろ?」

「だ~か~ら、何で私がそんな事しなくちゃいけないのよ。

 私はこの件では被害者。おかげで折角の証拠がパーよ。

 これはどう考えても証拠を消したい犯人が放火したと思うのが自然じゃないかしら?」

「証拠を消すためじゃなくて証拠を捏造する為だとしたら?」

「哲学かしら」

 初めて背筋に汗が滲み出た。受け答えは自然に出来たか俺? 表情に出てないか? 鏡が見たいぜ。

 まずい予想以上に神狩の知能が高い。戦闘力や異能の力で俺を上回る奴を相手にしてきたが真っ当に知能が上の奴は久々だ。

 つまり俺の唯一の武器が通用しないかも知れない。

「普通に考えれば重要な証拠があるなんて迂闊に話すはずがない、特に君のように知能が高い人ならなおさらだ。

 迂闊に犯人の耳に入ったら証拠を消されてしまう。隠し通すかさっさと公開する。なのに君は寧ろ広めるように仕向けていたような気がする」

 クソ俺の知能が高い前提で推理を組み立てやがる。

「これでログハウスにみぞれちゃんの無罪を証明する証拠があったことになった。後は犯人に仕立てても可笑しいと思われない皆が納得する人物の選定が済めば、それらしい証拠を捏造するんだろ。

 だから学園の生徒にも会いたかったんだろ?」

「貴方が買い被るほど私の知能が高いのなら、そもそもそんな危険な橋は渡らないじゃないかしら?」

 自分が最初からマークされていたと気付かないなんてピエロ過ぎるだろ。

「なら私が想定するより知能が低かったのか、君が私程度なら丸め込めると私を侮ったのかのどちらかだな」

 確かに神狩という男を少々侮っていたようだ。もう少し慎重に動くべきだったのだろうが、それでは間に合わない。結局は動くしかなかった。

「う~ん、中々見事な推理と堂に入った態度で名探偵ぶりですけど、犯人を自白に追い込むには足りないですね」

 俺は名探偵の推理を前にして醜く足搔く犯人を演じる。

「確かにログハウスを燃やすことは私にも可能で動機もあるかもしれませんけど、結局立日沢殺害に関してはどうなるんですか?

 私診療所のベットで寝てましたよね」

 この鉄壁のアリバイをどう崩す?

「それに関しては推理の必要は無い。

 犯人はみぞれだ」

 神狩は辛そうだが力強く断言する。

「何を言っているの?

 みぞれちゃんは被害者よ。貴方だって見たでしょ。みぞれちゃんは裸で壁に逆十字に貼り付けにされていたのよ。その状態でどうやって立日沢を殺せるのよ」

「検死結果をまだ言ってなかったな。

 立日沢の爪に残っていた皮膚などから、立日沢の耳や目は自分で抉り取ったことがハッキリとした」

「自分で剔った?」

 しかも神狩のニアンスだと検死するまでもなく察していたようだな。

「首は怪力で一瞬で捻られたことが分かった。自分で目や耳を剔るほど錯乱していたんだ。自分で自分の首を一気に捻っても可笑しくない」

「あなた馬鹿? 

 その検死結果からどうしてみぞれちゃんが犯人になるのよ。普通に導き出される画は、立日沢は突然罪の意識に苛まされて自決でしょ。

 これで事件は解決終わり、みぞれちゃんは無罪放免。

 はあ~私の今日一位日の苦労は何だったのよ。でもこれでHappyEndだからいいか」

 俺はこれ見よがしに溜息を付いて見せる。

 多少強引だがそれはお互い様だろ。

「それでは納得しない」

「なんでよ。非の打ちようのない結論じゃない。ぐだぐだ言う偏屈な島民ぐらい貴方の権力で黙らせなさいよ」

「無闇に権力を乱用すればその末路は哀れだよ。

 それに誰よりも私が納得出来ない」

「はあ~なんでそれ以外の筋なんてあるの?

 まさか磔にされたみぞれちゃんが魔法で殺したとでいうのかしら?」

 少なくてもそれが可能にする力が存在することを俺自身が知ってしまっている。

「本当は君自身も分かっているんじゃないのかね?」

 その言葉で俺はこの島の秘密が何であるか分かった気がした。

 考えてみれば立日沢が既にそうだった。

「それで先生は結局私のことを何だと思っているんですか?」

 全てはそこだ。放火の犯人当てとか神狩にとってはただの余興だろう。

「最初はこの島の秘密を狙った大陸系の組織の人間かとも思ったが、それにしては上陸の仕方がお粗末だった。遭難を装うにしても銃は携帯しないだろう。

 だがこの島への潜入の寸前何らかのトラブルで本当に遭難したのなら辻褄は合う」

 なるほど最初は島とは無関係なアウトローの遭難の可能性も顧慮していたのだろう。下手に藪を突かない為に俺を泳がせていたと。

「それでそのおっかない組織の人間が何でみぞれちゃんを必死に助けるの?」

「みぞれが本土に行ってしまっては手に入れることが不可能になるからだ。

 君もみぞれの価値に気付いているんだろ?」

 みぞれちゃんの価値?

 将来性格の良い美人になりそうな有望株くらいしか思ってなかったが、今の俺ならもう想像が付く。

「さてそろそろしゃべって貰おう。

 君の正体、組織への連絡方法など、素直にしゃべれば悪いようにはしないことを約束する。だが最悪この引き鉄を引くことを私は考慮している」

 脅しじゃないだろうな。此奴はこの島を守る為なら躊躇わない、寧ろそれが仕事か。

「一つ質問なのですが、私の所持品で見つかったのはその銃だけ?」

「何のことだ?」

 俺の脈絡のない質問に神狩はキョトンとする。

「そう見つかってないようですね」

 銃が残って他の所持品だけが流れたという都合の良いことがあるか?

 そこに悪意を嗅ぎ取る。

「どういう意味だ? 説明したまえ」

 もうどうにもなるまい。ここからの逆転の手はもう一つしか無い。

「先生、これで私も観察眼は結構鍛えられているのよ。先生の知能は私の上、それこそ私より探偵があっている」

「それで?」

「人間って結局獣なのよね。

 迂闊でしたね先生」

 するすると間合いを詰めていた俺は左手で銃のシリンダーを押さえつつ銃口を外に流し懐に一気に潜り込む。

「なっ」

 やはり素人対応出来ていない。

 今まで碌に相手に通用しなかった俺の武器が素人の神狩相手なら十分通用する。

 努力は裏切らない。生存する選択肢を増やしてくれる。

 俺の右肘が神狩の鳩尾にめり込むのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る