第481話 事故じゃ無い事件

 俺が現場に駆けつけたときにはログハウスはキャンプファイアーの如く燃えさかり、マイムマイムでも踊りたくなる気分になる。

「クソッ。どうして次から次に」

 俺と一緒に駆けつけた神狩は燃えるログハウスに悪態を付いて頭を掻き毟っている。見れば既に幾人かの島民も集まっていて燃えるログハウスに唖然としている。

 この流れに乗れば自然に同情を集められるな。

「燃える。燃えてしまったわ、折角掴んだ証拠も」

 俺はジュリエットの如く「証拠」の言葉を一際声高らかに叫んで膝をその場で付いて嘆く。さながら悲劇の美女の嘆きに周りにいた男共は神狩を含めて同情的な視線を俺の方に向けつつも、なんと言って慰めれば良いのか分からず戸惑っている。

 これでログハウスに証拠があってその証拠を俺が見付けたが燃えて消えてしまった事が既成事実化する。

 そんな中一人だけ気にせず無粋に声を掛けてくる奴がいた。

「黄昏れていたい気持ちは分かるが、そこでへたり込んでいると邪魔だ」

「!?」

 見上げると斧を手に持った厳しい表情の一乃葉に殺されるかと思って飛び退いてしまった。

「これから消火活動をする」

 飛び退いた俺に顔を顰めはしたが怒ることは無く一乃葉はここに来た説明を始める。

「消防ヘリでもあるの?」

 こんな森の中では消防車は来れないだろうが、消防ヘリなら近くの島に派遣要請している可能性はある。

「そんな気の利いた物は近隣にはない。

 もう直ぐ島の消防団も道具を持って駆けつけてくる。うまくいけば全焼は防げる」

 あっても持ち運べる程度のポンプや消化器ぐらいで期待は出来ないだろう。そもそも本土でもこんな森の中の火事ではヘリでも無ければ碌な消火活動は出来ない。

「無駄な労力ね」

「なんだと!?」

 俺の発言に一乃葉が睨み付けてくる。

「消化より森への延焼を防いだ方が建設的じゃない」

「いいのか? 上手くいけば証拠が残るかも知れないんだぞ」

 意外な言葉に内心驚いた。

「私の為だったの? 私に惚れた」

「みぞれの為だ」

 美人になった俺がサービスしてウィンクしつつ言って上げたのに、一乃葉は何の感慨も受けた様子も無くあっさりと言う。

 真性のロリコンか?

「それこそ貴方が怪我でもしたらどうするの? ただでさえ味方が少ないのに」

 ここでみぞれに為に危険を冒してこの男まで怪我をしたりしたら、味方が減るだけで無く、益々みぞれへの疫病神扱いが酷くなる。

「諦めろというのか? 本当にあのログハウスにみぞれの無実を証明する証拠があるのなら危険を冒す価値はある」

「素人が見たって分かるわ。もうログハウスの火を消すのは無理よ。貴方だって分かっているでしょ」

「ぐっ」

 斧を持ってきていることから延焼を防ぐ算段で来たんだろうが、俺の先程の台詞を聞いて一乃葉に欲が生まれたんだろう。

「だったら証拠が何か言ってくれれば俺が確保してくる」

「ありがたいけど凶器が残っているとかそういう類いの証拠じゃ無いの」

 そもそも証拠は燃えて灰になることで生まれるのだから。

「今は森に延焼して二次災害が出ないことに専念した方がいいわ」

「・・・・。

 そうかもな」

 俺の意見を暫く考え一乃葉は納得してくれたようだ。

「納得したら、ぼっと突っ立ってないでさっさと動きなさいよ」

「そうだな。

 先生もそれでいいか?」

 一乃葉は神狩に確認を取る。

「消防団は君だろ。だが私もその方がいいと思う」

 二人は顔見知り? こんな狭い島だみんな顔見知りか。

「分かった。この場は任せてくれていい。後のことは頼む」

「分かった」

 集まっていた島民に指示を出し出す為に一乃葉は早足に俺達から離れていき、俺と神狩の二人が集団から取り残された形になった。

「迂闊だったわ。ここまでやる奴だったなんて」

 俺は下唇を嚙みながら言う。

「何の話だ?」

「なに暢気なことを言っているのよ。

 これは事故じゃ無い事件よ」

「どういう意味だ?」

 ここまで誘導してやっているのに意外と察しが悪いな。

「犯人が証拠を消すために燃やしたに決まっているでしょ」

 出来ればこの台詞は神狩自身に言って欲しかった。

「なるほど。

 そういう考えもあるのか」

 神狩の反応は今一悪い。火事がショックなのか、頭の回転は速い男だと思っていたが。それとも俺の独りよがりの絵図でどこか間違えた?

「どっちにしろ、我々がここにいても邪魔になるだけだ診療所まで帰ろう」

「指揮をしなくて良いの?」

 あっさり帰ろうとする神狩が意外だった。てっきり指揮を執るか、男手が少ない島だ手伝いでもすると思っていたが。

「鉄平がやるさ。私はどちらかというと明日の朝からの事後処理で忙しくなる」

 頭脳労働こそ本分と言いたげだな。

 本当に手伝わなくて良いのだろうか? 何となく腑に落ちないが一応は筋が通っているので俺は大人しく神狩と一緒に帰ることにした。

 燃える森を背後に森の一本道を帰って行く。

 昨夜と違って灯りが無くても明るく歩きやすくて助かる。ログハウスから大分離れ周りに誰もいなくなった辺りで先頭を歩く神狩が急に止まった。

「どうしたの?」

「ここならいいと思っただけさ」

 振り返った神狩の手にはコンバットマグナムが握られ銃口は明確に俺に向けられていた。


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