第479話 将来の敵

既に昼は過ぎている。車でもあれば別だが今から山を越えた島の反対側に行ったら今日中には帰ってこれなくなるだろう。アリバイ作りにはいいかもしれないが、リスクは取ってもやはり現場にいたほうが色々流れを作れる。

 今日の所は大人しく診療所に帰ることにし、旧港から診療所への帰りがけ、俺は夕日雑貨店に寄った。

「いらっしゃいませ」

 魯蓮を連れ戻しに来た少年がカウンターで店番をしていた。確か翔君だったか。

 ニコニコと屈託無い明るい笑顔、俺でさえ可愛い男の子だなと感じる。このまま成長すれば将来女を泣かせのプレイボーイになりそうだな。

「あら君が店番をしているのね。お父さんには逃げられたの?」

「はい。ちょっと油断した隙に。あっどうか気にしないで下さい。

 何をお求めですか?」

 ニコニコ尋ねてくる。

 俺なら勝手に店内を見て回って用が合ったら声を掛けろと思うが、ここが陽キャラと陰キャラの分岐点かもな。

「安いスマフォの本体売ってないかしら」

 初めて来たドラッグストア並みに広い店内を探すのも骨が折れる俺は言葉に甘えて尋ねる。

「この島じゃ使えませんよ」

「分かっているわ。だから本体だけで良いの」

 スマフォの本体には電話やNETが出来なくても、メモやデジカメ、録音に計算と色々役立つ機能が満載されている。

「当然使えない物を売ってません」

 まあ当然そうなるか。

「タブレットやノートパソコンは?」

 資金的にキツくなるがそうも言ってられない。

 頭脳派の俺としては色々データを整理したり計画を立案したり考えをまとめるのにそう言ったガジェットが欲しい。

「そういった物は基本取り寄せですね。注文して頂ければ取り寄せますよ」

 翔君は店の名誉挽回とばかりに誇らしげに言うが取り寄せか~。

 まあ本土みたいに売れ筋商品を並べておけばその内売れるなんて見込みが全く無い離島の商店では、日々消耗していく生活用品以外の高額商品はそういった方法をとらざる得ないのは分かる。

「どうやって注文を出すの?」

 確か電話もNETも繋がってないことになっている。手紙を出すにしたってやり取りに時間が掛かりすぎて上手くいくとは思えない。

 もしかして秘密の通信手段、衛星通信でもあるのか? あるなら多少か値が掛かっても是非利用させて貰いたい。

「当店ではフェリーの船員とかにコネがありますので、そこからツテを辿って頼みます」

 思った以上のアナログ手段。もう少し追求しておく。

「でもノートパソコンとか具体的にどう頼むの?」

 ノートパソコンと一言で言っても種類は万別だ。カタログか何か無ければ注文できるものじゃない。常に最新のカタログを送って貰うという手もあるが幾ら何でも量が膨大になるし紙の無駄すぎる。

「欲しいスペックや値段を伝えて見繕って貰います。それで無理そうな商品なら、父が本土に行って直接仕入れてきます」

 筋は通っていて無理は無い。しかし、魯蓮のオッサンのセンスに任せるのは怖いな。それとも意外とセンス良いのか?

 まあどちらにしろ来るのは速くて次の次のフェリーでは話にならない。この島に永住するわけで無く俺は今欲しく、今活用したいのだ。

「デジカメは?」

「『写るんですよね~』なら」

 翔君はおいたをした子犬のように俯き加減で申し訳なさそうに言う。

 一時期流行った使い捨てアナログカメラか。

「現像してくれるの?」

「基本たまに来る観光客が持ち帰って本土で現像しますが、一応この店にもありますよ」

 そうかそれならギリ使えないことは無いか。

「翔君出来るの?」

「いえ父です」

「そうよね~」

 普通ならそうなんだが、俺的にはあのちゃらんぽらんそうなオッサンより翔君の方が信用できる。アナログ写真は現像に失敗したら終わりなんだよな。

「ですが、本体は無いですけどメモリーカードとかモバイルバッテリーとかは取り揃えてますよ」

 翔君は店の名誉挽回とばかりにアピールするが、今の俺には本体が無い。

 だがそういった消耗品の需要があるというなら、島民はパソコンやデジカメなんかは持っているということか。それとも寮にいる学生達か? 何とかして貸して貰うことは出来ないだろうか? でも接触を禁止されてたか。いや既に知り合っている大華ならセーフか? みぞれを助けるためと囁けば喜んで貸してくれそうだな。なんとか自然に接触できる方法を検討してみよう。

「分かったわ。

 メモ帳と筆記用具貰えないかしら。それと写るんですよね~をお願い」

 取り敢えずデジタル商品は諦めよう。アナログ万歳。こういう時アナログは強い。

「はい。案内しますね」

 だいたいの場所を言ってくれるだけでいいのに、翔君はわざわざカウンターから出て文房具コーナーに案内してくれる。

 いい子だ。流石将来のリア充候補生だな。

 案内されつつ店内を見ると飲料、お菓子だけでなく米パンの主食から肉や野菜や果物などが売っている。魚は無いが漁師と直接交渉か自力で入手するのかな。

 別の棚には皿茶碗箸お椀からザルまな板包丁スポンジ。その隣には衣料用洗剤食器用洗剤石けんシャンプーが並べられている。生活用品はここで揃えられるのか。

「ここです」

「どれどれ」

 案内された棚を見ると筆墨硯から鉛筆シャープペンボールペン万年筆、A4ノートにスケッチブック、各種一種類づつくらいだが幅広く文房具が揃っていた。

 取り敢えずメモ帳サイズの大学ノートとボールペン、シャープペンと消しゴム、それらを入れる為の筆袋を選ぶ。

「他に何かありますか」

「そうね~」

 ふと店内を見渡すと本当に色々ありそうだ。今後のためにも何があるか確認しておくべきだろうな。

「折角だし店内見て回って良いかしら?」

「どうぞ。僕はカウンターにいますので何かあったら呼んで下さい」

 翔君と反対に店の奥の方に行くと鍬鋤などの農耕具が置いてあった。島で家庭菜園している人が買うのか? その反対側には衣料品コーナーでジャージから下着靴下が売っている。

 そこから更に歩くとプラモまである。見るとガ○プラは無く、知らないパチモンのガ○ダムプラモ、戦車や戦艦、城などラインナップは渋い。その横には将棋盤、囲碁、トランプ、メンコと並べられている。更に横には銀玉鉄砲、水鉄砲、ビー玉とある。

 雑貨屋の名に恥じない品揃えだな。

 都内の洗練された店には無いこの雑多さ、掘り出し物を求めて幾らでも眺めてられそうだが、そろそろ時間も無い。俺は適当なところで切り上げてカウンターに行って会計をする。

「これも追加でお願いね」

 俺はカウンターにプラモ、トランプ、将棋盤を置いた。病室にいるみぞれへの土産だ。トランプとかあれば大華が見舞いに来たときに一緒に遊べるだろう。将棋はまあ興味が有れば俺が相手になってもいい。プラモはまあ一人の時用だ。

 正直女の子が何で遊ぶかなんて俺には全然分からない。

「はい。お子さんでもいるんですか?」

「どうかしらね」

 このくらいの年の子には俺は若いお母さんに見えるのか? まあいても可笑しくは無い年齢だが。

「冗談ですよ。みぞれお姉ちゃんへですか?」

「知ってるの?」

「そりゃ狭い島ですから」

 そりゃそうか。

「なら明日にでも見舞いにでもしてくれないかしら」

 明日ならみぞれの容態も落ち着いて見舞いも許可されるだろう。

「そうですね。明日にでも行きますよ。でも大華さんに怒られるかな」

「そうなの?」

「ええ僕が近付くと警戒するんですよね。心外ですよ」

 友達が取られると思う嫉妬か、可愛いものだな。だがまあその気持ちも分かるか、きっとこの少年はその魅力的な笑顔でみぞれの心の隙間にスッと入って鷲掴みするんだろうな。そして俺では出来ない楽しい会話をするのだろう。

 もし、もしもの話だが俺がみぞれの保護者に成ったら、みぞれに寄ってくる悪い虫、こういう男を追い払う戦いが待っているのか。

 ・・・。

 まあ将来は兎も角、今のみぞれには気分転換が必要だ。

「そう言わず、是非来てね。お願いよ」

「みぞれお姉ちゃんのことを本当に心配しているんですね」

 いつの間にか翔君の手を握り締めて頼む俺に翔君はちょっと引き気味だったが優しく微笑んで答える。

「みぞれお姉ちゃんにそういう人が出来て僕も嬉しいです。

 約束通りお姉さんには割引しますね」

 翔君はウィンクをしつつとびきりの笑顔で言う。

 怖い。この歳でこういうのがこの歳で自然に出来るこの子が怖い。真性の陽キャラに当てられたら真性の陰キャラの俺なんぞ消滅してしまう。そそくさとみぞれを託してしまいそうだ。

「ありがとう。また来るね」

「はい、お待ちしてます」

 俺は将来の敵翔君に見送られ診療所に帰るのであった。


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