第478話 調査その3
島の中心からもう一つの港に向かう。昨日みぞれに案内された西にある新しく作られた港が新酉祕港、東にある古くからある港が酉祕港と言い、島民は新港と旧港と呼ぶらしい。
島の中心から間にある森を抜けると旧港が一望できる。
旧港は新港に比べて古臭く小さいが中型以下の船が使うには利便性が良いのか、もう一方の港には無かった漁船などが停泊しているのが見える。
磯の臭いが強くなっていくのを感じつつ港に向かって緩やかな坂を下りていく。人気は少なく途中何やら網を干している人を見かける程度で浜に辿りつき、そのまま停泊されている漁船に向かって桟橋を歩いて行く。
2隻ほど停泊していて、1隻はダンプ並み、もう1隻はダンプより一回りほど大きかった。
小さい方は兎も角、もう1隻のクラスなら本土まで行くことは可能なのだろうか?
可能だとしてこの大きさの船を素人一人で操船は可能なのだろうか?
船に詳しくないのが悔やまれる。やはり知識は吸収しておくべきだな。
エンジンは車と同じでキーとかいるのか? 無くても直結でどうにかなる?
出来れば今夜にでも忍び込んで色々調査したいところだな。
「そこで何をしている!!!」
いざという時の脱出用として使えないか船を吟味していると怒鳴られた。
声の方を見ると箱を持った漁師らしい中年の男が近付いてくる。
男は短髪に角張った雄々しい顔付き、繁華街で会ったらその道の人と間違いなく思う。その顔の下は胸板が鉄板のように厚く丸太のような腕が生えていて、肌は赤銅色に染まっている。間違っても今の俺が素手で勝てる相手じゃ無い。
この船の持ち主か? 盗む算段をしていたんだ俺から不穏な気配を感じ取ったのか此方を値踏みするように見据えてくる。
「すいません。いい船ですね、つい魅入ってしまいました」
ここは素直に頭を下げつつ褒めておく。
美人に褒められて悪い気はすまいと軽く考えていたが男の態度は硬いままだった。
「ふんっ観光気分か。
お前はみぞれの無実を証明すると啖呵を切ったんじゃ無かったのか?」
暢気に観光気分で油を売っているのが許せないらしい。まあ船を盗む算段をしていたと思われるよりは良いか。
しかしこう言うということは昨日の夜現場にいたのだろうか。気付かなかったな。尤も俺も来た者全員のチェックをしている余裕は無かったからな。
「そうですね。頑張らないと、ではこれで失礼しますね。ほっほほほ」
下手に絡まれると厄介そうだな。俺は愛想笑いを浮かべながらこの場を流して立ち去ろうとした。
「本土に行きたいのか?」
「はい?」
「報酬次第ではお前一人くらい本土に逃がしてやっても良いぜ」
「お断りします。
みぞれの無実を証明してフェリーで堂々と帰ります」
思わぬ申し出、この男は何を考えているかは窺い知れないが俺は即答していた。
あくまで脱出の算段は青写真が失敗したときの為の保険でしかない。そもそも俺一人が助かるためだったらこんな苦労をしていない。事件に関わらないで神狩に甘えていれば本土までは無事帰して貰っていただろう。
「いい啖呵だ」
男はニカッと獰猛に笑った。
好印象? 俺はもしかして試された? ここで一人で逃げるを選択していたら終わっていたかも知れない。
「だがお前は失敗する。そしてこの島に囚われる」
男は俺を指差してズシッと胸に沈む重い言葉を放った。
「随分な言い草ですね」
男の雰囲気から嫌がらせで言っているわけでは無いようだが頭には来る。
「この島でお前に協力する者はいない、寧ろ邪魔をするだろう。
お前一人で捜査して犯人を割り出せると、いや島の者を納得させることなど出来ると思っているのか」
推理だけを重ねた状況証拠では無く、決定的な物的証拠か自白でも無ければ無理ということだろうが、そんなことは最初から分かっている。
「言わせて貰おう。神狩の野郎がみぞれを犯人にして本土に送るというのはみぞれを守る為でもあった。あのままだったらみぞれはリンチに遭っていたかもな」
「・・・」
島主の息子を島の希望だった青年を破滅させた意趣返しか。
「だがお前が余計なことをして台無しにした。
分かっているのか犯人捜しに失敗したらお前もただでは本土に帰れないぞ」
「・・・」
島民の意向に歯向かったからと言いたいのだろうが、そうならないだろう。
「そんな無法が通るとでも、先生は一応外から来た人でしょ」
「今は神狩の方が立場が上になっているがお前の味方をしたことで微妙になった。お前が失敗したら島主の一族が力を取り戻すだろう。
そうなったら法がまかり通ると思うな」
まあ法なんてみんなが守ると決めたから効力があるので、ここにいる者全員が日本国の法より島の法に従うと決めれば島の法の方が上になる。
そうなったら俺は島の繁栄の為に孕み袋にでもされるのか。
そう言えば元男の俺でも産めるのだろうか?
「だからみぞれを見捨てて尻尾を巻いて逃げろと」
この男の言うことは今まで入手した情報と照らし合わせても筋が通っている。だからなんだ。俺にみぞれを見捨てる選択肢は無い。
「お前にみぞれの面倒を見る覚悟と甲斐性があるならみぞれと一緒に逃がしてやる」
「・・・」
その発想はなかった。そこまで考えていなかった。俺はあくまでこの危機からみぞれを救うことしか考えていない。無意識に合理的に助けれた恩と釣り合う程度の恩返しを設定していたのかも知れない。
だがみぞれを救うとはそういう事なのか?
「ふっみぞれのことは心配するな。みぞれ一人くらいなら俺が守ってやれる。
自分の心配をしろ」
俺の浅はかさを見透かしただろうに俺を糾弾するどころか、俺に逃げろと言ってくれる。
もしかしてこの男こんな顔していい人なのか?
いやいや今までの人生いい人が俺に寄ってきたことなんか滅多に無い。
「見ての通りお金無いですよ」
この男の狙いは何だ?
俺に金が無いのは明白、なら体が目当てか? 本土に連れて行ってやるとホイホイ船に乗ったが最後逃げ場の無い船上で襲われたら手籠めになるしか無い。
それとも鬱陶しい余所者に消えて欲しいだけか? 俺の体に興味が無いならそれこそ海に捨てられるかもしれない。
「本土に戻ればあるだろ。借金をしてもいい。ここで虜囚になるよりキャバクラで稼いだ方がマシだろ」
そう言って笑った顔は意外と屈託が無い。報酬を要求するのは方便?
「ありがたい申し出ですけど、捜査が始まったばかりで失敗すると決めつけられるのはいい気分がしませんね」
「時間が経つほど脱出は難しくなるぞ」
暗に捜査が行き詰まれば逃がさないために島民の監視が厳しくなると言っている。
「する必要が無いかも知れませんよ」
「気が強いな。まあいい気が向いたら来い。
俺は一乃葉 鉄平。大抵ここか町外れの自宅にいる。家の場所は雑貨屋にでも聞けば分かるだろう」
「優しいのね。
ついでに甘えて良いかしら」
「なんだ?」
「海に詳しいようですが、ここ最近不審な船を見てませんか?」
「ふんっなるほどな。
俺は漁で海に出るが、ここ二~三日で不審な船を見てないし、不審な船がこの島に来た形跡も無いな」
外部からの侵入者説はこれで厳しくなるかな。
「島の反対側にも?」
島の民家が集まっている中心と山を挟んだ反対側はほとんど手付かずの自然が広がっている。
「流石にそれは分からないな」
嘘を言っているように見えない自然な感じだ。
ならば島の反対側からの上陸した者による犯行説は、無理すれば成り立つことは成り立つのか。尤もわざわざ島の反対側から上陸してまでみぞれを陥れたいストーリーは思いつかないけどな。
現状ではみぞれに恨みを持っている島民の犯行説が一番素直で納得しやすい。
「それともう一つ。本土と連絡を取る手段はあります?」
最悪公安と連絡が取れれば警察を無理矢理介入させることが出来る。
「無いな。NETも衛星電話も無い。まあ神狩の所ならあるかもしれないが」
「そうですか。ありがとうございます」
俺は素直に頭を下げて礼を言った。
「俺からも質問だ」
「なんですか?」
「なぜみぞれを助ける? お前にどんなメリットがある」
「助けられた恩じゃ駄目かしら」
尤もな質問に俺は尤もな答えを言う。
借りは返す。これが俺のルール。
「シンプルでいいかもな。
分かった。連絡が無いことを祈っているよ」
「では失礼します」
これ以上ここにいても新しい情報はないだろう。俺はこの場から去って行く。
さてこれがノックスの十戒に忠実な推理小説なら犯人はもう登場していないとな。
犯人はどうする?
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