第477話 魔性
喫茶店は南国風で海をイメージしたパステルカラーで統一され、天井からはイルカのモビールが吊されている。静かなイメージで商談とか相談をしたりする喫茶店とは違う、如何にも南国に来た観光客目当ての明るい感じの店だった。。
一番奥の席に陣取りこれから店のイメージを塗り潰す暗い陰湿な話をするのは場違いな気もするが、幸い時間がずれているからか閑散としていて客は俺達のみだった。
「俺は魯蓮って言うんだよろしくな、美人さん」
魯蓮はマスターと顔見知りなのか店に入ったところで手慣れた様子で珈琲とシーフードドリアを二つづつ注文してしまった。おかげで俺はこの店のメニューを見てすらいない。
「その魯蓮さんはお仕事は何をしていらっしゃるのですか?」
昼間から働かずにぷらぷらしている地元民らしい魯蓮に俺は気になったので尋ねる。
「おいおいお見合いじゃ無いんだぜ」
「そうですか。なら朽草さんとあの老婆に何があったのか教えてください」
魯蓮は言いたくないのか話を逸らそうとし、俺もそこまで知りたいわけではないので追求はしない、ならばと望み通りさっさと本題に入らせて貰う。
「ちなみに今はフリーだぜ」
「ちなみに私は時間を無駄に出来ないんですよ」
オッサンのナンパに付き合う暇は無いとばかりに俺は早々に腰を浮かせようとした。
「わっわまったまった話すよ、話す。美人さんなのに気が短いな~」
この様子じゃ話は期待出来ないかも知れないが、折角だこの口の軽そうな所を利用させて貰うか。
「時間が無いんですよ。
話は聞いていると思いますけど、私は今朝一番で犯行現場であるログハウスを調べました。その結果朽草さんに冤罪を被せようとする第三者がいた証拠を掴んだんです」
「ほう」
俺は誰でも知っている周知の事実のように軽く話し、魯蓮が平静を装いながらも食い付いたのを感じた。
いいぞいいぞ、もっと食い付け。そしてその軽い口で酒場でも位炉端でも話をばらまけ。
「分かりますか、一刻も早く証拠から犯人を割り出して朽草さんの冤罪を晴らさないといけないんです。
貴方と遊んでいる暇は無いんです」
「そうかよ。
分かった、約束通り話そう」
魯蓮は自分が軽んじられたことに少しムッとしたようだが席を立たずに話をしてくれるようだ。
「お願いします」
「あの老婆は古くから続くこの島の領主の一族だ」
「この島の支配者ですか」
都会じゃ感じないが地方によっては、その地方の古くからの権力者は本当に封建時代さながらの法を超越した大名でいることがある。法なんて誰も守る気が無くなれば、達成出来ない売り上げノルマと変わらなくなる。そりゃもうやりたい放題できる。
「世が世ならな。
そして息子が一人居た。息子さんはやる気に溢れていた青年でな。本土の大学を出て暫く働いた後に戻ってきてな。バブルからこっち寂れる一方のこの島を盛り立てようと色々頑張ったらしい。
その一環として都会で出来たコネを使ってこの島に学園を誘致したんだ」
「へえ~」
築年数が浅いと思っていたが本当に最近建てたようだな。それにしてもこんな辺境の島に何を思って新規の学園なんか作る気になったんだ? それを嗅ぎ付け学園を誘致できるなんて権力に胡座を搔いた領主一族で無く息子さんはそれなりに優秀な人だったんだな。
そこいら辺の事情を知れれば重厚なストーリーが描けるかも知れないな。その息子さんに会えるなら会ってみたいな。
「最初は喜んでいたよこれで島に活気が戻るって。だがそこで誤算が起きた」
いよいよ話の核心か。
「暫くして学園に一人の少女が転校してきた」
みぞれのことか。
「好青年だったんだが、一目惚れか何が切っ掛けかコロッといっちまってな。都会なら刺激に溢れているから気も紛れるだろうが、こんな狭い島で交流も限られるとなるとな。抑えが効かなくなるのもそう掛からなかった」
「手を出したのか?」
魯蓮が何の遠慮をしているのか意味ありげに言葉を切ったので俺が先を進めてやる。
「幸い未遂に終わったけどな」
大学を出て社会人をやっていたんだからアラサーくらいか。それが小中学生くらいの娘に懸想したとなれば、まあ問題だな。
「島の希望たる領主様を誰が止めたんだ?」
みぞれが地下牢に監禁もされて手籠めにされず、事件が闇にも葬られていない以上、息子さんはそれほど権力を握ってなかったのか、息子さんに匹敵する権力者がいたのか。
「たまたま通りかかった先生だ」
なるほど先生は領主一族と渡り合える権力を持っているのか。伊達に司法と医療を握ってないな。しかし本当にたまたまだったのか疑問が残るな。
「その後、先生を交えて話し合いをした結果警察沙汰にはしない代わりに、息子さんは島を出て行くことになった。
その後は都会で問題を起こさず真面目に働いているって聞いたぜ。本当に一時の気の迷いだったんだな」
こうして悪い古い権力者達は一掃されましたとさ。めでたしめでたし。
そりゃ~逆恨みでもあの婆さんがみぞれを魔性の女扱いして恨むのは理解出来る。そして田舎者特有の偏見でなかった以上、恨みを解くのはほぼ不可能だと分かった。
「それ以来余所者達の方が完全に立場が上になっちまったな」
地元民として新参者のがデカイ顔するのが面白くないのは分かる。
そうなるとみぞれは領主一族だけで無く地元民からも恨みを買ったようだな。容疑者は島の地元民全員となったな。
更に新事実として先生は新参者、そして学園の設立に深く関わっていると見た。
機会があれば追求したいところだな。
「なあ、あの現場に第三者がいた証拠って何だ?」
俺が黙考していると魯蓮が尋ねてきた。撒き餌に予想以上の食いつきを見せてくる。
事件の進み具合に探りを入れてどうするつもりだ?
「気になるの?」
「まあな。今後の島に関わる」
ここでみぞれが不祥事を起こして追放となれば、当然神狩の責任問題となり地元民復権の足掛かりになるか。
「残念だけど今は教えられないわ。全てが分かったとき披露してあげるから楽しみにしていてね」
俺はそれはもう悪女のようにもったいぶって焦らす。
こうやって注目を集めていき、否が応でも事件の主導権を握る。
「おいおい、名探偵を気取るつもりか。悪いことは言わないさっさと情報を共有した方がいいぞ」
「そんなことしたら朽草さんに恨みを持っている人達に消されてしまうでしょ」
俺は魯蓮をお前もそうだろと言わんばかりに見ながら告げる。
「信用無いな~って言っても会ったばかりじゃしょうが無い。信頼はこれから積みあげるしかないか」
「そうね私の尻は結構重いわよ」
「俺は結構役に立つ男だと思うぜ」
「そこは今後に期待ね」
話が一区切り突いたところでマスターがコーヒーとドリアを持ってきた。
タイミングを見計らっていた? だとしたら田舎のマスターと思っていたが中々出来る。
「良い匂いね。頂きます」
結論としてドリアは結構美味しかった。そして魯蓮はチャラい見掛通り女を楽しませる会話テクニックは大したもので、食事中面白可笑しく島の情報を教えてくれた。多分幾ら俺が歩いて回っても聞けなかった情報だ。
宣言通り、口は軽そうだが役には立ちそうな男だ。
「約束通り情報料としてここの支払いは持つわ」
情報の対価としては安いものだ。俺は今度こそ駆け引きでも何でも無く席を立った。
「せっかちだな」
「言ったでしょ。時間が無いのよ」
出ていく俺に魯蓮も勝手に付いてきて、二人は喫茶店を出た。
「なあなあ次は何処に行く気だい。俺が護衛を兼ねて案内してやるぜ」
却って危ない気もするし、今は監視されずに自由に動き回りたい。でも今後を考えるとあまり無碍に断りたくも無いなと、いい口実を考えていると声が掛かった。
「お父さんこんな所にいた」
声を方を見ると先程雑貨屋で店番をしていた男の子だ。
お父さん? 子持ちだったのか。
「げっ」
「げっ、じゃないよ。お父さんがサボるから僕も学校サボる嵌めになっちゃったじゃ無いか」
「お父さんはお前には学校なんか収まるようなつまらない男になって欲しくなくてな」
「だったら僕が遊びに行けるようにお父さんが働いてよ」
「うげっ」
魯蓮は逃げようとしたので俺はいち早く衿を掴んだ。
「ありがとうございます。貴方が昨日漂流してきた方ですね。
僕は魯蓮 翔と言います」
ちゃんと頭を下げる。 魯蓮に似つかわしくなく礼儀正しい子だ。
「私は夢乃 胡蝶、よろしくね」
「はい。今度是非お店に来て下さい。お父さんを捕まえてくれたお礼に割引しますね」
ショタコンなら一発で落ちそうな笑顔と。このナチュラルな手管。やっぱ魯蓮に似てるな。末恐ろしい。
「ありがとう」
魯蓮は翔に連行されていき、俺はまだ見ていない港に向かうのであった。
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