第476話 調査その2

 朝食後、病室のドアを静かに開けて中を覗いたらみぞれは穏やかな顔で寝ていた。起こさないようにそっとドアを閉めると俺は再び工作に出掛けた。

 みぞれや立日沢が通っていたという学校にはいずれ行くが最初から神狩を敵に回す必要は無い、まずは初日案内されなかった島の中心に行ってみることにした。

 診療所から続く坂道を降りて森を抜けると視界が開け、眼下に島の中央の僅かな平地に集まっている箱庭のような町が見えた。

 警察の組織力が動員できれば半日で全世帯のアリバイが洗えてしまいそうである。そうすれば一日いや二日で完璧な事件の画が描けるんだが仕方ない。地道に足で稼ごう。

 森を抜けて、そのまま道を歩いて行くと3階建で横に翼を広げたように広がる鉄筋コンクリートの建物に辿り着く。塀に囲まれ門には酉祕島下宿寮とあった。みぞれも普段はここで寝起きしているのだろう。

 建物が左右に分かれているのは男子と女子を分けるためだろうか。見た感じ築年数はそんなに深くない。最近建てられたようだな。バブルが弾け人口減少で観光客が減る一方だろうに、こんな辺境の島にどんな目算があって建てたんだろうな。

 塀はあるが特に門とかが閉められているわけでは無いようなので、寮の敷地内には自由に入れそうである。

 入ってみても良いが寮からは人の気配がしない。時間的に寮生は学校に行っているのでいても管理人くらいだろう。話を聞いてみるのもいいかもしれないが、今の手持ちのカードでは表面的なことしか聞けないだろう。今は先に町の様子を見ることにしよう。

 寮からは町へと続く道の他にもう一本山の方に道が延びている。確かこの先に小中高一貫の学校があると神狩は言っていたな。

 当然今はその道は選ばない。そのまま真っ直ぐ町に向かっていく。

 寮を通り過ぎると、暫くは都会と違いまだらに民家が点在している道が続き、そのまま進んでいくと建物の密集度が上がっていき、まず「酉祕島食堂」と看板が掲げられたそれなりに大きい2階建ての食堂に辿り着いた。普段は島の人間が利用しているのだろう。

 やっぱ海産物がうまいのだろうか。金はあるし昼にでも寄ってみてもいいかもしれない。

 その隣には「夕日雑貨店」というちょっとしたスーパー並みの大きさの雑貨屋があった。歩きながら見た感じ食料品から服や雑貨、ゲームや本など趣向品と雑貨屋の名の通り何でも売っているようだった。

 ガラス越しに見える店の中では小~中学生くらいの男の子が商品の陳列とかしていた。学校はどうしたんだろうと思うが、俺は教師では・・・臨時の教師だったが今は気にしないでおこう。

 そこから少し歩くと喫茶店と酒場がある。探偵物語では酒場で地元の者と仲良くなって情報収集が定番だが、俺はあの雰囲気が苦手で浮くなら兎も角溶け込むのは至難の業だ。

 いや今は美人、座っているだけで男が勝手に寄ってきてくれるだろうが、それを上手くあしらう手管は無いか。

 そこを過ぎるとまだ建物はまだらになっていく。あそこが島一番の繁華街だったようだが殆ど人に出くわさなかったな。道の掃除をしている老人を見たくらいだ。

 男達は港にいるのか? このままだとあっという間に一通り見れそうだし、時間が余るだろうから前回見れなかったもう一つの港に行ってみるか、そう思ったときだった。

「あんたが島に流れ着いたという女か」

 老婆にいきなり話し掛けられた。

「はい。危ういところを朽草さんに助けられました」

 びっびくりした。驚かすなよと言いたいが、ここは好感度を上げるためにも笑顔で対応しつつ、さり気なくみぞれの株も上げておく。

「ふんっあの魔性か、聞けば昨日また独り誘惑したそうじゃ無いか」

 あんないい娘を捕まえて酷い言い様だな。反論の一つもしてやりたいが、なぜみぞれがこの島で嫌われているか理由を聞き出すチャンスかも知れない。

「何でそんなに朽草さんを嫌悪するのですか?」

「嫌って何が悪い。魔性の娘だぞっ」

 老婆は唾を礫のように飛ばしながら言う。

「何かあったんですか?」

 ここまで言うからにはただの偏見で無く確たる何かがあったと思われる。

「あっただと、私の息子はあの魔性の所為で・・・」

 老婆は突然口を紡いだ。

「余所者に言うことじゃなかったな。

 お前も余計なことをしないで、あの魔性を連れてさっさと島から出ていけ。そうすればこの島の平和になる」

「ちょっと待ってください」

 老婆それ以上は呼び掛けても反応することてくてく無く去って行く。これ以上この場で話を聞きたければ捕まえて拷問でもしなければ駄目だろう。当然駄目だが。

「何何だ一体」

 思わせぶりなことを言うだけ言って去りやがった。気になるだろ。

 のどかな島かと思えば閉鎖的な因習蔓延る横溝ワールドの島かよ。

「そう怒らないでやってくれよ、美人さん」

 また声を掛けられた。遭遇率が低いが話し掛けられる率は高いな。

 今度は顎髭を伸ばしたチャラそうな中年だった。麦わら帽子にサングラス、アロハシャツにビーチサンダル、南の島として普通の格好なんだがどうにも胡散臭さが漂う。こんな男昨日の夜にログハウスに着た地元連中の中にいたかな?

「何があったか知りたいか?」

「まあ」

「だったら飯でも奢ってくれよ」

「随分安いんですね。

 昼飯程度で島の住人の秘密をしゃべるというのですか?」

 向こうから親切に話し掛けてくる奴は、ほぼ悪意を秘めている。都会なら壺か画か投資マンションか、これが俺の人生訓。

「別に秘密って言ったところで人の口に戸は立てられない。少し調べれば分かる事だぜ。だったら美人とお近付きになるのに利用させて貰うだけさ」

 その少し調べるのが今の俺には凄く大変なんだがな。

「なるほど。でもその理屈なら貴方が奢ってくれるんじゃ無いのかしら?」

「おいおい、秘密も聞いて飯も奢らせる気か。随分と自分を高く売るじゃ無いか」

 男は肩を竦めてるが、それが洋画の俳優のように様になっている。

「あらお安い情報なんでしょ」

「そりゃそうだが」

「まあいいわ。私も一方的に借りは作りたくないしね」

「うひょ~美人さんは気っぷがいいね。これを機会に美人さんとは懇意にしていきたいね~」

 本当に嬉しそうな顔。ただの女好き。純粋に俺の体が目当てか?

 まあどんな罠を仕掛けてくるか分からない、ゆめゆめ油断しないように気を引き締めよう。

「じゃあ喫茶店にでも行きます?」

 丁度来る途中にあったことだし。食堂で秘密の話というのも締まらない。

「ああ、食堂よりはいいや」

 こうして俺は女に成って初めて男と二人で食事をすることになったのであった。

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