第475話 調査その1
草木が朝露に輝く爽やかな風が吹く中凄惨な事件現場に来た。
森を抜け視界広がる草原に建つログハウスへ到る地面は大勢の男達に踏み荒らされどれが誰の足跡だか分かりはしない。これは予想通りで落胆は無い。
続いてログハウスの外周りをぐるっと一周する。
勝手口とかシャッターとかテラス部とか第三者がこっそり侵入したか逃げ出した形跡が無いか調べるが、草も踏み潰された跡は無いし土が剥き出しの所に足跡が付いていたりしない。出入り口もしっかり施錠され中に入ることは出来なかった。
現状では立日沢がみぞれをいたぶっている最中に立日沢に恨みを持つ第三者がこっそり勝手口等から侵入し背後から立日沢を襲い掛かって殺したというストーリーは弱いことになる。
第三者はログハウスの喫茶部の正面入口から堂々と侵入した。それなら幾らお楽しみの最中でも立日沢が気付くと思うが、気付かないほど夢中だったのか? それより第三者は立日沢の共犯者というストーリーの方が破綻が少ない? だとすればどうして仲間割れをしたのかが動機付けが大事だな。
外での調査はここまでにして、いよいよ本命のログハウスの中に入る。いいストーリーを思いつくインスピレーションが得られることを期待しよう。
俺が押し止めた甲斐はあって外ほどは踏み荒らされていない。床にはうっすらと埃が降り積もっているので、素人の俺でも誰かが歩いた形跡が分かるかもしれない。
犯行現場である喫茶部を見渡す。
天窓からは陽光が入り込み灯りを付けなくても明るく、バブルが弾けず観光客が計画通り増えていたら今頃ここも賑わっていたのかもしれないが、丸太の机などは脇に寄せられている強者共が夢の跡、寂寥感が漂う。
空いた部屋の中央にはマットが敷かれ、この上でみぞれで楽しむつもりだったと思われるが、楽しむ前になんでいきなり逆磔をしようなんて発想になったのかが謎だな。
だがこの謎こそ読者を引きつけるエッセンス。どう料理するかが腕の見せ所だな。
立日沢は実は悪魔崇拝者でみぞれを犯すためで無く悪魔に捧げる為に攫った。
ふむ、見出しとしては掴みはいいかもしれない。出来れば説得力のあるガジェットが見つかると深みが出るな。
調べるとマットを引き摺った跡が残っていて辿ると喫茶部のフロアから出るドアに行き着く。ドアを開けると廊下になっていて更に跡を追跡すると物置のような部屋に辿り着いた。外に出るシャッターも見える。
部屋の中は埃っぽく棚にはログハウスの補修用の工具やチャッカマン、パラソル、バッテリー、乾電池などが残されていた。処分しなかったのは一時的に閉めるだけでいつか再開するつもりだったのか夜逃げ同然だったのか。
ここに悪魔崇拝っぽいガジェットが残っていれば話は早いが当然そうは上手くいかない。取り敢えずマットはここから運び出したことが分かっただけだった。
ここはこのくらいでいいか。
廊下に戻って厨房に行ってみる。
シンクには埃が溜まり最近使った形跡は無いようだ。埃が付着して汚く触りたくないガスコンロもあった。取り敢えずガスコンロも最近使った形跡は無いがガスホースは繋がれたままで外のガス容器にガスが残っていたら今でも使えそうだな。
そしていよいよ期待の物件、大型冷蔵庫の前に立つ。
ホラーの定番ではこの中にバラバラにされた女性の各パーツが瓶に入って保管されていたりする。まあそこまでは行かなくても色々とストーリーが膨らむ何かが入っていることを期待してドアを開けたが、中は空っぽで臭い匂いがするだけだった。
色々ありそうな物置キッチンと立て続けて空振り、その他の部屋も簡易ベットや目覚まし時計、TVなどが残っているだけで最近使われた形跡は無く、目を引くものも無かった。
まあだがこんなものだろ。
悪魔崇拝者のアジトということも不良の溜まり場でも金の無いカップルの逢い引き部屋でも無い、ただ廃棄されていたログハウスであった。
何か犯人がマヌケで決定的な証拠が残っているということも無く、鑑識のプロを集めて調べさせれば何か出てくるかもしれないが俺のような素人がちょっと見ただけで何かを見付けられるわけが無い。時間を掛ければ出来るかもしれないが、その時間もあまり無い。
猶与は五日間。
まだ五日もある捜査の一日目の朝とみるか、もう捜査できる時間は五日しか無いかとみるか。当然今までの生き方的に俺は後者と思うが、こんな俺でも策は行うならまだ五日あると思える。
まだ早いか遅いか。
いつもの魔の事件と違いに金で助っ人を依頼することも警察組織のバックアップも無い本当に一人だ。そしていつもと違い絶対にしくじれない。
俺はプランNを進める覚悟を決めた。
一通りの仕事が終わり俺は仕込みのため診療所に帰ることにした。
「おはよう」
「おはようございます。徹夜ですか?」
診療所に戻ると更に気怠そうな顔をした神狩に会ったので爽やかな笑顔で挨拶を返す。
元の俺なら効果はほぼ無いが美人がすれば好感度アップとなる。
「ああ。これから朝食を摂る。君も食べなさい」
「あら反抗したから放り出されるかと思ってましたわ」
真っ向から反抗した俺の面倒をまだ見てくれるとは見かけによらず面倒見が良いのか女好きなのか、俺が男だったとしても同じ態度を取ったかな?
まあその仮定は無意味だな。男のままだったらまず第一に砂浜で倒れたまま放置されていただろう。みぞれですら不審者だと思って逃げ去っていただろう。
そういう意味でも美人に裏返ってラッキーだったのかな?
「そこまで私は狭量じゃないつつもりだよ」
「それは御免なさい。ならついでにお金も貸して貰えないでしょうか?」
俺は上目遣いで可愛くおねだりしてみる。
正直この歳で無一文で外を出歩くのは心許ない。お金は大事だ。
「それは金額次第だな」
神狩は笑って返すのであった。
神狩に連れられて診療所の食堂に行く、そういえば何気にここの食堂を利用するのは初めてだな。
教室のような部屋でキッチンが併設されていたりしない。部屋には長机が並べられ、淺香が食事を並べていた。白米に魚の焼き物とお新香と侘しい俺としては垂涎の品。神狩は毎日こんな料理を作って貰っているか羨ましい限りだ。心に余裕も生まれるだろう。
三人で同じテーブルに着く。
「朝早くから現場に行ったようだが成果はあったかね?」
食事が終わりに近づいたところで神狩が尋ねてくる。
「はい。あそこには確かに第三者がいた形跡がありました」
俺は力強く断言する、美人なので説得力も三割増しのはず。
「本当か?」
「はい、まだ誰かまでは断定できないですけどね」
「どんな証拠だ?」
「あら先生は推理小説はあまり読まないようですね」
「どういう意味だ?」
「名探偵は犯人に確信が持てるまで沈黙し、最後関係者を集めて初めて推理を披露するのが定番ですわよ」
「悪いが遊びに付き合っている暇は無い。これはエンタメでは無いんだ。情報は早期に共有すべきだ」
上司仲間へのホウレンソウは大事。名探偵が出し惜しみしたことで次の犠牲者が生まれるのは定番。だがそれは名声と手柄を独り占めしたい名探偵としては当然のことなんだよな。
「それは仲間ならでしょ。私先生をまだ信用していません。
私は絶対的にみぞれちゃんの味方です」
「私はそれが許される立場に無いことは理解してほしいものだがね」
「あら先生は、島主のようなこともしているのかしら?」
「公正にはするつもりだ。それが検討に値する証拠なら無視はしない」
否定はしないか。薄々感じていたがこの島のTOPは此奴なんだな。
「分かりました。でもやっぱりもう少し確度を上げる意味でも情報を集めたいですわ。
堂々と推理を披露して外れたらお終いですもの。
チャンスは一度切りでしょ」
この島での俺は余所者であり反逆者、一度信用を失ったら時間が無いこともあって回復することは不可能だろう。
「何が知りたい?」
「犯人を特定しようにも私はこの島の人をほとんど知らないです。ですからまずは立日沢が通っていた学校を見せて貰えないでしょうか?」
まずは被害者の人間関係から調べるのは捜査の基本だから筋が通る要求だ。
「駄目だな」
ストーリーを練る上で立日沢に恨みを持っていた同級生、子分、反発する正義マン、そういった情報が欲しいのに今まで甘かった神狩がきっぱりと拒絶した。
今まで俺に何かと甘かった神狩のこの態度何かまずいことでもあるのか?
「協力するのでは?」
「刺激が強すぎる。君には出来れば子供達には接触して欲しくない」
「それじゃ犯人は捜せませんわ」
「元々君に無理に探して貰う必要の無い案件だ」
それを言われると俺も弱いがここで簡単に引くわけには行かない。
「みぞれちゃんに罪を着せて臭い物に蓋をする気ですか?」
俺は神狩の一番弱いところを突いた。これで何かしらの妥協を引き出したい。
「兎に角子供達は駄目だ」
俺の視線を避けるようにして神狩は言う。
みぞれに対して後ろめたいとは思っているようだが、それでも譲れないというのか。
可愛がっているみぞれを生け贄にしてまで何を隠す。
「なら自力で頑張るしか無いようね」
「言ったはずだ。君は子供達に悪影響を与えそうだ。勝手に接触しようとするなら私の権限で君を拘束する」
こんな孤島の島主に逆らったら地下牢にでも一生幽閉されて慰み者にされるのが怪奇小説の定番だな。
「怖い怖い。
先生意外と子供好きなのね。それじゃあまずは島の大人達から当たってみますわ。そっちは禁止しませんよね」
「許可しよう」
こっちはあっさりしたものだ。もしかして大人の中に犯人がいることを願っているのかも知れない。
「ありがとうございます。
それでいよいよ本命ですが立日沢の検死結果を教えて貰えないかしら?」
ストーリーにリアリティを持たせるためにも死因は知っておく必要がある。
「今まとめている。昼までには終わるだろうから午後に来なさい」
「先生も探偵みたいですね」
「私もミスはしたくない質でね」
まあ神経質そうだからちゃんと整合性が取れているか確認してからで無いと人に見せられないのだろう。
「分かりました。
それともう一つ」
「何かね」
「お金貸して」
「・・・・」
渋面となった神狩だったが、食後10万貸してくれた。
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