第474話 たった一人の味方

 みぞれは今ベットの上で健やかな寝息をしている。

 みぞれの可愛い寝顔を見ていると、心の底から嬉しく何かこう胸がじーーんと熱くなるのを感じる。もしかしてこれが母性というものなのか?

 裏返った影響なのかどうも俺は感情的になっている。

 先程だってそうだ。本来ならこんな何の後ろ盾が無い状態で目立つ行動は避けて、事件に関しては島の有力者らしい神狩に任せて関わらないのが一番合理的だったはず。下手すれば本当にあの場でリンチに遭っていた。本土に送るというなら願ったりじゃ無いか。本土なら俺だって多少のコネはある。幾らでも挽回できる。あそこで素人探偵を買って出る危険を冒す必要は無かった。

 なのにみぞれが目覚めたときに味方は誰もいない孤立した状態に陥ったときの絶望を思ったら動いていた。後で名誉は回復できても確実に心は壊れるか傷跡が刻まれる。俺みたいに心が壊れるのを黙って見過ごせなかった。

 まあ後悔しても何も始まらない。ここからは合理的に巻き返していこう。

 みぞれの治療は医者のような事をしているという神狩が行った。医者のようななどと言っているがその手際は本職に劣らないほどであった。

 その神狩の見解に寄れば、みぞれに性的暴行をされた形跡は無し。手足の貫かれた傷も後遺症は無く、傷跡も完全には消えないが成長すれば気にならなくなるくらい薄れるとのことだ。

 裸で逆磔にする。そこまでのことをやっておいて性的暴行は無しというのが少し引っ掛かるが、今は無事を喜ぼう。

 後は冤罪を晴らすだけ、それで人生少しマイナスくらいの再スタートが出来る。

 だが現実問題出来るのだろうか? あの場は野卑な男共にみぞれを触らせたくなかったので、碌な現場検証もしないでみぞれを自分でここまで運んできた。

 時間が経つほどに痕跡は薄れていってしまう。だが仮に俺があの場で詳しく調べたところでプロの鑑識に匹敵するはずも無い。余程分かり易い痕跡でも残ってない限り俺には何も分からないだろう。あまり期待は出来ない。

 そして島民はなぜかみぞれを嫌っていた、いや恐れているように感じた。そうでなければあの場で擁護する声が上がっていたはず。なのに俺が明確にみぞれの味方を宣言したことで島民は俺を敬遠するだろう。

 この状況でたった五日で真犯人を捜し出すことは出来るのか? しかもいつもと違ってごり押しできる国家権力の後ろ盾も無い。

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 目的を取り違えるな。

 俺の目的はみぞれを守ること。真犯人捜しじゃ無い。それさえ見失うことがなければ手はある。

 よし道は見えてきた。

 一つずつ片付けていこう。

 まず第一に島民はなぜみぞれを恐れているんだ?

 みぞれは可愛い良い娘じゃ無いか。もしかして親に原因があるのか?

「そう言えばみぞれちゃんの両親はどうしたのですか?」

 これだけの騒ぎになっているというのにみぞれの両親が未だ出てこないことに気付いた俺は治療後に様子見で残っていた神狩に尋ねた。

「みぞれちゃんの両親はこの島にはいない」

 神狩は淡々と答えた。

 やはりそうか。何となく驚きより納得してしまった。

 そもそも帰宅しないみぞれを心配して診療所に来たのは大華だった。

「一人でこの島に住んでいるのか?」

「町にある寮に入っている。学校もそこから通っている」

 海外留学ならまだしも、こんな辺境の島にまだ年端のいかない娘が一人移住してくるなんてよほどの理由があるんだろう。

「みぞれちゃんが一人でこの島で暮らすことになった理由は?」

「悪いが私は立日沢の検死もしなくては成らない。失礼する」

 はぐらかされた。だがプライベートなことだけに簡単には教えて貰えるとは思ってなかっただけに落胆は無い。

 今はまだ事件に直接関係あるか分からない、知らなくていいことだったら他人から聞き出すことじゃない。まあどうしても必要なら手段を選ばず聞き出すがな。

 俺は物の序でのように去ろうとする神狩に尋ねる。

「もしかして立日沢も一人寮暮らしか?」

「そうだ」

 神狩はどうせ分かることだろうと思ったのかあっさりと答える。

「そうかありがとう。

 検死結果は教えて貰えるのか?」

「勿論だよ。正義の女探偵さん」

 神狩は今度こそ振り返ること病室から出て行く。

 ただの田舎の島じゃ無い何かある。これはこれから色々と忙しくなりそうで、今すぐにも動いた方が良さそうではある。

 だが今は目覚めたときに一人じゃないということを教えて上げるためにも、みぞれの傍にいてやりたい。


 朝の日差しが窓から差し込んでくる。

 その日差しに頬を擽られめぞれはゆっくりと瞼を開いていき、瞳にはベットの横で一睡もせずにみぞれを優しい顔で見守っていた青年が映る。

 それだけでみぞれは嬉しさで全身が歓喜するのを感じ、私には味方がいると心に刻まれつつ覚醒していく。

「あはようございます」

「おはよう、みぞれちゃん」

 顔を見ただけで嬉しくなる。恋なのか家族愛なのか幼いみぞれにはまだ分からないけど今は一緒にいたいとだけ思う。

「良い夢は見れた」

 夢乃はみぞれの頭を優しく撫でながら尋ねる。

「わっ私昨日・・・」

 みぞれは昨日あったことを伝えようとした。心が壊れそうになるほどの恐怖だったはずだがこの人がいれば何でも無いように思える。

「悪い夢を見たようね。

 でももう大丈夫、もう悪い夢は見ないわ」

 みぞれは自分を気遣ってくれるのが嬉しくて泣きそうになる。

「今は体を治すことに専念しなさい。大丈夫、私が全て片付けてあげる。

 それとも私が信じられない」

「そっそんなこと」

 世界で一番信じている人と告げようとしてみぞれには口を噤んでしまう。言えば重荷になることが分かっている。引っ込み思案もあるが甘えるのが下手なみぞれは簡単には言葉に出来ない。

「よし。じゃあ私はもう行くね」

「はい、行ってらっしゃい」

 みぞれは去って行く青年の背中に頼もしさを感じつつ見送るのであった。


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