第473話 魔女裁判

「行くぞ」

「いいわよ」

 神狩が最後の釘を引き抜き、ドサッと暖かい重さが腕に感じる。

「もう大丈夫だからね」

 俺の胸に抱かれるみぞれに胸が熱くなる。

「うっうううん」

 みぞれが少し苦しそうに顔を歪める。

 いけない。嬉しさに思わず腕に力が籠もってしまったようだ。

 みぞれの状態を見ると、呼吸も落ち着きむくんでいた顔色も戻りつつある。どちらかというと釘に貫かれた手足の怪我の方が問題だな。こんな不衛生な場所だ化膿するかもしれない。直ぐにでも診療所に連れて行って治療をしてあげたい。

 今は予め借りておいた(奪っておいた)神狩の上着をみぞれに着せてやる。

「ん!?」

 ザッザと草を踏み潰しざわざわとした話し声が外から響いて来た。

 神狩が連絡に大華を診療所に走らせておいたので、立日沢の捜索に出ていた者達が集まってきたのだろう。

 夜の森に大華一人走らせるのは危ないと思ったが、磔にされたみぞれを子供に見せるわけにはいかないし、かといってみぞれは一刻も早く降ろさなくてはいけないので俺も神狩も抜けられない。結構苦渋の決断だったが、神狩は意外なほどあっさり連絡に走らせた。地元民にしてみればこの程度の夜の森は慣れていて俺が心配しすぎだったのだろうか。

 男数人が入口からログハウスに入ってきて、ぞろぞろと此方に来ようとしたので俺は慌てて止めた。

「それ以上は入るなっ」

「あっなんだ、おめえ偉そうに」

「あれ島に漂流しっていう女じゃ無いか」

「余所者か」

 海の男らしい赤銅色に焼けた逞しいオッサン達が反発してくる。

「まあまあ」

「皆さん落ち着きましょうよ」

 そのおっさん達に混じってあまり日焼けしていない文系っぽい男達が宥める。

 人数的には半々くらいか。

「声を荒立てたのは謝ります。

 そすがそれ以上に中に入って現場を荒らすと警察の捜査の邪魔になります」

「捜査?」

「残念ながら貴方達が探していた立日沢は死亡しています」

 俺は死亡したままの状態で布すら掛けてない立日沢を指差す。別に意趣返しをして晒し者にしている訳では無い。ただ単純に逆さ磔にされたみぞれの救出を優先してその暇が無かっただけだ。

「なっあんんだ」

「なっなんだよあれ・・・」

「死んでいるのか」

「なんであんな」

 立日沢の死体を見て一斉に大の大人達がざわつき、一部は慌てて外に出ていった。吐くのだろう。

 だがまあ仕方が無い。死体というだけで無く明らかに異様な猟奇死体だからな。

「これで分かって貰えたでしょう。

 明かな殺人であり、警察を呼ぶべき案件です」

 糞餓鬼とはいえ人が殺された以上警察を呼ぶ必要がある。

 耳が引き千切られ目が剔られている。これは首を捻って殺した後なのかで前なのかで犯人像が大きく変わる。

 前ならみぞれを救うため立日沢と争いになり傷付けやむなく殺してしまったという正義感の行きすぎ、後なら晒し者にしてやろうとする立日沢に強い憎しみを抱いている人物という可能性が浮かび上がってくる。

 犯人を割り出すためにも検死は是非行うべきだが、本土から検視官は来てくれるのか?来たとしてもいつ頃になるのか。立日沢の死体をどこか冷やして保管出来る場所はあるかな。

「捜査なんかする必要は無い」

「島民全員で事故死とでも隠蔽する気ですか?

 いいんですか、立日沢を殺した殺人鬼を野放しにすることになりますよ」

 島の島民として面倒事を嫌う気持ちは分かる。正直俺も正義感に燃えて犯人を追及したいわけでもない。でもこんな奴でも親はいるだろ。親が騒ぎ出して本土に連絡を入れられたら警察は動き出す。

 何か隠蔽する手があるのか? 

 それに体格が良く魔人かもしれない立日沢を殺せる危険な者が島を彷徨いていることになる。

 怖くないのか?

「そんなの必要ない。犯人は分かっている」

 海の男達のリーダーっぽい白い鉢巻きをした男が断言する。

「ほう」

 犯人の目星が立っているというのか、まあ狭い島の中だ現地人なら直ぐに分かるのかもしれないな。

「本人はその娘だ」

「はあ~?」

 男は俺の胸で寝るみぞれを指差して言う。

「馬鹿か」

 俺の発言に海の男達は一斉に俺を睨む。

「ああ、そうか貴方達は見てないのか。

 この娘はそこの壁に磔にされていたんですよ。やったのは当然立日沢、その状態でどうやって立日沢を殺せるというのですか。それを抜きにしても朽草の細い腕でどうやって体格が倍もある立日沢を殺せるというのです」

「出来る」

 俺の一分の隙も無い合理的正論が真っ向から否定された。

「その理屈を聞きたいですね」

 抑えろ抑えろ。ここでは俺は部外者味方はいない。キレて怒鳴りつけても状況が良くなることはない。怒りを買うだけ、下手すればリンチ、いや女だから輪姦されかも知れない。

「その娘は悪魔の娘だ」

 真面目に言っているのか?いつの時代だよ?田舎にありがちな思い込み?因習?

 こんな連中を相手にしないといけないのか。

「そうだ。その娘に決まっている」

 他の海の男達も同調して責め立ててくる。

「何度も言わせるな。朽草は磔にされていたんだ。物理的に出来るわけないだろ。嘘だと思うならお前達が尊敬する先生に聞いて見ろ」

 俺は神狩を指差しながら言う。余所者の俺は兎も角医者をしているらしい神狩の言葉なら納得するだろう。

「それでもその娘に違いない」

「妄言には付き合ってられないわ。

 だったらそれこそ警察が調べればハッキリするでしょ。先生今すぐ本土に連絡をして下さい」

「警察は呼ばない」

「はあ?」

 意外すぎる言葉だった。この島で俺に次いで理性的そうな神狩が文明人として信じられないことを言っている。

「私はこの島で警察のようなこともやっている」

 この島の医者で警察、死亡診断書から調査結果まで捏造から隠蔽まで好き放題だな。ある意味島の支配者だな。

「お前もみぞれちゃんが犯人だと言うのか。

 合理的な説明を求める」

 此奴も見た目だけの脳筋なのか、だが冷静になれば神狩以外のあまり日焼けしていない文系っぽい男達も視線を逸らして反対する気はないようである。

 なんなんだこれは?

「それは言えない。だが状況的にそう判断する。

 朽草は本土に送還する」

 神狩が告げたときどこか男達はほっとした雰囲気を醸し出した。

 別にこんな島から本土に送られるのはいいが、みぞれに人殺しの烙印が押されるのは看過できない。それはみぞれのこの先の人生に暗い影を落とす。

 ならば俺も覚悟を決めよう。

 傍観者の立場は捨てた。

「なら私が捜査します」

「君に何の権限があって」

「医者で警察を一人でこなす先生を手伝って上げると言っているのですよ。

 それに正しいことをするのに資格がいりますか?」 

「・・・」

「逆に貴方に私を止める権限はあるのですか?」

「診療所に泊めてあげていると言いたいが、追い出しても貴方は止められないでしょうね。

 いいでしょう。次の船が五日後に来ます。その船で貴方は本土に問答無用で帰って貰います。

 それで良ければそれまで捜査することを許可します」

「上等です。

 その五日間の猶与で私が朽草の無実を証明して見せます」

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