第466話 スースーする

 スースーする。

 女装趣味が無かった俺は初めて女物の下着にスカートを履いている。

 くるっと廻ればスカートがふわっと広がる。妙に風通し良く感じる。夏場は蒸れなくていいかもしれないな。

 冬場には寒いだろうが酉祕島は南国の島なのか寒さを感じない。この島の位置も確認しておきたいな。

「よく似合ってますよ。

 これ頼まれていた鏡です。それと髪を梳かしますので座って下さい」

 朽草に手鏡を渡され椅子に座る。

 俺はいよいよ鏡で自分を見る。

 裏返り。

 性別だけで無く容姿も裏返ったようで、なかなかの美人だ。これならもっと神狩を攻めても良かったかも知れないな。

「綺麗な髪ですね。櫛がスッと入る」

 俺の腰まで届く長い髪を朽草は櫛で丁寧に梳かしてくれている。

 朽草はゆっくり丁寧にしてくれている。時間が掛かりそうだな。

 しかし1週間の出遅れか。

 どう甘く見積もっても廻は体勢は立て直しているだろうな。奇襲プランは消え策無しの強襲プランでは返り討ちに遭うだけ。

 そう考えると女に成ったのは悪くないかもしれない。

 もし廻が裏返って女に成っていなかった場合、まさか俺が女に成っているとは夢にも思うまい。うまく近付いてベットに誘えれば勝てる。

 仮に廻も女に成っていて俺も女に成ったと予想していても、美人になった俺の顔までは予想出来まい。このまま別人として地下に潜って廻に挑んでいくのもありだな。

 どちらにしろ、どうやって・・・。

「終わりました」

 俺が今後のプランを思考していると朽草に声を掛けられた。

 髪を手で掻き上げてみると、水のようにさらっと流れる。

 我ながら惚れ惚れする。これだけ素材がいいのならお洒落をするのも楽しいかも知れないな。モデルになって金を稼ぐという手段も夢じゃ無い。

「ありがとう」

「いえ、では島を案内をしますね。

 外に出ましょう」

 朽草に付いて部屋の外に出ると窓がある板張りの廊下が延びていた。掃除はされているようだが足を踏み入れるとギシギシする。窓からは運動場のような庭が見え、鉄棒や砂場が見える。

 なんか小学校みたいだな。

「どうします? 先に診療所の中を案内しましょうか」

 俺がどこかノスタルジーを感じていると朽草が気を利かせて聞いてくる。

「いや、気分的に外に出たい。先に島を案内して貰えるかな」

「分かりました。玄関はこっちです」

 朽草に案内され玄関に行くと準備がいいことに運動靴が既に用意されていた。ハイヒールとかでなくて良かったと思いつつ履いて外に出ると建物は木造平屋の建物でいい感じに黒ずんでレトロな風情があった。

「青い」

 診療所は山の中腹ぐらいにあるようで、眼下に広がる木々の向こうに青い海が広がっている。緑と青のコンストラクトが鮮やかであった。

 視線をもう少し近づけると診療所から下に行く道が三つ伸びているのが見えた。

「真ん中の道を降りると町、右の道は新しい港、左の道は古い港に続いてます。

 どこから行きたいですか?」

 朽草が小首を傾げて聞いてくる。

 島の中央に町、それを挟んだ入り江にそれぞれ港があるようだな。

「新しい港からお願いするわ」

 どうせ全部見ることになるので意味は無く気分。

「ではこっちです」

 朽草は右の道を降り出し、俺も続いた。

 坂道を少し下ると道は直ぐに森の中に入っていく。

 森は木の臭いが充満し薄暗く静かだった。

 道の左右には人を拒絶するように木々が立ち並び、上は枝が覆い被さり日の光は木々の間から漏れてくるだけ。

 そんなことは無いだろうが森の中動く物は俺と朽草だけかと錯覚するほど森の動物たちは息を潜めて波の音すら響いてくる。

 都会にある森とは深度が違う。この道から一歩でも踏み外したら無事に帰れる保証は無い。決して少女が一人で歩いていいような道では無いと思うが、朽草に恐れは無く普段からこの道を一人で歩いているのだろう。

 朽草のどこか神秘的な雰囲気はこの道によって磨かれたのかもしれない。

 どちらも無理に他愛ない会話をする性格ではないようで、無言のままにほどなく森を抜けると港に着いたが、埠頭はあるが船も人影も無かった。

「さっぱりしているね」

 神狩はああは言ったが島だ船の一隻や二隻ぐらいあるだろうと思っていたが、係留どころか影すら無い。

「週に一度物資を運んで来る船が来る程度ですから」

「その割には随分と立派な港ね」

 診療所は木造で続く道も土が剥き出しの山道、もしかして木造の桟橋かもと思ったが、此方はちゃんとコンクリートで作られた埠頭がありフェリーでも接岸できそうである。

 灯台に荷揚げした物資を一時保管する体育館くらいの大きさの倉庫に隣接する事務所みたいのも見える。

「昔バブルとかいう時代に観光客とか見込んで新しく作ったらしいです」

 ああ伝説に聞く日本が狂躁に浮かれた時代。今の日本からじゃ想像も出来ないくらいの好景気だったらしく。物が売れ箱物を作りまくったらしいな。

 弾けてしまえば夢の跡という借金だけが残った。

 そう言えば道草の両親は何をしているんだろうな。漁師なのか観光業を営んでいるのか、時間もあることだし一度お礼に伺っておこうかな。

「しかし船の一隻の無いとは思わなかった」

 いざという時のための脱出手段が全くないということか。俺なら心配で堪らなくなるが島民はそう思わないのか。

「小さい船でしたら。反対側の古い港にあります。そっちは古いのですが、小さい方が使いやすいとかで島の船はそっちに停泊してます」

「そうなんだ」

 バブルに良く話だ。新しく大きい物を作ったが結局持て余す。まあバブルが続いて夢見た通りこの島の人口も右肩上がり増え続けていたら活用できていたのかもな。

「見ます?

 町を通り過ぎることになりますけど」

「そうだね。港を見た後町はゆっくり回らせて貰おうかな」

 そっちこそ木造桟橋かもな。小さいと言うし此方同様さっと見て終わってしまいそうだ。

「分かりました。では行きましょう」

 港と町を繋ぐ道は舗装がされてい緩やかに登っていく。町は港からは少し離れているようだ。途中まで行くと古い港に行く道に枝分かれする。その道は土の道で森の中に続いている。

 森に入って暫く歩くと向こうから少年が来るのが見えた。粗暴そうな高校くらいの少年で、一瞬朽草の足が止まり掛けたが朽草はそのまま進んでいく。

「おっみぞれちゃんじゃん。

 そっちの女が噂の漂流してきた女か」

 少年に呼び掛けられて朽草の表情が強張るが、少年はそれを気にすること無く俺を値踏みするようにじろじろ見だした。

 礼儀知らずの餓鬼だ。

「なんだババアか

 それでみぞれちゃんはババアと何しているんだ」

「夢乃さんに島の案内をしているところです」

 朽草の表情と声が固い。まあ繊細そうな朽草とは合わなそうな少年だ。取り敢えず俺は部外者なので二人の間に口は出さないでおくし、ババア言ったことも取り敢えず受け流しておく。

「そんなババア放っておいて、俺と楽しもうぜ」

「困ります」

「なあ俺は十分待ったぜ、そろそろ色よい返事を聞かせてくれよ」

 朽草の腕を掴もうとした少年の腕を俺は反射的に叩いてしまった。

 やってしまったと思ったがやってしまった以上しょうが無い。ここからは後先より思うがままに行こう。

「何済んだっ」

 餓鬼が睨み付けて凄んでくる。

「餓鬼。レディーはもっと優しくスマートに誘うものよ」

 少なくとも少女にこんな怯えた表情をさせるものじゃない。まあそういうのが好きな女もいるから横から口を出していいものじゃ無いが、出してしまった以上しょうが無い。

「テメエ」

「やめて」

 睨み付けてくる餓鬼を朽草が止めようとするが俺はさっと手を出して前に出ようとする朽草を制止する。

 大人である以上売った責任は自分で取らないとカッコが付かない。

「俺は耳がいいんだぜ」

「へえ凄いね。でも顔と頭は悪いようね」

「汚えババアの心音だぜ」

 少年が凄みと共に自分の胸を叩くと同時に俺の鼓動がドッキュンと跳ね俺は視界が回って倒れるのであった。


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