第465話 女の武器

 追い詰められた廻はあの概念が詰まった子宮を使って「裏返れ」と言った。

 あれは世界に対して命じたんだな。

 その結果狭間の空間は現実世界に裏返った。

 廻にしても世界そのものを裏返すなんて何が起こるか分からない賭けだっただろうが、狭間の世界が裏返った影響で、俺は廻とは違う場所に飛ばされた上に肉体的に女に成ってしまったようである。

 他にどんな影響が起きているか現状分からないが、廻は取り敢えず俺から逃げる目的は果たしたようである。

 いやこれは思い上がりか?

 廻にしてみれば世界の変革、混沌への回帰こそが目的。狭間の世界を裏返したことで確実に現実世界にも歪みが出ている。

 俺は廻を逃走に追い込んだどころか勝ち逃げを許してしまったのでは無いのだろうか?

 まあいい。世界が歪んだのなら放って置いても旋律士が何とかするだろう。それよりも廻の行方を突きとめなければ成らない。俺同様女に成ったかも知れないが、あの男がこれで死んだと言うことは無いだろう。今頃廻はどこかで傷を癒やしているはず。

 今回の件で廻の俺に対する認識は変わっただろう。正々堂々戦うライバルに格上げなんて爽やか青春じゃ無い、二度と安眠が出来ないドロドロの恨みを買ったはず。廻が動き出す前に早急に見つけ出して止めを刺してやりたいが、現実は廻を探すどころか自分がどこにいるかすら分からない。

「来い」

 試しに命じてみたが、何の手応えも感じない。やはり現実世界はこんなものだ。ここでくむはが召喚でもされようものなら、本格的に世界は壊れたことになる。ある意味良かったのかも知れない。

 くむはは無事なのだろうか? ただの人に戻った俺には祈るしか出来ない、実質何も出来ないということだ。

 自分のことに集中しよう。

 廻の怪我が治る前に行方を突きとめて殺してやらなければならないというのに、このざま。俺はどれほど時間をロスした?ここはどこだ?まだ挽回は可能なのか?

 思い詰めれば焦りで心が喉から飛び出そうになる。

「ふう~はあ~」

 深呼吸を一つ。

 思考が空回りし合理的判断が出来ないのも情報が少ないからだ。

 まずは情報収集に徹底しよう。


 深呼吸を行い心を落ち着かせながらベットで待っていると部屋の戸が開けられ、朽草が二人の大人を連れて入ってきた。

 一人は、頬の瘦けた神経質そうな白衣の30代くらいの男でもう一人は髪を軽くウェーブさせた20代くらいの豊満な女でこちらも白衣を着ている。

「先生を連れて来ました」

「やあ」

 男はベットの前に椅子を置くと猫背気味に座り挨拶をしてくる。

「目覚めたようで良かった。

 私は神狩、この酉祕島(ゆうひじま)で医者のようなことをしている」

 神狩は辛気くさい顔のまま辛気くさい声で俺に絶望を告げる。

 島か。

 体がベットにめり込む錯覚がした。

 益々廻を捜索するのが困難である現実が突き付けられる。

 本土からどのくらい離れているんだろうか? どれだけ俺は運が無いんだ。

 いや、俺がここに飛ばされたんだ。廻だってここに飛ばされている可能性はある。

 諦めるのはまだ早い。寧ろ同じ島にいるなら廻は逃げられないと好都合だ。

「私は先生の助手の淺香 優花といいます」

 淺香は神狩の後ろに立ったままにニッコリと笑って挨拶をしてくる。

 先生のようなと助手か。普通の医者と看護婦ではないということか。それとも俺が穿ち過ぎなのか。

「初めまして、私は「夢乃 胡蝶」助けて頂きありがとうございました」

 俺は考えておいた偽名で自己紹介をする。

「いえいえ、貴方を助けたのはみぞれちゃんだよ。僕なら面倒臭いから見なかったことにしちゃったかもしれないな。

 くっくっく」

 神狩は笑えない冗談に一人悦に入っている。

「先生不謹慎ですよ」

「はっは、すいませんね。どうも僕は感性が人とズレているようで」

「はあ~」

 どうも独特の癖が強い御仁のようだな。だが男ではある。光明はある。

「それで色々話を伺いたいのですがよろしいですか?」

「はい」

 当然の流れだ。

「え~と夢乃さんだっけ。

 職業は何ですかな?」

「大学生です」

 嘘では無い。本名「果無 迫」は紛れもない大学生である。

「ふむ、年頃はそんな感じですね。

 っでその大学生が何の目的でこんな辺鄙な島に来たのかな」

 来たか。この質問は必ずされると予想は付いていた。

 ここからが勝負。俺は一筋の光明に賭ける。

「来たのではなくて」

 異空間から

「漂流したのですが」

「ふむそうでしたね。では何で漂流したのですか? 近くで嵐も無かったし旅客船が沈没したという連絡は受けてないんだけどな」

 これも想定通り。

「私も本当に」

 北関東にいたはずなのに、裏返って

「何でここに流れ着いたのか分からないのです」

 強引だが、嘘は全く言ってない上に心情をたっぷり込めてバレリーナの踊りの如く顔で体で感情を表現する。

 人は論理を感情が上回れば納得してくれるもの。神狩が理論で理解する前に更に押す。

「お聞きしたいのですが、私以外にこの島に流れ着いた人はいないですか?」

「ここに来た理由が分からないと言っていたのに、他に人がいることは分かるのですか?」

「ここに来た理由は分かりません。ただ直前まで」

 狭間の世界で

「一緒だった人がいるんです。私がここに漂流したのならあの人もここに流れ着いていないですか、会いたいんです」

 会いたい、会いたいんだよ。会って殺したいくらいの激情を込め、ここで男ならウザいだけだが女なので涙を流して俯してみせる。舞台は嵐の海に翻弄される船、運命によって引き裂かれた恋人のごとく。

 さあ論理を捨てて感情のままに同情しろ。

「そうでしたかそれはすいませんでした。

 ただこの島に流れ着いたのは貴方だけだと思います」

 俺の演技は神狩の心に響いたのか論理的な追求は来ないどころか同情的な口調が混じる。

 男ならこうはいかない。女っていいかも。

「そうですか。なら私帰らないと」

 決意を込めたヒロイン。

「気持ちは分かりますが、家は何処なのですか?」

 神狩は先程までの詰問調が緩和され労るように尋ねてくる。

「東京です。

 お願いします。私急いで帰りたいです、帰る方法を教えて下さい、今はお金は無いですけど家に帰ったら必ずお返ししますからお願いします」

 自分が今美人かどうか知らないが、男なんて女が目に涙を浮かつつ手を握って迫って縋ればスケベ心を出してくれるだろ。

 多少・・・くらいなら体も許そう、兎に角今は早急に東京に帰ることが優先だ。

「落ち着いて下さい」

 折角男の神狩を攻めていたというのに女の淺香が俺と神狩の間に入って引き離す。

 ちっ。

 女の武器は女には通じない。

「先生。夢野さんはまだ混乱しているようです。色々話しを聞くのは落ち着いてからでもいいのでは」

「私は大丈夫です。帰れるなら今すぐにでも・・・」

「夢乃さん。残念ながらここは離れ小島で、次の定期船は一週間後です」

 淺香が俺を突き放すようにきっぱりと告げる。

「えっ」

「本当ですよ。一週間は何があっても帰れない」

 神狩もショックを受ける俺に本当であることを告げる。

「そっそんな。船を呼ぶとか」

 それでも男の神狩に縋ってみる。

 鏡で己を確認できなかったのが痛い。中の上くらいだと分かっていたら、躊躇すること無く抱きついてこの重い胸でも押しつけてやるのに。残念ながらこの技は自分の容姿の程度次第では逆効果になる可能性もある。

「それは可能といえば可能だが、余程の理由がないと直ぐには来てくれませんよ。手続きやらここまで来る時間とか考えると、定期便を待つのと大差ないよ」

 一週間。

 ただでさえ出遅れているのにこんなところで一週間も無為に過ごすというのか。もはや遅れを取り戻すことは不可能と思える時間である。

「まあ見たところ体は大丈夫そうだから、島でもゆっくり散策したらどうかね。気分も落ち着くと思うよ。

 淺香君」

 落ち込んだ俺に神狩が慰めるように言う。

「はい」

 淺香は神狩に言われベットの上に風呂敷を降ろし広げると服が入っていた。

「着替えを見繕っておきました。サイズは着替えさせたときに見てますからだいたい合っていると思います」

 着替え、そう言えば今の俺は病人が着るようなゆったりとした服を着ている。

「あの~私の着ていた服は?」

「ボロボロなので処分しました」

 淺香は取り付く島もなく言う。この女俺のこと嫌ってるのか? 神狩が取られるとでも警戒しているのか?

 安心しろ寝取ったとしても一時的なこと、用が済めばおさらばだ。

「そうですか」

「じゃあ僕はこれで。

 みぞれちゃん、夢野さんの着替えを手伝って上げて。その後島を案内して貰えるかな」

「私ですか」

 遊びたい盛りで得体の知れない女の世話なんか嫌なのだろう。朽草は拒否するような戸惑いの表情をする。

「いい機会です。少し貴方は人と触れあった方がいいです」

「っででも」

「みぞれちゃん」

「はっはい」

 神狩が少し真面目な顔をして朽草に向き合う。

「拾ったら最後まで面倒を見なさい。いつもそう言ってますよね」

「でっでも」

 俺は犬猫かよ。

「それにこの人なら大丈夫ですよ」

「そうですか」

「ええ、僕が保証します」

「分かりました。先生を信じます」

 何が大丈夫なんだか分からないが、朽草は消極的に了承した。

「じゃあお大事に」

 神狩と淺香は部屋から出て行くのであった。

「じゃっじゃあ、お着替え手伝いますね。

 その後、この島の案内します」

 朽草は気が進まないながらも引き受けた仕事はきちんとこなす性格のようで、おずおずと俺の着替えを手伝おうとしてくる。

 俺が嫌いと言うより人見知りなのかな。

「ありがとう」

「いっいえ」

 やはり人見知りなのか顔を赤くして俯いてしまう。

 そう言えば、この娘には助けられたようだ。本土に戻れたら謝礼に幾ら払おうと思いながら着替えるのであった。

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