第462話 合理の果て
「なにっ!?」
廻から見たら俺の横に突然くむはが現れたように見えただろう。
子宮の中で分解されてしまったくむはだが神と成った俺が聖痕を刻み込んでおくことで、この世界に「俺の神使」という概念として呼び出すことに成功した。
何も起きないか下手をすれば俺を逆恨みする悪鬼という概念として召喚された可能性もあったが、くむはが仕事熱心な素直ないい娘で良かった。
「俺は神だぜ。神使の一人くらいても不思議じゃ無いだろ」
対して廻はこの期に及んでも一人ということは、部下は来れないということ。
「主、ご命令を」
猟犬のように控え命令を待つくむはに命令を下す
「くむは、空間を調律しろ」
「了解です」
くむはは即答と同時に動き出す。
くむはは技は一流の域だが心が普通故に俺に敗れた。まあまだ高校生ということを考えれば年相応とも言える。故にその未熟さを俺に依存するとで補完すれば、くむはは一流の旋律士となる。
このまま成長してしまうと自分では何も決められない依存症の人間になってしまうが、俺はくむはの親じゃ無い。それに将来の心配より、今勝たねば駄目人間になる未来も来ない。
流れ廻り空間は渦を加速させていく。真っ直ぐ前にいるように見える廻の所に行くのにぐるっと正しく渦の軌道に沿っていかないと渦の空間断層に入り込んでしまいどうなってしまうのか想像も付かない。
まずはこの空間の調律、くむはの旋律に掛かっている。
くむはは召喚の元となった一握りほどの「あまの糸」の両端を右手と左手で掴んで前に翳す。
そのまま両手を開いていけば「あまの糸」も伸びていき、180°回って背中で「あまの糸の端と端がくっついて輪となって閉じる。
「はっ」
後ろに回した両手をくるんと上に回しつつ前で広げれば、輪となった「あまの糸」の端と端に右手と左手の指が艶やかに絡まっていた。
滑らかに艶やかに律動的に指が動きだし、両の手の間に「あまの糸」で三角が描かれ川が流れ橋が架かり塔が建てられ流星が流れる。
描かれる絵が変っていくのに合わせて糸が弾かれ竪琴のような音が奏でられる。
両の手が舞い、両の手の間に芸術が生まれ、両手の中で旋律が奏でられる。
初めに三角
川が流れ天に上がっていく
橋が架けられ
棟に上り
山に登っても届かない雲の上、天上人がそこに住むという
雨、雲より降り注ぎ、寒空に震える人の罪科を責め立て、罪科は川に洗い流される
罪人の前に、一本の天よりの糸が垂れ下がる
救いの天網か罪の縛鎖か、己の心に向き合った者のみが知る。
天網恢々疎にして漏らさず。
逃れられぬが人
「天網縛罪」
ばっと両手に間に描かれた複雑な編み目の模様が手から放たれる。幾何学模様が描かれた網がばっばっばっと万華鏡のようにぐるぐる渦を描いて空間に張られていく。
空間のうねりが収まった。
天網により渦を巻くトンネルが作られ廻へと続く道を描き、目の前に入口が開かれる。
空間はここまで歪んで目の前まで広がっていた。迂闊に飛び込んでいたら迷って辿り着けないどころかバラバラにされていたかも知れないし、もう少し遅かったら空間の渦に呑み込まれていただろう。
「見事、流石俺の神使」
「ありがとうございます。
嬉しいです」
くむはは頬を赤らめる。
この程度で顔に出るなんて摺れてない純真な娘なんだな。こんな娘はこんな世界にいていいはずが無い。惜しいが、終わったら引退させて縁を切る。
だが今は神使の活躍に神として応えるのみ。
俺は空間に張られた天網の上を走り廻に向かって行く。
「馬鹿なっ、僕の魔が抑えられたというのか」
「抑えられたんだよ」
「僕は、ここで終わるわけにはいかない」
廻は必死に空間を回そうとするがくむはも負けじと空間を調律しようと天網を操る。
魔人として一流の廻と互角とは、本当にくむはは技は一流だな。
「終わるんだよ」
間合いに入ったら躊躇うこと無く切り札を使う。それで終わりだ。
「君はこんな世界に納得しているか。
神代の神秘は消え、世界の循環は淀みただ停滞していく」
廻は余程追い詰められているのか俺を説得でもするつもりか問い掛けてくる。
「純粋な物理世界でいいじゃないか。
ユガミや魔人。昔風に言えば怪異・妖怪や悪い魔女や妖精に理不尽に弄ばれる世界の何処がいい」
全てが理論整然に数式で表され理解出来る。訳の分からない魔よりよほど素晴らしい。
説得される気はないが辿り着くまでの間くらいなら問答に付き合ってやろう。
「違うっ。
そんなものは表面的なものだ。
君は本質を理解していない」
「本質だと?」
此奴は何の本質を知っているというのか?
才能に溺れて暴れる子供如きが。
「このまま世界から神秘が失われば人の心からも神秘が失われる。神秘が失われつつある人間はどこまでも傲慢になり醜い」
「其奴は違うぜ。そもそも人は醜いぜ」
「違うっ。君と僕とでは捉える醜いが違う」
「知るか、だとしてそれがどうした。
お前はあまりにも多くの人を踏み躙ってきた、それこそが醜いと知れっ」
俺に言わせれば遊び心に弱い者を踏みにじることこそ最大に醜い。
「神秘を取り戻すためには仕方の無いことだ。
無慈悲な死もまた神秘の要素。人は無慈悲な死に触れ神秘を思い起こす」
天災疫病飢饉、それら全て神として恐れていた人類。だが人類は恐れるばかりじゃない、一つ一つ叡智により神を追い出し科学で克服していった。新たな理不尽な死が生まれれば、また一時の間とはいえ新たな神が生まれるのかも知れない。
「神秘があれば人の心が綺麗になったユートピアでも生まれるというのか?」
世界救済委員会の連中と同類だったということか? はた迷惑な。
「ユートピアなど夢想。夢見ることに価値があり実現すれば地獄さ」
「なら何のために神秘を取り戻すというんだ」
「人は神秘無くして人として生きられないからだ」
「はあ?」
「聞け。このまま神秘が失われていけば人の心は傲慢の果てに科学で何もかも理解出来ると錯覚し、感情が消えていく。
君ならこの論理が暴論で無いことが合理的に理解出来るのだろ?」
廻が俺を逆挑発してくる。
理解、理解は出来る。
昔人は火が付くだけで感動をしていた。
火に神を見て恐れおののいていた。心が揺さぶられていた。
だが現代において火の仕組みが解明され点くのが当たり前になり、ライターで火が点いたところで誰も感動しない。
これと同じようなことがあらゆる現象・概念について起こる可能性はある。
心理学にブレイクスルーが起きて恋の仕組みすら完全に理解されたのなら、人が恋に憧れることはなくなるのかも知れない。
「合理的な世界で結構じゃ無いか、理不尽がなくなるぜ」
虐めて楽しもうなんて幼稚な心も無くなるかも知れない。
「そんな可愛いものじゃない。分からないのか、感情の無い合理的な判断だけするロボットになった結末が」
「つまり全人類が俺のようになるというのか、それはさぞかし・・・」
「馬鹿を言うな君ほど感情的な男がいるか」
廻に食い気味に否定されてしまった。
「感情を失った全人類に待つのは緩やかな自死だけだ」
「論理が飛躍した暴論ですらない妄想だな」
「真理さ。
なぜなら合理的解の先に生の意味は無い。
これは取り込んだ人類学者心理学者生命学者宗教家全てが出した結論。
人は感情無くして命に意味を見いだせない。
そして感情の源泉こそ神秘でありこの世界から神秘は失われていっている。
だからこそ我等シン世廻は世界を掻き回し循環を取り戻す」
「お前の仲間にそんなたいそうな理想があるようには見えなかったが」
「彼等も神秘失われる世界の犠牲者で、純粋に世界に神秘を取り戻しがっている。
僕の手段と彼等の目的は一緒だよ。ただ僕はその先に目的があるだけさ。
僕は人が人類が大好きなんだ、活気が無くなった果ての自死など起こさせない」
「可哀想に」
「何!?」
「なまじ頭がいいばっかりにそう言った大義名分を掲げないと暴れることも出来ない。
素直にこの世界を自分の思い通りにしたい、他人をおもちゃにしたいと叫べばいいだろ。
そんなに悪となじられるのが嫌か? 格好付けたいか? 女にもてたいか?」
ご大層なことを言っても所詮魂源なんてこんなものさ。
「僕をそこまで低俗に扱うか」
廻の顔に怒りが浮かび上がった。
「お前の思想なんか知るか、俺はやられたらやり返すだけのこと。
ご大層な名目掲げてんだ、反撃される覚悟も当然あるんだろ」
あと少しで間合い。
意思を緩めて封印開放の準備をし出す。
「君は本当に恐ろしい男になった。
初めて会ったときには我が強いだけの男だったが、あの時の有言実行で恐ろしい力を秘めた、まさに僕の宿敵と呼ぶに相応しくなった。
ここまで僕が追い込まれるとは思わなかったよ。だが逆に久しく感じてなかった心が昂ぶる。
ここまで追い込まれたんだ、こちらも惜しみなく使わせて貰おう」
廻は子宮を俺の方に翳した。
まずい、シン世廻創造という目的の為、自分が絶対強者と思っている傲りの為、絶対に温存すると心のどこかで高を括っていた。
俺は知らずそこまで廻を追い詰めていたのか。
俺の切り札はまだ間合いが遠い。ここで使っても廻に届かない空振り。
「伊邪那美と天沼矛はないが、伊邪那岐は不肖僕がいる。
この危機を脱するくらいの混沌は生まれるさ」
「断念するとはお前らしくないぞ」
「最終目的を諦めないためにも、このプロジェクトは放棄する。
裏返れ」
子宮が裏返った。
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