第461話 もう遅い
血に濡れたナイフの柄をぐりっと捻ればにゅるっと何かを巻き取るような生暖かい感触が返ってくる。
気落ち悪さに耐えつつ更に捻ろうとしたが、顎に衝撃が走って天を仰ぐ。
見上げる空の視界に無数の稲妻が走る。
「ふんっ」
気合いの踏み込み。
飛びかけた意識を気合いで繋ぎ止めた。だがその空白の数瞬で俺はナイフを手放し廻から2~3歩離れてしまっていた。
アッパーカットを打つ力がまだ残っていたか、だがナイフは確実に捻った。確実に内臓をスパゲティのように絡め取ったはず
終わりだ、廻。
心の中に会心の笑みが浮かんでしまうが反比例して恐怖も増す。
死を悟った手負いの虎は何をしでかすか分からない。
呼吸が止まり鼓動が止まり塵に還すまで、ゆめゆめ油断してはいけない。
「はあっはあ」
汗が浮かび呼吸が荒い廻の仕立てのいいスーツは腹から真っ赤に染まっていき、その廻の足に怨念のように絡みついた金色の髪が朱色に濡れていく。
ベタッズルッ。
金色の髪を辿って視界を移していけば、
ベタッっと手をカエルのように前に出し。
ズルッと体を蛇のように引き摺る。
油絵のようなべったりと立体的な血の跡を描いて這い寄る金髪の女がいた。
「かえせ~」
地の底から足裏を伝ってくるような怨念の叫び、声だけで体が震える。
子供を奪われた母親の情念に染まった狂気の顔、心の底から沸き上がるいたたまれない気持ちと恐怖に目を背けたくなる。
「殺し切れてなかったか」
廻は金髪の女の怨念に忌々しそうに言う。
殺しきれなかった故に手痛い反撃を受ける。目の前の教訓を俺は肝に銘じる。
「だから言っただろ踏み付けた雑草に足下を掬われると」
油断しすぎだ馬鹿。俺が必死に注意を惹き付けているのも気付かない気付こうともしないその傲慢さが死を招く。
人は腹を刺されただけで死ぬんだぜ。
「次回の教訓とさせて貰おう」
「それはいいことだ」
それは俺がさせないが、次があると希望を描いているのはいいことだ。自暴自棄に成られるのが一番厄介だったからな。
このまま希望を持たせたまま、だらだら時間を稼ぐだけで俺の手に勝利が転がり込む
「それはそうと、君こそ危機感が足りなくないか」
「そうか?」
危機感を持ってこの会話を1秒でも引き延ばそうと必死だぜ。
「もはや小石だと侮らない。この廻が対等と見なして全力で潰すと言っているんだ」
廻の顔が今まで見たこと無いほど真剣になっていたが、もう遅い。
押された分だけ引き、引かれた分だけ押すだけのこと。少年漫画のように最後の勝負に付き合ってやる気はさらさら無い。
「おいおい、俺如きに本気を出したらシン世廻首領の格が下がらないか」
「君の活躍は知っていた。知っていて甘く見ていた。
ここからは我が魔に懸けて全力で行こう」
「残念だがお前の魔は俺には効かないぜ。
それとも負け犬の遠吠えの如く本気を出してなかっただけとでも言うのか?」
ここで廻を煽って意地になって魔を使わせ残り少ない時間を浪費させてやる。
「君は対等の敵と見なした。
全力で排除すべき敵だ」
何か雲行きが怪しく、俺の方こそ傲慢だったと思い知らされそうな嫌な予感がする。
「僕が巡らせるのは何も人だけでは無い。
生も死も全てが流転する、一切合切常あるものなし。
むううううううううううううううううううううううううん」
スマートに気取る廻が泥臭く気合いを発して天に掌を翳す。
初めは何も感じなかった。
時間稼ぎといつもの常で敵の出方を見る俺は静観を決め込んだ。
不発?
いや違う。
違った。
研ぎ澄ませば感じる。
感覚が僅かづつズレていく。
体も地も動いていない。
だが世界を感じる感覚がズレていく。
俺は正常だ。
ならば世界の方が動いているというのか。
廻の切り札は空間そのものを流転させるというのか?
空間ごと流れ廻り混ぜられる。
空間と混ぜられた不滅の精神はこの空間に縛られた自縛神にでもなるのか、予想が付かない。
ちんたら時間を稼いでいられる状況では無いようだ。
切り札は廻が先に切った。
ならばここからは俺のターン。
俺は大事に持っていた「あめの糸」を握り締め突き出し命じる。
「神たる「果無 迫」が命じる。
来い」
「神使「風音 くむは」参りました」
くむはが馳せ参じるのであった。
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