第460話 ユガミは腹を貫かれた程度じゃ死なないが人間は腹を貫かれれば死ぬ

 ここで決着を付けると覚悟は決めた。

 出し惜しみはしない。

 今日まで揃えた切り札を全て使い切る。

 後はどう戦うかだ。

 戦略は二択。

 奇襲。

 相手が舐めている内に一気に切り札を切って一気に決める。

 嵌め技に近い故に決まれば格上相手でも勝てる。だが嵌め技は目論見を外された場合あっさり終わる。

 常道。

 普通に戦い相手の力をある程度見切りタイミングを計って切り札を切る。ギャンブル要素は無いが無い故に格上相手に普通に力押しされて負けるかもしれない。

 

 俺は廻の間合い一歩手前でスライディングキック。

「奇襲のつもりかい」

 廻は俺の奇策に動じること無く軽いサイドステップで躱すが、俺は片手を着いて無理矢理方向転換、下から浮き上がる回し蹴りを放つ。

 廻は焦ること無く足を掲げて蹴りをガード、ガードした足を俺の顔目掛けて踏み下ろしてくる。

 迫る足裏、食らえば首の骨が折れ顔面が陥没する。死の恐怖に俺は必死に体を捻って躱しつつ、顔面の横を通り過ぎる足にしがみ付いた。しがみ付きつつ体を逆さに回転させて廻の腹に膝を叩き込む。

「おしい」

 膝は当たる寸前廻に掌に受け止められていた。

「まだまだ」

 俺は廻の足にしがみ付いたまま、両足を駄々っ子のようにバタバタさせた。

 武道の基本が成ってない腰の乗ってない蹴りだが数とスピードはある。その数とスピードを廻は片手で全て捌いていく。

 廻の足にしがみ付き蹴りの反動を支える腕の力が怪しくなり頭に血も溜まっていく。

 ここらが限界。

 俺は両手をぱっと離して両手で地面に突くと一回転して立ち上がって、追撃しようとしていた廻の喉元目掛けてにカウンターの手刀を放つ。

「惜しいっ」

 廻は俺の手刀を受け流しつつ蹴りを俺の側頭部目掛けて放つ。

「ちっ」

 ガード。ガードした腕が砕けたかと思った。だが俺の腕は耐えてくれた。鍛え上げてきた成果とも言える。ここで廻が足を降ろすのに合わせて追撃、だが腕は意思に反してだらんと下がってしまう。

 どうやら俺の腕は一発でグロッキーのようだ。

 追撃が出来ず前に出ただけの俺の頭目掛けて逆足のハイキック。

 咄嗟に逆の手でガード。砕けはしないがハンマーで殴られたような衝撃が走る。

 これで両腕がグロッキー、攻めも守りも出来やしない。腕の痺れが取れるまで何が何でも逃げるしか無い。

 俺は大きくバックステップ、それを許さぬ廻の踏み込み。踏み込んでからの前蹴りがぐーんと迫ってくる。

 足を掲げて腹をガード、なんとか防いだが降ろした足に感覚が無い。

 これでまともに動くのは足一本。

 あっという間に崖っぷちに追い込まれた。片手で戦っている廻相手に俺は最初の奇襲を外されてからはただ追い込まれていくだけの展開。

 見積もりが甘かった。もう少し接戦になると思っていたが、廻は片手でさえ俺には手が届かない相手だった。

 だがまだだっ。

 間。

 間だ。

 間を読め。

 次の廻の攻撃を凌げば手足の痺れも取れる。凌げなければ終わる。

 全神経を研ぎ澄まし廻の攻撃の起こりを見極めようとし、突然間は崩れた。

「なぜだ?」

「何が?」

 絶好の追撃の間を自ら外し廻の梳かした顔に戸惑いが生まれていた。

 どうあれこの時間は俺にとって1秒が金の延べ棒にも匹敵する。

「ここまで来れた君に敬意を称して取り込もうとしたが、全く取り込めない」

 どうやら廻は最初から格闘で俺を倒す気はなく、適当にあしらいつつ俺を取り込むつもりだったようだ。

 以前のように誰かのついでじゃ無い俺一人を取り込もうとして全く取り込めなかった。今廻の自信は大きく揺らいているはず。

 攻めるなら今しかない。

「不敬だな人間。

 俺は神「果無 迫」だぞ」

「!?」

「どうしたそんなに驚くなよ人間。お前が始めたことだろ」

「そうかそういうことだったのか。あまりにそのままだったから見誤っていたよ」

 廻は得心がいった顔をする。

「過ちを認めるなら神に頭を垂れたらそうだ?」

「なるほど何者の干渉を撥ね付けてきた己自身をそのままに概念に昇華させたのか。

 ならばここで取り込むのは不可能なのだろうな」

 他の奴のようにもっと人間の姿を失った概念になっていたら廻も見誤らなかっただろうが、俺は「果無 迫」という概念の神となってから召喚された。

 故に見る者は俺を「果無 迫」と思う。

「どうだご自慢の力を封じれた気分は?」

 煽り煽って煽る。流されたら虚しいが流石の廻も己の生き様とも言える魔を否定されれば顔が少し険しくなる。

 いいぞもう少し注意を惹き付ける。

「粋がるなよ。

 折れない心の概念であって不可侵の体を保つ概念じゃ無いんだろ。

 なら普通に戦って勝てばいいだけのこと。僕の中には数々の格闘家も混じり溶け合っている」

 流石廻だ理解と対応が早い。

 その通り、俺に我を侵食する精神攻撃の類いなどは一切通用しないが、普通の攻撃は普通に通用する。それが人間「果無 迫」であるから。

 絶対無敵ヒーロー「果無 迫」という概念に成れたら楽に勝てるのだろうが、そんな概念は俺の本質からはほど遠く、憧れに過ぎない。

「知ってるか? 創作の世界じゃそういう奴は使いこなせなくて結局一つを極めた奴に負けるのが定番なんだぜ」

 漫画ならばだけどな。

「残念だが君の武は極めた域まで行ってない。精々プロと呼べるかどうかのレベルじゃないかな」

 その通り。先程は適当にあしらっている廻に歯が立たず死地に追い込まれた。

「そうかも知れないが、格闘で勝ってもお前は俺という存在を屈服させることは出来なかった事実は消えないぜ」

「君を同志に迎え入れられないのは残念だよ」

 あっさりとペースを取り戻したようで俺の挑発に乗ること無く、さして残念でも無さそうに言う。

 俺は廻にとって少々我が強いだけの人間で、己のために世界を覆そうとすら思う強い我を既に持っている廻にとって、どうしても手に入れたいものではないのだろう。

「勝った気になるのは少々早いんじゃ無いか。

 踏み付けた雑草を省みること無いその傲慢さに、お前は足下を掬われるんだ」

 おかげで手足から痺れは抜けすっかり元通り動く。

「忠告痛み入るが、踏み付けた足下をいちいち気にしては前には進めないさ」

 会話は終わりとばかりに前に踏み出そうとした廻が躓く。

「!」

 廻は躓き、俺はその隙を見逃さない。

 俺は踏み込む動作で特殊コーティングナイフを引き抜き廻の腹に刺す。

 一挙動に全てが込められた流れ、これ居合いなり。

「なに!? 

 ゴホッ」

 スポッと抵抗もなく廻の腹の肉にナイフは刺さり、廻は口から血を吐き出す。

 良かった此奴はまだ人間だ、ナイフを伝ってくる血が暖かい。

 ユガミは腹を貫かれた程度じゃ死なないが人間は腹を貫かれれば死ぬ、俺でも殺せる。このままナイフを2~3回捻ってやれば廻の内臓はズタズタになって死んでくれる。

「死ねやっ」

 俺は止めと力を込めナイフを捻ろうとするのであった。


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