第457話 選択の結果
迫ってくる廻に突き付けられる二択。
手を離すか離さないか。
手を離して新世界への入口を開くか、手を離さないで戦うか。
手を離して新世界に行ったらどうなっちゃんだろう。見てみたい気もするけど行きはヨイヨイ帰りの保証はナイナイ片道切符。それでも惹かれる新世界旅行。
手を離さなかったらバトル開始。片手女の腹に突っ込んで片手切り落とされた手なしの大ハンデ戦。
勝ち目あるの?
予想外の遭遇戦とはいえいつかはやってやらにゃ~ならない戦いではある。
嫌なことを先に片付けて後は思いっきり楽しむ夏休みも嫌いじゃない。
まあ明日だと思っていたのが今日だっただけのこと。
やってやれないことはないでしょ大決戦。
俺だったら100% 少なくても90%の勝率が無ければやらないだろう。
だが私は違う。
旦那がコツコツ貯めた貯蓄で一発逆転先物投機に挑む高揚感。
嫌いじゃ無いわ。
悩むな~。
手を離すか離さないか、新世界大冒険かラスボス大決戦か。
どっちが楽しいのかしら?
一度しかない人生のたった一つの命じゃない。
享楽悦楽味わい尽くすことに余念無し。
そういった意味では股を開いてイケメンの廻に抱かれるのもアリだけど、きっとあの梳かしたイケメンはベットに誘ってもノーサンキューと涼しげに言うんでしょうね。
イケメンに振られてハートブレイクなんてノーサンキューでムカつく。ムカつくイケメンをどうやったら嫌がらせできるかしら。
なら答えは簡単、その梳かした顔を歪ませて高笑いしたらサイコーでしょ。
汽車はぽっかりと誘い込むように開けられた縦長の穴に挿入された。
新世界への入口は開かれたのだ。
「トンネルに入りましたね」
「そうだな」
車内は薄暗くなりくむはは周りへの警戒を強める。
汽車は暗い穴に挿入されスピードを緩めるかと思えば益々猛っていく。
ぐんぐん、ぐんぐん闇を押しのけるように進んでいくその先に光が挿し込んできた。
「わあ、もう直ぐトンネルを抜けますね」
「そうだな」
くむはが汽車が進む先に光が見えて目を輝かせている。
薄闇の世界に差し込む光に希望を見てしまうのはしょうがない。しょうがなくない俺は刺し込む光は新世界が開かれる暗喩だが文字通りの新世界ご招待に暗澹たる気分になった。
汽車は一際大きな汽笛を鳴らすとトンネルを抜け、抜けた先から先割れしていく。
汽車はくぱーと先割れして四方に広がっていき、中にいた乗客達は大砲から打ち出される砲弾の如くぷしゅーーっと勢いよく放出された。
鍾乳洞のように怪しい襞がヌメヌメと蠢動する空間の中心に存在する球体の空間に向かって乗客達は飛んでいく。
放出され球体の空間に近付くに連れ乗客達の体はトカゲが脱皮するようにパラパラと剥がれ落ちていく。
パラパラパレードの紙吹雪のように体が剥がれ空間に舞い上がり、まるで乗客達を祝福しているようだった。
乗客達はただ黙し、ただ一人の泣き叫ぶ声が空間に響く。
「なにこれ? なんなのこれ?」
くむはは自分の体が剥がれ落ちていくことに顔が恐怖に染まっていた。
涙を溜めた目を見開き口は叫び声を絶え間なく上げる。
それでも必死に手を動かして剥がれ落ちていく体を掻き集め体に戻そうとするが掌から更に砕けて零れ落ちるばかり。
「いやいや、無くなっちゃう私の体が」
剥がれていく、存在が。
余分なものが剥がれ落ち磨き上げた概念の純度が高まっていく。
だが普通のままここに来たくむはにとって自身の体が存在が剥がれていくことに精神が耐えられるわけがない。
恐怖に耐えかねて発狂するのもそう遠くない。例え耐え切れたとしても概念という神を見出していないくむはラッキョウのように芯が残ること無く消えて無くなる。
泣き叫ぶくむはが顔を上げたタイミングで
目が合った。
その目は絶望の底で希望を見付けたとばかりに理性が戻った。
「たっ助けて助けて果無さん」
くむはは手を伸ばし目は縋り付こうと必死に俺に助けを求める。
だが今の俺が助けられることはない。
自身の概念に目覚め神にならざる者、消え去るのみ。
俺はただ見ているだけ。
違うそうじゃ無いだろ。
俺はくむはを助けた。助けた以上最後まで面倒を見るが義務。
義務なら果たさないとな。
本当に何も無いのか?
くむはが神に目覚めてない以上ここで俺が出来ることは見ていることだけなのは変わらない。
そうか!
望みがあるとすればそれしか無い。
「自分の一番を念じろ」
助かる方法があるとすれば概念に匹敵する揺るがない我を持つことのみ。
くむはに何か強い思いがあれば、あるいは助けられる。
「そっそんなの急に言われても思い付かないよ」
情けない顔を俺に向けてくる。
くっここにきて普通の人の感性が仇になる。
喜び怒って泣き笑う、感動して飽きる。普通の人の感性は素晴らしい。俺が無くした貴いものであり決して否定されるものでは無い。
だがやはりこんな世界で生きるにはそれじゃ足りない。
執着、執念、信念。世界の律すら歪ませるほどの我。魔に対抗するなら揺るがない我はなくてはならない。決して普通の人の感性で立ち入っていい世界じゃない。
何を考えてくむはをこんな世界に送り込んだけけ。
俺の心にくむはの母に対する怒りが湧き、怒りにくむはに怒鳴ってしまう。
「いいから兎に角一番好きな物でも趣味でも恋人でも母親でも何でもいいから思い浮かべて夢中になれっ」
周りが見えないほどの無我夢中の境地なら神に迫れるかも知れない。
「何それ分かんない。恋人いないし。
いやいや、体が崩れる崩れちゃう消えちゃう」
言っている間にも剥がれ落ちていきくむはの足は無くなっていた。
「わっ私の足が、もう歩けない」
まずい。
「いやっいやっ。お尻も大事なとこもなくなっていっちゃう。
まだバージンなのに、楽しいことも出来ないまま、赤ちゃんも産めなく成っちゃったの・・・」
目がもう駄目だ、一時戻った理性が発狂寸前になっている。
「死んじゃう、消えちゃう、私消えちゃうの」
目が最大限まで見開き引き攣るくむはの顔は見ている者すら狂気に引き込みそうである。
「あっ、果無さん果無さん果無さん果無さん果無さん果無さん果無さん果無さん果無さん果無さん果無さん果無さん果無さん果無さん果無さん果無さん果無さん果無さん果無さん果無さん果無さん果無さん果無さん果無さん果無さん果無さん果無さん果無さん果無さん果無さん果無さん果無さん果無さん果無さん果無さん果無さん果無さん果無さん果無さん果無さん果無さん果無さん果無さん果無さん果無さん果無さん果無さん果無さん果無さん果無さん果無さん果無さん果無さん果無さん果無さん果無さん果無さん果無さん果無さん果無さん果無さん果無さん果無さん果無さん果無さん果無さん果無さん果無さん果無さん果無さん果無さん果無さん果無さん果無さん果無さん果無さん果無さん果無さん果無さん果無さん果無さん果無さん果無さん果無さん果無さん果無さん果無さん果無さん果無さん果無さん果無さん果無さん果無さん果無さん果無さん果無さん果無さん果無さん果無さん果無さん果無さん果無さん果無さん果無さん果無さん果無さん果無さん果無さん果無さん果無さん果無さん果無さん果無さん果無さん果無さん果無さん果無さん果無さん果無さん果無さん果無さん果無さん果無さん」
再度俺が目に映りくむはは俺の名を無限に連呼し俺に手を伸ばす。
「助けて助けて抱かせて上げるし何でもして上げる犬にだってなってあげる責任取ってくれるって言ったじゃ無い助けて助けてお願い。
果無さん果無さん果無さん果無さん果無さん果無さん果無さん果無さん果無さん果無さん果無さん果無さん果無さん果無さん果無さん果無さん果無さん果無さん果無さん果無さん果無さん果無さん果無さん果無さん果無さん果無さん果無さん果無さん果無さん果無さん果無さん果無さん果無さん果無さん果無さん果無さん果無さん果無さん果無さん果無さん果無さん果無さん果無さん果無さん果無さん果無さん果無さん果無さん果無さん果無さん果無さん果無さん果無さん果無さん果無さん果無さん果無さん果無さん果無さん果無さん果無さん果無さん果無さん果無さん果無さん果無さん果無さん果無さん果無さん果無さん果無さん果無さん果無さん果無さん果無さん果無さん果無さん果無さん果無さん果無さん果無さん果無さん果無さん果無さん果無さん果無さん果無さん果無さん果無さん果無さん果無さん果無さん果無さん果無さん果無さん果無さん果無さん果無さん果無さん果無さん果無さん果無さん果無さん果無さん果無さん果無さん果無さん果無さん果無さん果無さん果無さん」
これは親愛でも何でも無い。ただ死にたくない一心でくむはは必死に俺に縋り付こうとして俺に手を狂気を俺に向けてくる。
その狂気ならもしかしたら。
いいさ、どうせ壊れた心だ。その狂気を受け入れてやる。
「俺だっ俺を『果無 迫』ただ信じて念じろ」
俺は覚悟を決めてくむはの手を取った。
「はてなしさん」
一瞬だけ目に理性が戻った。
「俺だけを思え俺の為だけに生き俺の為だけに死ね」
俺はくむはに俺のものとする印を刻み込む為キスをした。
「はい、私は病めるときも健やかなときも貴方と・・・」
くむはは最後に微笑む目を俺に向けて消え去り手には旋律具「あめの糸」のみが残った。
これが俺が選んだ選択の結果。
戦う事で無く手を離すことを選んだ結果。
どうしようも無かったとは言え、お前はこんな俺を信じ切れたか?
それとも最後は俺を呪っていたのか?
どっちでもいい。お前が心に強く刻めたのなら。
俺も俺の選択を全うしよう。
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