第456話 私

 美しい女がいた。

 流れる金髪が乱れ苦悶の表情を浮かべている

 美しい女がいた。

 引き締まった腹の臍に腕をめり込まれ笑みを浮かべていた


 トンネルを抜けるとそこは雪国だったはあまりに有名なフレーズ。

 昔は山一つ向こうは異国であった。

 この狭間の世界のトンネルを抜ければ何があるのか?

 現世か異界か?

 トンネルを抜けてみなければ分からない。

 トンネルに入ってみなければ始まらない。

 入ってしまえば後は抜けるまでのプロローグ。

 期待か不安かこれから始まる物語の登場人物の心理描写の助走期間

 冒険譚 怪奇譚

 そんな物語を始めたく無ければ入らなければいい

 

 人々を誘い込み

 ガラパゴス空間で人間を神の種子へと削ぎ落とし

 収穫にやって来た蒸気機関車

 蒸気機関車に運ばれる先は?神の種子を運ぶ先は?

 他で神の種子を作って運んで芽吹かせるんだ神無き新世界なのだろう

 そんな世界への入口であるトンネル

 トンネルに入ればトンネルの中は見えるが外は見えなくなる。逆もしかりで外からはトンネル内にある列車は見えなくなる。

 見えると見えないは表裏一体。

 此方が見えれば彼方からも見え。

 此方から見えなければ彼方からも見えない。

 ならば彼方から認識できるなら此方からだって認識できる表裏一体。

 イメージせよ

 トンネルという入口で認識は変わる。

 イメージせよ

 トンネルの入口に絶対に破れない膜がある

 そこに飛び込み膜が破られらければ列車に引っ張られトンネルは裏返っていく

 裏返る

 裏返る世界と同化するイメージ

 此方と彼方は表裏一体

 此方の認識と彼方の認識が裏返る

 世界が裏返って

 トンネルの内から外からの認識へと裏返った。

 

 それはTVゲームのキャラが外に飛び出てゲーマーに会うのと同じ。

 ぐにゃ~あと肛門から捲り上がっていき大腸小腸胃肺心臓皮膚と裏返っていき視覚が痛覚痛覚が聴覚聴覚が味覚視覚視覚が嗅覚とランダムに変わっていく。

 そして裏返った。

 五感を統括する頭脳が蕩けて狂いそうになるが神「果無 迫」となった私は耐えられた。

 ぐにゅ~裏返って裏の世界に~ゆにぐと認識が固定し認識した。

 黄金比の体

 豊かさと美しさを象徴する乳房

 節度と清楚を示す括れた腰

 受け止めてくれる母性を示す尻

 うっすらと脂肪が乗った美しい肉に染み一つ無い絹ような肌が覆っている

 何もかもが美しくギリシャ彫刻のように作られたとしか思えない美しさ

 彼女の体を隠すのは罪とばかりに一糸纏わぬ裸体に流れる金髪が彩りを添える

 列車内で見た金髪の女が男を誘い込むように股を開き裸体を晒している。

 怪しく蠢く穴、生命の素を呑み込み生命を生み出す。

 本能の即断即決

 私は迷うことなくそんな女の臍に手刀を放つ。

 細くしなやかな指からなる手刀は金髪の女臍にするっと入って潜り込んでいき子宮へと続く産道を締め上げた。

 金髪の女は男を狂わす苦悶の表情と呻きを上げる。

 入口は膣口

 トンネルは産道

 新世界は子宮

「これで私を異世界、いや新世界へと誘えなくなったな」

 蒸気機関車は金髪の女の膣口から入って産道を進み子宮にある新世界に回収した神の種子を運ぶはずだったが、外の世界の認識を得た私は外の世界の女の臍を貫き膣を握り締め塞いでしまった

 これで列車に子宮という新世界に運ばれることは防いだ。

「神・・に・成りた・・・・くないの?」

 浮かべる苦悶の表情すら美しい女が途切れ途切れの声で尋ねてくる。

「あら、このユガミは言葉をしゃべるのね」

 言葉をしゃべるからといって意思疎通が出来ると思うのは危険ね。

 この女の発する言葉と私の知っている同じ意味を持つとは限らない。

 愛が愛とは限らない。憎しみが憎しみとは限らない。

「確かに新世界で私は神に成れるでしょうね。

 その言葉に嘘偽りはないわね。

 でも神の認識が違うかな」

 私は顎に手を添えてコケティッシュに首を傾げる。

 当然異世界転生神になってハーレム無双なんてことはない。

 これは最新の一神教の神ではない。

 もっと原始根源的な神。

 概念の神

 太古の昔人は全ての現象に神を見たわ。

 水

 風

 土

 光

 鉄

 石

 怒り

 哀しみ

 享楽

 肉欲

言葉の数だけ司る神が合ったと言ってもいい。

 新世界の神とは概念の神

 風に成りたい人もいるでしょうし

 肉欲を司りたい人もいるかもね

 あの孤独なホームの世界で人は切り離され削ぎ落とされていき残った核の概念となる。

 私も削ぎ落とされ「果無 迫」そのものである「果無 迫」という概念となった。

「御免なさいね。私、現実世界に結構未練があるの。何も無い新世界なんてご免だわ。そういうのは外から見ている方が楽しいかしら」

 私は銃を抜き女の腹に銃口を向ける。このまま子宮を吹っ飛ばせば新世界も消える。

 これで今回のユガミ退治は終わり。

「や・め・て・・・、今まで多くの人が概念となって新世界創世に身を捧げた」

 女は涙を流して懇願する。

 普通の男だったらこの女の涙の懇願を断れないだろう。

 でも残念でした。

「捧げた? 強制でしょ。生け贄に近いわ。

 私がその囚われた魂を解放してあげるわ。

 きっと花火みたいに綺麗でしょうね」

 旋律士ではないが、この世界においては新世界八百万の神の一柱、私の概念が金髪の女を塗り潰し金髪の女は私となる。

 本気で今回くむはちゃんいらなかったわね。

 役に立ってないし、命を狙われるちゃうし、なのに新世界に運ばれるのを防いで助けてあげたりして、私って都合がいい存在ね。

 でもあの子なんか抜けてて可愛いし、あ・と・で・お礼にちょっと楽しませて貰いましょうか。

 胸の大きなウブな女の子、どんな可愛い声で泣いてくれるのかしら。

「じゃあね。神の祟りよ」

 アフターを楽しみにしつつ私が引き金を引こうとした瞬間、私の手首が切り落とされた。

「がっ」

 私は痛みに泣き叫ぶ前に耐えて攻撃してきた方を見る。

「廻」

「やあ久しぶりだね。

 暫く見ないうちに随分と素敵なレディーになったね」

 この空間に思わずフレンドリーにハイタッチしたくなるような笑みを浮かべた廻りがいた。

 私の「果無 迫」は女。

 核の部分における「果無 迫」は変わらなかったが、裏返った影響で私として女に成った。

 元が冴えない男だけあって裏返った私は誰もが振り返るレディー。時雨が美少女なら私は美人、金髪の女にだって負けない魅力で今なら時雨だってベットに誘えるかも知れない。

 甘美な夜を楽しむためにもこんなところで終わるわけにはいかない。

 私なら切り抜けられる。

「レディーの腕を奇襲で切り落とすなんて男が廃るわよ」

「緊急事態だったのでそれはご勘弁して欲しいな。

 後日埋め合わせをするよ」

 こんな出会いでなければ子宮が疼いて一夜を過ごしたくなる。

「社交辞令だったら許さないわよ」

 美人となっただけあって今の私の睨みには凄みが増す。

「勿論有言実行とさせて貰うよ」

 言質取った。

 一流ホテルのレストランとスィートルームが私を呼んでいる。

 裏返った私は性格も少し変わって享楽的。俺はあんな性格で何が人生楽しいのかしら。あーやだやだ。何とかして私は私のままでいられないかしら。

「そうか新世界、シン世廻。

 あなたが考えそうなことね」

 今回のユガミの仕込みは廻だったか。

「誤解があるようだから言っておくけど。流石に一からそれは生み出せないよ。もともと彼女はそういう存在だったんだよ」

「あら謙遜」

「美人相手に嘘を言いたくないだけさ。

 かれこれ数百年は人を誘い込んでは神に相応しい者を選定しているんじゃないかな」

「それにしては随分とハイカラね」

 牛車ならまだわかるが蒸気機関車なんてそれほど昔じゃない。

「伝統もいいが時代に合わせのも必要だからね。

 我々がもっと効率的な認識を与えただけだ」

「そう」

 その結果最近になって犠牲者が加速して話題となり俺の「果無 迫」の出番となった訳なのね。

 ある意味此奴らが余計なことをしなければこのユガミは人知れずひっそりと神隠しを続けていた訳か。

 さて事件の概要が分かったところで何も事態は好転しない。

 どうしましょう?

 片方の手は切り落とされて、もう片方の手は女の腹に入り込んだまま。

 ここで手を離せば産道が開いて列車は膣を通って子宮に到達してしまう。

 そうなれば俺は新世界の概念となってしまう。

 外に私の認識はあるが蒸気機関車の中には俺はいる。

 このピンチ、どうしましょうかね。

 抱かせて上げたら見逃してくれるかしら?

 ふふっ、何かピンチだってのに笑いが込み上げてきてしょうがないわね。

 人生死ぬ瞬間まで享楽よ。


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