第455話 めんどくさ

 列車に乗り込むとドアは自動で閉まり、蒸気が唸る音と共に動き出す。

 列車内には数人の先客がいるようだ。

 誰もが静かに佇んで此方に視線を向ける者はいない。

 くむはは先客を警戒しているが悪意は感じない、純粋に此方に興味が無いようだ。 

 静かに旅情に浸っている者に無遠慮に話し掛けるのも無粋というもの。

 声を掛けるのを辞め深呼吸を一つ。

 木煙体臭煙草などが混じり合ったくすんだ臭いが歴史を彩る。

 これが観光で乗り込んだのならどんなに胸が高鳴っただろう。今は誰も見たことが無い異界観光に別の意味で胸が高鳴る。

「取り敢えず座ろう」

 俺は辺りを警戒しているくむはに空いているボックス席を指差して提案する。

「いいのですか?」

 くむはは明らかに先客にアクションを起こしたそうで、その気持ちは理解は出来る。

「まずは様子・・・いや異界観光を楽しもうじゃないか」

 軽く肩を叩いて軽口を一つ。

「はあ」

 呆れ顔のくむはを無理に説得することはしないでボックス席の窓側に座り窓を開ければ夜風が体を洗ってくれる。

 清涼な気分に浸りつつ流れゆく夜景を観賞する。

 狭間の世界の夜空も中々に美しい。

 本当に宇宙が広がっているか知らないが、星が瞬き全く知らない星座を描き月が輝く。

 駅弁、せめて酒が一杯欲しくなるがユガミにそこまで気が利くわけがなく車内販売が来る様子はない。

 旅情が台無しだ。

 くむはは未だ席には座らず通路に立って警戒している。

「座ったらどうだ?」

「ユガミの中だというのに寛げる貴方の方が可笑しいです」

「ユガミの中に入った今更足搔いてもしょうが無いだろ?」

「もう口では適いませんね」

 くむはは諦めたように言う。

「第一そこに突っ立っていると邪魔だよ」

「邪魔?」

「失礼、通してくれないかしら」

 首を傾げたくむは乗せない透き通るような声が掛かる。

「えっ」

 警戒していたくむはが全く気配を感じ取れなかったようで驚いて振り返る。

 そこには金髪碧眼の女性がいた。

 白いドレスから見える胸や腕の肌は白磁のようにであり足下まで届く長い金髪は癖毛一つ無く川のように流れている。

 当然古代ギリシャ彫刻のように完成された美。

 そのまま美術館にでも飾れば国宝にでも成りそうな女性。

 警戒心を表していたくむはでさえ見穫れてしまう。

「すっすいません」

 慌ててくむはは俺の隣に座った。

「良い旅を」

「良い旅を」

 女性は俺を一瞥するとそのまま先の車両に行ってしまう。

「綺麗な人でしたね。人じゃないみたい」

「案外そうかもな」

「えっ」

「何を驚いているんだ?

 ここは狭間の世界、緊張感がないぞ」

「む~貴方には言われたくありません」

 くむはは怒ってぷいっと横を向いてしまう。

 相棒としては心許ないが見ている分には可愛い奴だ。

「このまま元の世界に戻れるのでしょうか?」

 やがて気が晴れたのか再び話し掛けてくる。

「戻れるといいか?」

「そりゃ勿論です」

 勿論か。

 言い淀むことなくくむはは言った。

 巻き込まれた一般人ならそれで正解なんだが、そもそも俺達はユガミを退治しに来た巻き込まれた一般人じゃない。

 このまま帰って良いわけが無い。

 だが言わない。

 キョウのような清濁併せのむ割り切りも

 ユリのように金の為のがめつさも

 時雨のように使命感から来る強い心があるわけでも無い

 普通の女子高生

 なら余計なプレッシャーを掛けるのは悪手。

 社会経験を積ませようと黒部や鬼怒との交渉にも今後連れて行くべきではない。

 魔人との対決などもってのほか。

 ユガミ退治ですら、のびのびとスポーツのようにこなせるように舞台を整えてやる必要があるだろう。

 めんどくさ。

 俺は保護者じゃない、この仕事が終わったら二度と使うことはないだろう。

「折角だ滅多に味わえない列車の旅を楽しめ」

 俺は優しい先輩の仮面を被って笑顔で言う。

「そうですね。私蒸気機関車に乗るなんて初めてです」

「俺もさ。

 何かツマミが欲しいな」

「あっならこれをどうぞ」

 くむははポケットから飴を出した。

 フルーツ味。

「これ私好きなんですよ」

「そうか。ありがとう」

 飴を一つ貰い口に放り込む。

「く~っ」

 くむはも飴を口にほおばり至福の笑顔を浮かべる。

 真面目にこの娘にこの道は合ってないな。

 普通に就職して普通に結婚して普通に家族に囲まれて亡くなるべきだ。

 二人静かに列車の揺れに身を委ねている。

 肩が重いと思ったら夜風と列車の揺り籠にくむはが俺の肩を枕代わりにうとうとしていた。

 ふっ

 別に起こすことなく外を見ていると前方を山陰が塞いでいた。

 レールは山を貫くように真っ直ぐに向かっていく。

 いよいよだな。

「起きろ」

「ふあっはあ~い。

 トンネルだ」

「そうだな」

「トンネルを抜けると雪国だった。

 この場合、元の世界だったらいいですけどね」

「怪異譚ではトンネルは異界への入口なのが定番だけどな」

「ここ既に異界ですよ」

「違うここは種子の世界。

 芽吹かせたい世界はこの先にある」

 駅のホームで神と成った俺にはこの世界の意味も先に何が待っているかも分かる。

「それってどういう意味ですか?」

 くむはの疑問に答える前に列車はトンネルに入るのであった。


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