第453話 捕食される
全ては作戦。
くむはの一瞬の隙を突いてワイヤーを電線に引っ掛け下の向かって投げておいたのだ。
ナイフでの攻撃はカムフラージュ。くむはの意識が俺に向いている間にワイヤーは上手いこと電車に引っ掛かり、電車に引っ張られ電線は横にスライドしたのだ。
予想出来ていなかったくむはと予想していた俺。
くむはは無惨に落下していき、俺は咄嗟に電線を掴み救われた。その俺の足が亡者にしがみ付かれたかの如く重くなった。
「!」
下を見るとくむはは俺の足に糸を絡ませ落下から免れていた。
流石旋律士あの状況から咄嗟に反応するとは、だが勝負は付いたな。
俺は銃を抜いて糸を必死に辿ってくるくむはの額に照準を合わせた。幾ら超人の旋律士でもこの距離この状態からは避けられまい。
「チェックメイトだな。
何か言い残すことはあるか?」
情が少し残っていたか手向けにそのくらいは聞いてやろうという気になった。
「私を撃つの?」
「互いに命を狙ったんだ恨みっこ無しだろ」
勝負は紙一重俺が下に落下していても可笑しくなかった。
「私死んじゃうの?」
気のせいかくむはの目に涙が滲んでいるように見える。
気のせいだろう。
誇り高き旋律士がそんな醜態を晒すわけが無い。
「お前だって俺の命を狙っただろ」
「だってだって」
「えっ」
見間違えじゃない。あれだけ上から目線だったくむはの目から涙が零れ出す。
図らずも俺は宣言通りくむはを泣かしたことになった。
「私だって頑張ったのよ。
なのに貴方は擁護できないほど悪党だし」
「それは先入観から来る視野狭窄だな」
元々俺が悪党という前提でけけに送り込まれた監査役、思い込みがあるのもしょうが無い。
広い目で見れば俺が如何に職務に忠実な男か分かっただろうに。
せめて俺がイケメンだったら好意的に見てくれたかも知れない悲しい誤解。
「どこがよっ。
報酬も二重どころか三重取り。被害者が出ても悲しむどころか利用しようとするし。防ぐ気があったのかすら疑わしいし。
誰がどこから見ても退魔を食い物にしている悪党じゃない」
悲しいが現実は慈善事業じゃ食っていけない。やはり先入観から企業努力を暴利を貪る行為と勘違いしたようだな。
悲しいすれ違い。
「だからといって命を狙った免罪符にはならない」
結局はそこ、どんなすれ違い勘違いがあろうとも俺の命を狙った事実は重い。
「それでも頑張って擁護しようとしたのよ。
なのに、ただでさえ母様には逆らえないのに、真っ黒なんだもん」
グズグズと言葉を詰まらせ涙声でくむは訴えてくる。
「だからなんだ。
最後の決断をしたのはお前だろ」
「してないっできなかった」
くむははイヤイヤと首を振る。
「だから、それでも、頑張って何とかしようと、私の従者になれば、反省したって言い分けが出来るかと思って、何度も何度も誘ったのに無碍に断るし」
あれサディストじゃなくて俺を助けるためだったの?
本当に蜘蛛の糸は何度も垂らされていたのに思い込みから気付かなかった視野狭窄は俺の方だとでもいうのか?
「騙されるか。化粧とかしてお前ノリノリだっただろうが」
女が泣けばコロッと騙されるのが男の悲しい性だが俺はそんな愚かな男じゃない。
「化粧の力でも借りなければ出来るわけ無いじゃ無い。
人殺しだって、人を奴隷にしようとしたり、上から目線とか、あんな恥ずかしいこと。
もう私どうすれば良かったのよ。
私を追い込んだのはあなたでしょ責任とってよ~
わあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああん」
くむはは子供のように大声で泣き出した。
くむはは旋律士だが高校生でもある。
最近時雨とか天夢華とかと出会ったので感覚が麻痺していたのかも知れない。
普通女子高生なんてあんな聖人じゃないし、あんな割り切ってもない。
そうだよな。まだ子供だよな。未成年だよな。
人を救うために俺のを犠牲にするとか、己の欲望に忠実とか、人を始末するとか、汚い政治とか。
本来ならほど遠い存在だよな。
部活とか街でショッピングとか無邪気に遊んでいて当然の年齢、俺には経験無いが。
常識はそうだろう。
常識に照らせば可笑しいことは無い。
だがこれが演技でないという保証は無い
感情豊かな普通の女子高生、任務に忠実な冷徹女子高生、男を誑かす悪女子高生、どれが本性でどれが仮面?
どうする?
ギシビシ
悩む俺の耳に不吉な音が響いてくる。
ワイヤーは未だ電車に引っ張られている。早く処理しないと電線が切れるかワイヤーが切れた反動が襲い掛かってくるか。
あまり悩んでいる時間は無い。
「死にたくないよ~」
「ふっはっは」
失笑。
鼻水と涙と流れた化粧でぐちゃぐちゃの女として見れない顔を見てしまった。
もう力が抜けた。
「分かった。分かったからもう泣くな」
力が抜けた反動で俺は銃口を降ろしてしまった。
「殺さないの?」
「殺さないよ。俺が悪かった。
全て水に流してやるから、さっさと上がってこい」
示すため俺は銃を懐に仕舞って手を差し出してしまう。
「うん」
そこからは早かった、くむはスイスイと糸を手繰り登ってきて俺の胸に飛び込んできた。
僅か数秒。くむはの心が折れてなかったら十分戦えたんじゃないか?
「私をこんなに泣かしたんだから責任ちゃんと取って下さいよ」
くむはの信頼しきった笑顔に、なぜだろう蜘蛛に捕食された錯覚に落ちるのであった。
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