第451話 賭け
ゴールが遠ざかりスタートも遠ざかる。
走れば走った分だけ線路敷きは俺を中心に広がっていく。
行こうが戻ろうがどちらにも辿り着けないハムスターの回転車、行き着く先は電車に轢かれてばーらばら。
轢死体に成りたくなければくむはの靴を舐めるのも止む無しかも知れない。
だがそもそも俺を始末しようとしたのはくむはの方であり靴を舐めたからといって本当に助けてくれるとは限らない。舐めた瞬間ば~かと切り捨てるのはいじめっ子がよくやる手だしな。
だがそもそもくむはにここから脱出出来る手段が本当にあるのか分からない。虚勢を張っているだけの可能性はある。
だがそもそもくむはは本物なのか? ユガミが見せる幻影の可能性がある。ホームからあれだけ離れたのに何で先回りできている。抜かれた覚えはない。
だが
だが
だが
理由を挙げていけば切りが無い。
だがそんなのは合理的理由を求めた虚飾に過ぎない。
一番の理由はこの胸の奥から湧き上がる感情。
ムカつくんだよ。
誰であろうと俺の心を屈服できると思っているのが我慢ならない。
リスクとリターンを考えて妥協することに戸惑いはない。面子だってどうでもいい。だが俺の心が折れることだけはない。
決断の理由が合理的じゃなくて感情なのが笑うところだが、折れない心に敬意を称して賭けに出る。
ユガミが生み出した理不尽な空間を俺の五感は認識して確定させてしまった。だがホームに降りるときに迷子等の保険で電柱に括り付けておいたワイヤー。歩けば歩くだけ袖口に仕込んだリールが回って勝手に伸びていくが、ホームとホームの間くらいしか歩いてないと考えればワイヤーは殆ど伸ばされてないことになる。
空間が伸びたときにワイヤーが切れていたり引き延ばされていたら終わりだ。
だからと言って事前に確認することは許されない一発勝負。
集中。
くむはが前に立ち電車が迫る中、外部への意識を切って己のみに超集中。
己の五感が薄れ掠れるほどにワイヤーに意識を集中して己の唯一感覚器官と化す。
ワイヤーを通して伝わる感覚を信じて
ワイヤーを引っ張った。
ぴんっと張られるワイヤーの手応えがあった。
後はそのまま手繰り寄せ進む。
一歩二歩三歩。
進む。
「うげっ」
あっという間に壁にぶつかった。
目を開ければ線路敷きからホームへと迫り上がった壁に当たっていた。
賭に勝った。
ここで振り返ってくむはを見ようとしたら、元の木阿弥。くむはとの距離を認識してしまいまたホームとの距離が離れる可能性がある。
俺は振り返ることなくホームによじ登ったタイミングで背後から電車が通過する音と風が沸き起こるのを感じた。
間一髪だった。
もういいだろうと振り返ってくむはどうなったと見ようとしたが、何列とずらりと並んだ電車が途切れることなく通過していく。
数分待っても途切れることなく電車が通過していく。
ループでもしているのか電車が途切れるのは期待出来ないようだ。
くむはは無事脱出したのか5人目の被害者になったのか。今まで見てきた被害者の顔がくむはに変わった光景を想像してしまう。
敵でも知った顔が無惨な轢死体になるのは気分は良くないな。
こっち側はもう見ていてもしょうが無い思って反対側を見れば反対側も同じだった。
電車が途切れることなく通過していく。
さてどうしたものか?
ここで幾ら待っても電車が途切れることはないだろう。
こうなったら如月さんが気付いて本当の救援が来るまで待つのも手か? いやよく考えたらここに来ることをそもそも報告してなかったような。
時雨が愛の力で助けに来てくれる。
うん、絶対に無い。
気を利かせてくれそうな大原は離島に出張中。
まずい、くむはに裏切られた以上自力で脱出するしかないのか?
ぶおーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
考え込んでいたら鼻先を電車が通過していった。
「おとっとっと」
蹌踉けながらも後ろに慌てて下がる。
無意識のうちにホームの端に歩いて行ってしまったのか?
いや
思いつきと共に後ろを振り返る。
「小さくなっている!?」
台風で川の中州が削られていくように、電車によってホームが削られていく。
徐々に徐々にホームを挟んだ線路と線路の間が狭まってホームが徐々に徐々に細くなっていく。
どうやらどっちにしろ応援を待っている余裕はないようだ。
電車に磨り潰される前に何とか脱出しないといけないが前後左右を電車に挟まれ逃げ場は無い窮地、窮地に追い込まれた俺に天からの蜘蛛の糸が目に入った。
俺は迷わず電柱によじ登り出した。
最終的に電柱も磨り潰されるかも知れないが、高所から見渡せば今までに無い発想から新たな脱出路が発想できるからもしれない。
少なくとも留まるよりは展望がある。
「ふう」
電柱にはメンテ用の足場があるのでそう苦労することなく登り切れた。そして電柱の上に立って見れば、視界の先蜘蛛の巣の上に立つくむはが待ち構えているのであった。
ハッタリじゃなかったようだな。
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