第448話 やっぱりな
待ちに徹すると決めた俺は暇つぶしに俺は月を見上げこの隔離された空間について考察を始めた。
外部から隔離された社会は独自の発達を遂げるという。
なら外部から隔離された個人はどうだろうか?
他人からの刺激が無くなり安寧に浸り穏やかに退化していくのか?
他人からの刺激が無ければ自問自答の連鎖が内に溜まり超新星の如く爆発させて
発狂するか?
オリジナリルを生み出すか?
だがこの空間には俺一人しかいない。
なら俺という存在が既にオリジナルと同等ではないのだろうか?
外の世界でありふれた思考ありふれた行動をしてもここでは唯一となる。
オリジナルは量産された時点で凡庸と成り代わる。
だが、ここでは俺の模倣する者はいない。
俺こそが唯一絶対、この空間においては神にも等しい。
神ならば何かを司らなくてはなるまい。
それも新しい神というなら新たなる概念でなければならないだろう。
今こそ三千世界を支配する概念を生み出すとき。
高揚しつつ心の片隅で冷静に見る俺もいる。
俺はやはり発狂しているのではないか?
だが発狂すら概念の起爆剤、生み出そうぞ、新概念。
あれから
何
分、時間、日、週間、月、年過ぎたのだろうか?
月は中天のままに動かず。
内なる世界で新たなる概念の構築を始め時間の感覚が無くなったころ
小指を引っ張られた気がした。
ホームに足音が響く。
「やっと見付けました」
久方ぶりの外部からの呼び掛けに目を向ければ小指を此方に向けているくむはがいた。
「笑われずに済んだな」
「ホントですね。代わりに心配掛けさせて、後でお説教ですね」
くむはは少し涙ぐみながら言う。
「それは怖いな。
だがその前に仕事を片付けよう」
石像のように固まっていた体だがグギグギ音を立てながら立ち上がれた。
「私としては病院で直ぐに検査して欲しいのですが、どうせ聞かないんでしょ」
くむはは呆れ顔で溜息交じりに言う。
くむは俺の縁を辿ってここを見付け、ここの狭間の空間を認識した以上もはや後日また来ることはそう難しくはないだろう。だがユガミが存在して旋律士がいるんだここで一旦出直すという選択肢はない。
何より一旦引いてその間に新たな犠牲者が出たら黒部が五月蠅いだろう。あんなのでも一応スポンサーだし、多少は意向に沿ってやらないとな。
「その通りだ。出直すよりここで終わらせるのが合理的だ」
「しょうが無い人ですね。
それでユガミの本体はどこです?」
「どれくらい時が経ったか知らないが今だ出てこないな」
外の時間でどれくらい経ったか分からないが、ここでなら結構な時間ベンチに座っていたと思う。徹底的に待ち型な上に人間と違って痺れを切らすということを知らないらしい。
だが本当にそうなのか?
もし俺を惨殺することでなく周囲から隔絶させることが目的だとしたら前提が変わってくる。だがだとしたら隔絶を壊すくむはに攻撃開始してもいいような気がするが、その気配はない。
所詮魔人ではなくユガミだ、意味など無いただの現象なのかも知れない。それにどんな意図があろうが退治してしまえば関係無い。
「どうしますか?」
くむはは黙り込んだ俺を急き立てるように言う。
一見ここは俺が責められる場面のようだが、魔がいることを確定させるまでが退魔官の仕事で後は雇った退魔士の仕事なので俺は体を張って職務を果たしたと断言できる。
退魔官は別に相棒ではない、ここから先は寧ろ退魔士の仕事と事務的に突き放してしまいたいが横目で見ればくむは忠犬のように俺の命令を待っている。
理不尽でも犬の期待には応えてやらねば主人として見限られるか。
「俺はユガミの電車に誘われた。電車のセットと言えば駅だろ」
「分かりました。この駅を調律します」
思い付くままに駅を破壊しろと悪の親玉みたいな命令を出したが、くむはは反論することなく承諾してくれた。
くむはは胸元から閉じられた貝殻を取り出した。そして貝殻をコンパクトのように開けるとそこには鮮やかな紅があった。
小指に紅を付けると、ぬめりと口に紅を引き、シュッと歌舞伎のように目に吊り上がるように目張りを引く。
化粧は化ける。
紅を加えるだけで、清純な少女から妖艶な女性へ脱皮する。
「ふふっ」
妖艶に微笑みくむはは貝殻を仕舞い代わりに金属たわしのような物を取り出した。
「旋律具 あめの糸」
くむははあめの糸を両手で揉んでいく、揉まれるにつれたわしくらいの大きさだったあめの糸はほぐれていきどんどん綿飴のように膨らんでいくに連れ砂鉄が流れるようなさらさら流れる音を刻み出す。そこからくむはが揉む箇所や強弱を変えれば音階が生まれ律が刻まれ出す。
旋律が流れくむはは日本舞踊のように優雅に厳かに踊り出せば、雲のようになったあめの糸は天衣ようにふらふら流れて膨らんでいく。
天網隠れて下界を洗い流す雨が降る
雨の一滴一滴が下界に付いた罪を洗い流していき
野獣は静かに息を潜める
やがて雨は上がり月と星々が優しく地上を照らして
深い森の中獣は眠りにつく
月と星々が眠り出す払暁の幕が下りて
闇に染まっていた森の中は白み始め
朝露に円網は浮かび上がり金剛石の如く輝き出す
沸き上がった白い霧は天へと狼煙のように昇っていき雲となし
天女は雲を糸引き紡いで天網を編み上げる
「天網恢恢疎にして漏らさず」
くむはが天に掌を掲げれば膨らみきったあめの糸はばっと弾けて無数の小さい綿雲がくむはを中心にゆっくりと渦を描いて漂う。
「天網消える夜の帳は我等が補う」
くむはが綿雲の渦に手を入れて紡いで振り払えば、束ねられた糸が投網の如く俺に襲い掛かってくるのであった。
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