第447話 我慢比べ
ガタンゴトン。
レールからの振動は揺り籠の心地良さ、疲れた人間を安らぎの世界に誘う。
終電の車内には仕事に疲れたサラリーマンや夜遊びに疲れた大学生などがぽつんぽつんと睡魔に誘われている。
俺は長椅子に1人座り安らぎのバイブレーションに身も思考も委ねた。
たまには何も考えないのもいいものだ。
思考が微睡んでいく
ガタンゴトン
八咫鏡の経営
闇社会との貿易
赤字と黒字の綱渡り
ガタンゴトン
出張中の大原は元気にやっているのだろうか
ねねの思惑
時雨と今度デートでもしたいな
くむはの真意
ガタンゴトン
大学のレポート間に合わせないとな
その前に教育実習を終わらせないといけないか
その前に協力者に報酬を払わないといけないのか
浮かんでは消える泡沫の泡のように断片的な思考が生まれては消えていく
ガタンゴトン
暗闇に輪郭が沈み
月明かりに輪郭が滲み
律は狂いだし世界は曖昧に沈み
ぼやけあやふやになっていく夜の電車
ガタンゴトン
微睡みに落ちていき
認識も微睡んでいく
誰もが微睡み
誰も俺を認識しない
俺も誰も認識しない
世界との繋がりが薄れていく
ふと寝落ちして瞼を開けた世界が狭間の世界でも不思議ではない。
ふいに振動が止まった。
揺り籠の終わりに目を開けると
そこは駅だった。
電車は止まっている。
駅名を告げるアナウンスはなく、ドアは開けられている。
止まっている
止まっている
車掌が来ることもなく
誰かが降りることもなく
電車内には俺ただ一人
止まっている
止まっている
ドアが閉まることもなく
電車が動き出すこともなく
駅員が来ることもない
時が止まったかの如く何も起きない。
俺が動かなければ時計の針は進まない
このまま出発して現実世界に連れ戻してはくれないようだ。
長椅子に座り開けられたドアの先を見る。
シンデレラをお城に誘ったカボチャの馬車の扉の先には、夢と希望。なら俺を誘ったこの電車のドアの先には何が待っているんだろうな?
確かめてみるしかない。
俺は電車から降りた。
背後でドアが閉まる音がしゆっくりと電車が動き出すのを感じる。
そして誰もいないホームに俺は1人取り残されていた。
「さてと」
希望はあるかなとぐるっと夜のホームを見渡す。
電柱が立っていて、外灯がぽつぽつと暗闇を切り取っている。
外灯の下、白い枠の駅名標、ベンチ、おまけ程度の花壇が見える。
トイレもなく自動販売機もない。
ホームの両側は線路に挟まれ、陸橋も構内踏切もない。
線路に挟まれた孤島のようなホーム、線路を跨いだ先には普通にホームが見え外に出る改札も見える。駅の外には灯り一つ無く黒く塗り潰された山壁が連なっていて、民家はありそうも無い。
山間に切り取られた空の上には月と雲、そしてくっきり輝く星空。
俺はいつの間に秩父の山奥まで来てしまったのか?
スマフォを取り出せば、予想通り電波は来ていない。
そしてユガミからのアクションは今のところない。
電車から降りたら直ぐにでも襲い掛かってくると思っていて身構えていたが、ありがたいのかありがたくないのか。
突っ立っていても体力を消耗するだけ、ベンチに歩いて行くついでに駅名標を見てみれば「ガラパゴス」とあった。少なくても北部電鉄にそのような駅名はない。
「よっこらしょ」
俺は爺臭い掛け声と共にベンチに座る。
被害者四人は皆惨殺されていたのだから、この後何かが起こるのは確実。
何かが襲ってくるということは直ぐには無さそうだとして、無人のホームに降り立った四人はまず何を思い何をする?
当然こんな誰もいないホームに長居をしたいとは思わない。向こうに見えるホームに線路を横切って渡って外に出ようとするだろう。向こうのホームとの間は線路二つ分ほど直ぐに渡れるだろう。だがファイルにあったように四人とも電車に轢かれたと思われる轢死体。迂闊に線路に降りる気には成れない。
ユガミからのアクションは今だなし。
今回のユガミは徹底的に待ちに徹するタイプのようだな。
動いたら罠に嵌まるが、動かなければ何も進まない。
合理的に判断しても体力のある内に動いた方がいい。
だが俺は待ちに徹しさせて貰おう。
誰もいない夜のホーム。
トイレも自動販売機もなく。
スマフォも繋がらない。
何もかもが動かなければならないと思考誘導しているように思え、ユガミの思惑に乗るのは癪に障る。
かつて我慢比べを挑んだ人間はいまい。待ちしか知らないユガミが痺れを切らしたとき俺にチャンスが生まれる。
俺は覚悟決め息を吐いて、この誰もいない狭間の空間でも輝く月を見上げるのであった。
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