第445話 屑話

「ちょっと電話に出る」

「どうぞ」

 断ると俺はこれからの会話を聞かれないように鬼怒から離れていく。きっと聞かれたら俺の株が落ちる汚い会話になるだろう。だから当然の如く付いてこようとしていたくむはも手で制すと、ムッとした顔をしたが取り敢えず足は止めてくれた。

 そうそう人の電話を聞くのはエチケット違反だぜ。

 少々時間を食ったが電話は切れていない。溜息交じりに電話に出る。

『どういうことなんですかね』

「何のことですかね?」

 開口一番の嫌みは軽口を添えてお返しする。

『四人目の被害者のことですよ』

「ああ、出たようですね。知っているなんて意外と仕事しているんですね」

『NETでもTVでも大騒ぎで嫌でも耳に入ってくるんだよ。おかげで役員に呼び出されましたよ』

 それで思ったより遅かったのか。此奴のことだから事件発生と同時に嫌みの電話が来るかと思っていたのに中々来なかったので仕事をさぼっていると思って、そう願っていた。

「そりゃご愁傷様」

『兎に角この失態どう責任を取ってくれるんですかね』

「責任? 何のことです?」

『四人目の犯行を防げなかっただろうがっ』

「はあ~依頼されたのは事件の究明、場合によっては原因の排除と後始末。

 被害を未然に防ぐのは依頼に含まれてなかったぜ。寧ろ四人目の被害者が出たことで調査が進むかもしれないぞ。喜んだらどうだ」

 間違っても鬼怒には聞かれたくない台詞だな。

『この人でなしが』

「おいおい、それは無いんじゃ無いか。

 別に俺が囮にしたわけじゃない。そんなに犠牲者を出したくなかったら、お前達の方こそ俺が事件を解決するまで電車の運行を止めれば良かっただろ。そうすりゃ犠牲者は出なかったぜ」

『子供のような屁理屈を言うなっ。

 そんなことをしたら天文学的な経済損失が発生して、結果的に大勢の人が路頭の迷うことになるんだぞ』

「俺が言うまでもなく自覚してるじゃねえか。

 結局大の為に小を切ったんだろ。だったら今更ぐだぐだ言うなよ」

『これ以上被害者が出たら、守るはずの大も守れなくなるんだよ』

「だったらなんだ? それとも俺を頸にして新しい退魔士を雇うか? そうやって時間を無駄にして北部電鉄が潰れようが社員じゃない俺には痛くも痒くも無いな」

 流石に如月さんには説教喰らうかな。

『6人だ。そこまでは我慢してやる。だが6人目が出たらお前には相応の責任を取って貰うからな』

 俺が捜査に加わる前の被害者数か。確かにこれなら俺も己の無能を思い知るな。素直に辞表を出して転職する気になる。

「北部電鉄が潰れた責任なんて逆立ちしたって俺は取れないぜ。そもそも契約にはペナルティについての取り決めはなかったぜ」

『あんまり舐めるなよ。腐っても巨大インフラ企業だ。懇意にしている政治家は幾らでもいるぞ』

 潰れる寸前献金が望めそうもない企業のために動いていくれる義理と人情の政治家がこの日本にいるかな?

「下手な脅しなんかしてないで、お前は報酬の用意をしていろ。

 そっちこそ報酬が払えなかったときどうなるか分かってるだろうな。お前1人くらいなら消せる力は持っているんだぜ。

 そうだ。今回の連続殺人鬼として逮捕してやろうか、そうすりゃお前の愛する北部電鉄は救われるかもな」

 案外いい案かも知れないな。これで丸く収まって沿線開発が進められるとなれば北部電鉄上層部も喜んで生け贄に捧げるだろう。

『くっ兎に角6人だっ』

 電話は唐突に切れた。

 恨みを買ってしまったかな。だが穏便に済ませようと中途半端に妥協していたら、報酬を減らされた上に何を要求されたか分かったもんじゃない。あの手の輩は引いたら引いた以上に食らい付いてくるからな。これ以上恨みを買う前に仕事を手仕舞いしたいと、俺はスマフォを仕舞い鬼怒の所に戻った。

「待たせたな」

「いえ。それより部下から連絡がありました。四人目の犠牲者の裏が取れました。そして取り敢えずの人物像も掴んだそうです」

「そりゃ朗報だな」

「市高 早苗、大学2年生で確定。同じゼミの生徒とかに聞いて回ったところ、恋人どころか親しい友人もいなかった模様。サークルにも入ってないようです」

 大学デビューに失敗して孤立したのか。初手で失敗すると何か思いきったことをしないと軌道修正は難しい。彼女はこれからの四年間を思って暗澹としていたのかもな。

「彼女の人生はこれから開けていくというのに、それが開かれる前に奪われるなんて絶対に許されることじゃない」

 俺とは対称的な感想を抱いた鬼怒は哀しみ怒っていた。

「果無警部、打ち合わせをしましょう。協力は惜しみません」

「そうだな」

 俺と鬼怒、そしてくむはは近くの喫茶店に入ってこれからの打ち合わせをするのであった。

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