第444話 悪い

「あなたが五津府警視正の懐刀の果無さんですか、お噂はかねがね聞いています。

 私は通称「バラバラ死体の雨」事件事件の捜査本部長をしている甲良です」

「それは買い被りですよ。如月警視の下で扱き使われているだけですよ」

 捜査本部が置かれた署の応接間で見るからに現場より政治が似合う男の愛想笑いに愛想笑いを返す。

 そうそうこれ、虚飾と悪意と打算に塗れたこの世界こそ俺の舞台。

「御冗談を。それで其方が噂の専門家ですか」

 甲良が、付いてきたというか鬼怒に追い返されることなく一緒に案内されてきたくむはの方をチラッと見る。

 鬼怒的にはこういうドロドロした政治劇は青少年に悪影響を与えないと思っているのか? それともいち早く大人の世界を見せる教育?

「風音 くむはです」

 くむはは深々と礼儀正しく頭を下げる。

「なるほど現場が混乱するのも分かりますね。

 まあ座って下さい」

 甲良は女子高生でいて何かを感じさせる雰囲気を持つくむはに納得したような顔をするとそれ以上追求することなく流した。

 この場で殺し合いになれば一番強いのはくむはであり、精神的にも民を守る旋律士としての誇りと使命感を秘めているが、それはくむはという人間の隠し味で鈍い者は気付かないが鋭い者は感付く。感じ取れたということは甲良は決して鈍くはないようで、深く関わっていいこと無しとの判断は官僚らしい処世術だ。

 この男、覚える価値はあるかもな。

「それでは失礼します」

「お茶をどうぞ」

 俺へのご機嫌取りかそこそこ可愛い婦警さんがお茶を出してくれる。少なくとも黒部と違って、多少は友好的なのだろう。

 婦警さんがお辞儀をして出ていくのを見計らって俺は口を開く。

「それでご用件は?」

 十中八九俺が現場に入ったことに対する抗議だろ。警察は縄張り意識が強いからな、部外者の介入を条件反射で嫌う。たしかに俺も迂闊に現場に姿を表してしまった、多少のお小言は仕方ない。

「率直に言います。力を貸して下さい」

 甲良が俺に頭を下げた。

 階級が下の俺に下手に出るとは五津府の威光かな? しかし初手で排除でなく協力を要請されるのは新鮮だな。此奴が五津府派閥というなら分かるが、そんな話は聞いてないし、それなら五津府が最初から手を貸すように言っておくだろう。

「正式に要請されれば直ぐにでも力を貸しますよ。しかし珍しいですね。普通は私の介入を嫌がるのではないのですか?」

 公安99課所属、一等退魔官。半官半民で魔事件の時のみ警部と同じ権限が与えられ、魔を退治するためなら法を無視した全てが許される存在。胡散臭くてしょうが無いのが退魔官という存在であり俺。

「私としては部下は皆懸命に捜査をしているし手落ちはないと思っています。しかし世間はそう思わない。四人目の犠牲者を出したことで警察への批判が増えてくるでしょう。五人目は絶対に許されない状況です」

 意訳すればこれ以上は責任問題になって、責任を取らされるのは捜査本分で偉そうに自分だと。

 まあ責任者はその為にいるんだからしょうがない、本人が納得するかは別として。

「私が何者か知っているんですよね?」

「工藤から聞いています」

「なら分かるでしょう。そのまま通常の捜査を続ければいい。その情報を精査して上が決断を下すでしょう。されて無いと言うことはまだその時期ではないのですよ。

 私が現場に入ったのもたまたま近くにいたから様子を見てみろとのことで」

 実際は大口納税者の民間からの要請でとっくに動いているけどな。それでいて捜査本部に俺を介入させてないのは、現場は意気揚々で上はまだ時期尚早と見ているんだろうな。

「貴方のことは工藤から聞いていると言いました。

 ここからは腹を割って話しましょう。

 私はもっと上に行くつもりです。こんな訳の分からない事件で躓きたくない。これだけの大事件で失態を犯せば私は二度と上を目指せなくなる」

 それは出世が仕事の官僚にとっては辛いだろうな。出世競争に敗れた官僚は去っていくのが普通だし。だがこれは五津府派による他派閥への政治的力学ではない。あんまり早くから俺が投入されるのが常態化すれば、ちょっと可笑しな難事件が発生する度に魔だと思って通常捜査を放棄するようになってしまう。魔とはイレギュラー中のイレギュラーなので、殆どの事件はどんなに不可解でも普通の人間が起こした事件なのだ。

 そういった事情を無視して腹を割ってくれた甲良に同情して、既に動いている内情をばらした場合どうなるだろう?

 甲良は喜んで捜査本部に協力するように動かすだろう。頭の固い上を無視して現場で協力し合う熱いドラマの展開だが俺は上の不評を買う。それはまずい、何となく現場っぽい俺だが立場的には現場を使うキャリア組。ただでさえ現場介入で下からの不評を買うのに上の不評まで買っては仕事がやりにくくなる。

 何より人をそんな簡単に信じるものでは無い。甲良もキャリア、言葉の裏にどんな思惑が在るか分かったもんじゃ無い。もしかしたら責任を俺に押しつけるための一手かも知れない。

 民間からの要請で既に動いているのを悟られない為にも、甲良の思惑を探る意味でも一応いい人っぽい助言をしておこう。

「なら貴方から要請してはどうですか?

 貴方ほどの立場なら要請できるはずです」

 上の判断でなく捜査本部からの要請でも退魔官は介入できる。ただ退魔官の存在を知っている者は過去関わったか者か警視クラス以上の者に限られるので数が少ないので、滅多に現場からの要請は無いらしい。

「いえ、それはそれで私の力量不足と評価される恐れがある。あくまで上からの命令による介入が望ましい」

 ほらほらほらほら可笑しな事を言いだしたぞ、・・・いや実に官僚らしい発想だな。

 横で黙って聞いている鬼怒と違って、これ以上犠牲者が出ることは眼中にない、あくまで己の出世にしか興味が無い実に官僚らしい。己の職分を戦場を心得ている。

「なら待つしか無いのでは?」

「ですが5人目が出てからでは遅いのです。そしてこのままだとそうなる公算が高いとみています」

「なるほど」

 堂々巡りに付き合うのも何か馬鹿らしく時間の無駄だからさっさと本題に入って欲しい。

「聞けば貴方は民間としての退魔業もやっているとか」

「ええ、まあ」

 実際北部電鉄の依頼で既に動いているが、それはおくびにも出さない。

 言ったところで俺にいいことがあるとは思えないし、守秘義務という建前もあるので問題なし。

「ならば私個人として民間の貴方に依頼を出しましょう」

「!」

 これは完全に予想外の展開。

 警官が自分が手掛けている事件解決を民間に依頼するなんて、現場の人間からは出ない政治屋の発想。

「個人で個人の私に報酬を払うと?」

 確かに上の意向に抵触しないし俺の方は問題は無いか。しかし捜査本部長がそんな事しているのがバレたら、それはそれで責任問題になるだろう。

 官僚が弱みを握らせる。此奴も必死なのは分かった。

「多少なら蓄えはあります。足りない分は貸しにして貰えるとありがたい。未来の警視正への借りなら安くはないだろ」

 確かに将来にわたって警察機構に残るつもりなら魅力的かも知れないが、俺としては時雨との契約の1年が過ぎたら辞めるつもりだし。

「それでもし魔事件で私が解決してしまったらどうするんです?」

「その為に鬼怒をこの場に同席させたのです。彼とそこは綿密に連携を取って貰いたい」

 つまり俺が捜査して解決して華は現場に持たせろと。

「必要なら私の方で絵図を描いてもいい」

 流石に悪いと思ったのか甲良はそんな提案をしてくる。

「いいスケープゴートがいますかね?」

 四人もの人間を殺す連続殺人鬼に仕立てられる都合の良い人間がいるだろうか?

「魔事件なら退魔官は罪の無い一般人に冤罪を被せることすら許されると聞きましたが」

「出来るとやるの間には結構な開きがありますよ。

 私としては迷宮入りで責任者更迭でも構いませんし」

「私だってそこまで非道ではありませんよ」

 甲良は渋い顔で答える。

 俺はここでチラッと鬼怒を見る。

 この流れ的に鬼怒は捏造された犯人を捕らえるピエロ役になるが、そんなことこの男は飲み込めるのか?

「大事なのはこれ以上犠牲者を出さないことで、不幸を生むだけの真実に興味は有りません」

 なるほどね。実に鬼怒らしい。

 下手な正義マンでなく、いい人なんだな。そしてこんないい人が失脚しないのは甲良が後ろ盾になっているからか。

 悪辣官僚といい人刑事、バランスが取れたいいコンビかもな。

「いいでしょう。貴方とはこれからいい付き合いが出来ることを期待してますよ」

 俺は甲良と握手を交わし俺と鬼怒は流石に署内で打ち合わせをするわけにはいかないので、一旦署から出ることになった。

「どこかにいい喫茶店でもあるか?」

 署から出たところで俺は鬼怒に訪ねる。

「そうですね」

 ここで見計らったかのように俺のスマフォが鳴り見れば黒部からだった。

 まっ来るとは思っていたけどね。気が重い。

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