第443話 鬼怒
線路を挟んで頭から股間に掛けて左右に真っ二つにされた肉塊があった。真っ二つといっても刃物で綺麗に切断されたというより、挽きつぶされて両断された感じで切断面はミンチのように潰れている。状況的にレールの上に乗せてその上を電車が通過すればこうなる感じがする。
正中線に沿ってレール幅約70mmが人体から無くなることで人体を人体たらしめている最も重要な背骨が無くなってしまっている。その為残った肉体は内臓ごと泥のようにぐにゃぐにゃに潰れて地面に肉溜まりが生まれ、左右の肉溜まりからはぽつんと女性の乳房が一つづつ島のように浮かんでいる、手足が残ってなかったら人体だと分からなかっただろう。
シュルレアリスムのような見た者の性癖をねじ曲げてしまいそうな性と死が肉塊で描かれている。確かに未成年には見せられないかも知れないな。
性別を判定する重要な性器が無くなっているだけでなく、顔の重要な構成である鼻、口が消え去っているので、ここから元の顔を復元するのは困難だと容易に分かる。
風に吹かれそこいらに散らばっている遺留品から免許証とかが出てこないと身元特定は時間が掛かるだろうな。最悪は身元不明か。
どうなればこうなる?
犯人が何らかの方法、睡眠薬とかで女性(胸があったので取り敢えず)を線路の上に寝かしたとしよう。その上を電車の運転手が全く気付かないで轢いてしまうということはあり得るのか?
確かにここは街中を走っていてここの周りは高い建物に囲まれていて暗い。有り得なくはないが、だとして電車が全く気付かないで通過することはあり得るか?
人間1人だ下手したり脱線するかも知れない衝撃があったはず、運転手なら事故を隠蔽しようとするかも知れないが乗客が全く気付かないことがあるか?
気付けば今の時代絶対SNSに上げて話題になるだろう。
騒ぎにならずにここで電車が人間を真っ二つに轢き殺すことは不可能だ。
つまりこの女性は別の場所で電車で轢かれたように真っ二つにした後ここに放置したと考えられる。
そんなことをわざわざする可能性はあるか?
世間を騒がしたい愉快犯?
今までの事件を見て自分への追及をかわせると思った便乗犯?
この女性を殺すだけは飽き足らず、徹底的に辱めたい深い怨恨?
どれにしろ可能性は低いがやろうと思えばまだ人間でも出来る。出来るが不可能ではないというだけの話でこれで魔案件である可能性は更に高まった。だからといって捜査本部に乗り込んで指揮権を奪う気はない。通常の事件である可能性もまだ捨てきれないし、年上の部下達を掌握するのは、階級があっても苦労することは骨身に染みて分かっている。
現状は独自捜査して情報だけ抜き取らせて貰うのが合理的だ。
「やはり五津府警視正が派遣するだけあってただ者ではないですね」
くむはを制服警官に託し鬼怒が俺の側に寄って来ていた。
「まだ何もしてない観察しているだけだが」
誰でも思い付く推理をしていただけで画期的な何かを思い付いたわけじゃない。これで凄いと言われても馬鹿にされたようにしか感じない。
五月蠅いのが来たし見たいものは見たしそろそろお暇させて頂くかな。
「それだけで十分ですよ。並みの刑事ならそんな風に直視できない。一緒に来た所轄の刑事はトイレに直行ですからね」
褒められたというより精神異常者のレッテルを貼られたようだ。
まあそうなんだが、知らない人間がどんな不幸に出会おうが俺には関係無い。どんなに凄惨でも死体は所詮ものに過ぎないと割り切れる。
「だが、そういうあなたも平然としていますね」
慣れただけかも知れないが鬼怒もまた肉塊から目を背けたりしていない。
「どんな死体でも嫌悪感はありません。痛ましい、ただ痛ましく悲しいだけです。この人にだって夢があり明日への希望があったはずなのに、それをこんな風に奪われていいはずがありません」
鬼怒はまるで最愛の人を亡くしたかのような哀しみに染まった顔をしている。
身も知らずの人のためによくそこまで入れ込めるな、心が普通保たないだろ。
俺とは逆ベクトルの異常者だな。
「それで何か分かりましたか?」
「こういうのに慣れてはいるが、だからと言って推理力がドラマの探偵並みにあるわけじゃ無い」
ふんっ。俺の台詞に周りにいた男達が此奴ホントかよとという顔をしたのが見えた。
「取り敢えず検死結果待ちだな」
分析不能な薬物が検出されたり怪力で押さえ付けられた跡とか不可解な何かが見つかれば、魔の正体を探ったり対抗策を考えるヒントになる。出来れば帝都警察病院に搬送して貰いたいところだ。前もって分かっていたら手を回していたんだが、早期解決で次の犠牲者を出さないと自惚れていたってことか。今から手を回して間に合うか? まだ五津府の権力便りか、何か頭が上がらなくなりそうで嫌だな。
「身元は分かったのか?」
「ええ、幸い財布が発見されて中に学生証がありました。今確認のために二名ほど向かわせています」
俺の推理を放棄した問いかけにも鬼怒は呆れることなく真面目に対応してくれる。
「そうか」
ほどなく裏も取れるだろう。現状部外者でしか無い俺に情報は漏らさないだろうから、後で五津府経由で被害者の情報を教えて貰うか。
「まだ裏は取れてませんが市高 早苗、女性、大学2年生ですね。友好関係その他どういった人物なのかは報告待ちですね」
鬼怒は頼んでもないのにべらべらと俺に被害者の情報を教えてくれた。
「俺はまだ正式に捜査に加わっていない部外者なのに教えていいのか?」
正式に捜査に加わったわけでなく、一民間企業の依頼で動いている探偵、それが今の俺のポジション。俺が五津府の権力を使って聞き出すのならいいが、自ら話しては誰かが密告すれば情報漏洩を問われる可能性はある。
流石の俺でも密告とかそれをネタに脅迫する気はないが、これだけイケメンで頭よさそうで性格も良くて出世頭、当然女にももてるんだろうな、そんな男は同僚に嫉妬されまくりで敵も多いだろうに、脇が甘いな。
「確かに本来捜査情報を部外者に教えてはいけないのでしょうね。ですがそんな些細なことを気にしては捜査は進みません」
さらりと何ら気負うことなく言う。被害者への哀悼、加害者への怒りだけで己の出世とか面子とか片隅も考えてない男のようだ。
逆に言えば己の正義の為なら掟破りも躊躇わない男とも言え、重要な情報は渡せない相手とも言える。
「それにどうせ五津府警視正経由で情報を要求されるんでしょ?」
男女関わらず人好きにさせる微笑みで軽口を叩く。
こりゃ参ったね。俺ですら鬼怒と友達になった気がしてくる。政治も出来きてイケメンを活かした人心掌握術も心得ている。まあそうで無ければとっくに足下掬われて警部補まで出世してないか。
「なら人物像も分かったら教えて貰えないか?」
四人目の被害者は学生だったのか。OL、サラリーマン、年金生活者ときて学生、一見統一性がないように見える。だが俺は如月さんがまとめた資料を熟読することで3人に共通する事項を一つ見付けていた。この学生にもそれが当てはまるのだろうか?
もし俺の読みが当たるのならこのままでは百年経っても解決できない。
「人物像ですか。金銭やトラブルより先に其方が気になるとは、我々とは違う視点から事件を見ているようですね。
やはり五津府警視正の懐刀、そうでなければ協力する意味が無い」
やった鬼怒に認められたとちょっと嬉しくなってしまう。
「手柄を奪われそうなのに嬉しそうだな」
俺は悟られないように出来るだけ無愛想な顔を作っていう。
「ええ、こんな理不尽が正されるなら願ったりですよ。
連絡先頂けますか?」
くむはへの対応でガチガチに頭が固い話の分からない奴だと思ったが、話が分かるいい奴じゃないか。
是非こういう男には出世して欲しい。今回の表の手柄は此奴に譲ろう。
「分かった」
互いにメルアドと電話番号を交換するのであった。
鬼怒と別れるのは名残惜しいが、これで俺がここにいる意味は無くなったな。あまり長居する場所じゃない立ち去るとするか。
「あっ待って下さい」
去ろうとした俺を別の私服が呼び止めた。
「何だ?」
「あなたが果無警部ですね。捜査本部長がお呼びです。来て貰えないでしょうか?」
鬼怒と話している内に報告されていたようだ。
余計なちょっかいを出すなとかお小言を貰うのかな。馬鹿正直に従う義理はないが捜査本部長には場合によっては会う必要が出てくる可能性はある。
この際だご招待されるか。
「分かった」
「鬼怒警部補も一緒に来て欲しいそうです」
「私もか?」
鬼怒が意外そうな顔で問い掛ける。
「はい」
「分かった。本部長はここにはいない署の方にいますが、果無警部足はどうしますか?」
「車を待機させている。一緒に乗って案内を頼めるか?」
「了解です」
俺は朝日さんと合流し捜査本部に向かうのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます