第442話 階級社会

 既に規制線が張られ警官が群れを成して集まってくる野次馬を現場に近付かないように睨みを効かせている。

 俺とくむはが近付いていくと警官の1人が早速呼び止めてきた。

「こらっ規制線を越えるな」

「職務ご苦労様」

「貴様、公務執行妨害でしょっぴくぞ」

 俺が敬礼をすると警官は馬鹿にされたかと思ったのか怒気が上がった。年上の部下にもちゃんと敬意を払ったというのに理不尽だ。だからもっと理不尽な水戸黄門の如き警察手帳を見せる。

「けっ警部!? 失礼しました」

 俺より遙かに年上の警官が俺に向かってビシッと敬礼する。

 階級社会は怖い怖い。

「じゃあ俺と彼女は中に入らせて貰う」

 警官はくむはをチラッと見て顔を顰めたが何も言わない。

 階級社会怖い怖い。


 規制線を越え踏切に近付いていくが野次馬に匹敵するほどの多くの警官が忙しげに動き回っているので路線内にあるという現場まで見通せない。それでも一歩一歩近付いていくと私服の1人が俺達を呼び止めた。

「誰だ君は」

「警視庁の果無だ」

 俺は呼び止めた男に警察手帳を見せる。

 私服の男は背がすらりと高く頬が少し瘦けているが、それが却ってアクセントとなって目が引かれる顔立ちをしている。私服なことからこの事件を担当している所轄の刑事か?

「果無警部? 応援が来るとは聞いてないですが」

 先程の警官と違ってそれなりの階級があるのか現場を余所者に荒らされたくないと抵抗を見せてくる。

「緊急だ。許可は取ってある。申し訳ないが時間が無かったんでな、現場への連絡は後手となってしまった。

 特例ということで現場を見せて貰う」

 きっと今頃如月さんが許可を取っていると信じている。

「後で確認させて貰っても」

「構わない。五津府警視正に取ってくれ」

 念を押してくるので五津府の名前を出しておく。これで黙るだろ。仮に黙らなくても五津府ならうまくやってくれるだろ。上司の権力は有効活用させて貰わないとな。

 俺とくむはがこれでいいだろとばかりに現場に向かおうとするとくむはだけが止められた。

「君は駄目だ」

「彼女にも許可が出ている」

 俺はしつこいなと思いつつ私服に言う。

「そんなの関係無い。未成年が見るものじゃない。あなたも大人としての義務を果たすべきだ」

 そう言われても俺だってモラトリアム大学生なんだ、立派な大人を求められても困るというもの。

 私服は頑としてくむはを先に行かせまいとしている。これ以上時間の無駄をしたくないし俺が見れればいいだけなのでくむはを置いて先に行こうかと思ったが、くむはが縋るような目を向けてくる。

「君はここで待っていなさい」

「でも私には役目が」

 私服とくむはが結論が出ない押し問答をしている。

 俺としては本人がいいと言っているんだからどんなトラウマになろうが見せてやればいいと思う。それでこそ人は成長する。

 このまま見捨てれればくむはの俺への評価が落ちて今後の働きに影響でそうだ。それは困るな。俺としてはどうでもいいが形だけでも助け船は出しておくべきだろう。

「此方のことをぐだぐだ言うが、そういうあなたは何者なんだ?」

 これで俺より階級が下の奴なら強引に行く。上だったら素直に諦める。同格だったら少しは交渉してみるか。

「私は警視庁 鬼怒 黎武梳。階級は警部補です」

 警視庁!? 所轄じゃなくて事件が大きくなってきたので捜査本部が設置され派遣された警視庁の刑事だったのか。

 この事件の表側の主役か。

 だが今はどうでもいい。それより予想通り階級は俺より下、まあ俺より上の奴なんか現場には滅多に来ないから必然なんだが。

「階級は俺の方が上だな。その俺がいいと言っている」

 嫌な奴らしく階級という権力を振り回して押し通す。納得なんかさせない力業は恨みを買うだろうが、一緒に仕事をする予定は無いし問題ないだろ。

「現場の責任者は私です。未成年に見せるものではないと判断します」

 鬼怒は階級が上の俺を前にして全く引かない。真っ直ぐ俺を見据えてくる。

 まずい、此奴俺の天敵信念のあるいい奴だ。

「ですが貴方はそうではありません。五津府警視正がわざわざ派遣するくらいですからこの事件におけるキーマンなのでしょう。私からも頼みますので事件解決のため存分に現場検証をして下さい。何かあったら私の名前を出して頂いて構いません」

 鬼怒は縄張り意識もなく爽やかに俺に頼む。

 己の手柄より事件解決を優先する刑事の鏡だな。

 利益に興味ない奴を説得する術を俺は持たない。それによく考えたら30前後の若さで巡査部長でなく警部補とはエリートなんだな。

 今後一緒に仕事をする可能性あるかも、恨みは買いたくなからここは退くか。

「仕方ない。くむははここで待っていてくれ。俺1人で見てくる」

 くむはと鬼怒を天秤に掛け、俺は鬼怒を取った。

 それに、くむはは後でちょっと豪華な夕食でもご馳走したら機嫌取れそうだし。

「あっそんな」

 縋るくむはを袖にして俺は現場に向かうのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る