第439話 準備

「お疲れ様でした。次は家までお送りすればよろしいのですか?」

 駐車場に戻ると待機していた草日が真面目な表情で聞いてくる。

 ここで待機をお願いしたときも三目なら嫌みの一つ二つは言って来ただろうが草日さんは文句一つ言わずに了承した。誠実で真面目な人で申し訳なく思ってしまうが、情に流され打ち合わせに参加させたら此方の手口が三目に流れてしまう。仕事に誠実な人だ、特殊案件処理課に戻れば特殊案件処理課のために尽くすだろう。

 そもそもこれが俺の油断を誘う演技の可能性もある。俺如き人間では会って直ぐの女性の心の内まで見通せるわけがない。

「いや八咫鏡まで頼む。そこで装備を調えて、この際だ被害者が乗っていた電車に乗ってみる」

 今更帰ったところで遅く中途半端な時間が余る。だったら明日出直すより、このまま仕事を続けた方が効率的だ。

 現状関連があると思われる被害者は3人。

 OLの尾山、サラリーマンの駒谷、年金生活の田山。

 職業、年齢、性別に統一性はなく、今のところ互いの接点は見つかっていない。最後に乗り込んだと思われる駅も時間も違って路線も二系統に分かれている。バラバラの死体が見つかった場所も尾山は踏切、駒谷は高架下、田山は線路脇となっている。

 現状共通項は北部電鉄関連というだけだ。なので個人でなく北部電鉄に恨みのある者の犯行ではないかという意見もある。怨恨等の線は警察が徹底機に調べているから、俺が出しゃばる必要は無い。そもそもどんなに猟奇的でも普通の人間が起こした事件なら俺の出番はない。

 本来ならそういった調べれば分かる情報が出揃い全ての可能性を潰した上で初めて俺が出張るべきで、安易に魔だと思うのは危険である。今回俺がフライング気味に投入されたのはひとえに黒部の政治手腕だろう。今回やり込めたことで、ただのがめついオヤジだと侮っていたら手痛いしっぺ返しをくらいかも知れないな。

 不本意ながら警察との平行捜査になったのなら俺は警察が調べない観点から捜査に入るのが効率的だろう。三人が最後に入った駅と時間は分かっている。そこから普段の使っている路線を使ったと仮定すれば、最後に乗った電車も予想出来る。三人とも終電近い電車に乗っている。終電には人が少ない、そこでこの世の不条理ユガミや魔人に遭遇した可能性はなくはない。魔人なら騒ぎになったことで警戒して犯行を控える可能性はあるが、ユガミは天災に近い、人間の思惑に左右されることなく条件さえ揃えば殺戮を続けるだろう。

 まずは同じ電車に乗って空気を感じてみる。理系にとって不本意だが、魔はこの世の不条理、理論であれこれ推理より現場を感じることが何よりも大事だ。

「分かりました。しかし帰りはどうするのですか?」

 終電近い電車に乗って何事もなければ終点まで行くことになり、かなり東京から離れることになる。タクシーで帰ったらとんでもない料金になる。終点にビジネスホテルか24Hスパでもあればいいが、なければ駅のベンチで一夜を過ごすことになるな。

「良ければ終点に迎えに行きましょうか?」

 意外なことに困った俺を察して草日が自ら提案してくる。

「深夜残業してくれるの?」

 意外だった絶対に定時で帰ると思っていた。

「残業代が出るのでしたら問題は無いです」

「それは素晴らしい」

 残業代は三目に請求してやろう。

「それじゃあお言葉に甘えて、迎えに来て貰おうかな。ついでだから頼むけど、万が一連絡無く終点に俺が表れなかったら公安への連絡も頼む。緊急連絡先を・・・」

「その必要はありません。私がいるので果無さんは何があっても無事帰ってこれます」

 くむはが心外とばかりに声を張り上げて割って入ってきた。

 いつも調査は一人だったので自然とそのつもりになっていたが今回は護衛の旋律士がいる豪華仕様だったな。

「そうか。だがいきなり朝帰りになるが大丈夫なのか?」

 俺や朝日さんと違ってくむはは未成年の高校生、旋律士とはいえ配慮はしないとな。後で責任問題になっても困る。

「私は風音家の旋律士、いらぬ気遣いです」

 くむはは侮られたとでも感じたか憤慨したように言う。

 この様子じゃ帰らせるのは無理だろう。

 この娘も堅い子だが、この調子で傍で護衛して緊張感を撒き散らされたら表れるものも表れなくなってしまう。だがそれならそれで切る口実になるか。

 どうにも女の方から食い付いてくると壺や投資詐欺と同類に思えてきて身構えてしまう悲しいモテない男の性だが、おかげで今まで生き残れてもいる。

「分かった。それでもけけさんに連絡だけはしておいてくれ」

 あの人につけ込まれる隙は僅かでも与えたくない。

「分かりました」

「あと確認しておきたいがくむはは魔の気配を感じ取れたりするのか?」

「すいませんまだ未熟で、魔の気配が濃ければ感じ取れる程度です。

 ですが精進します」

 そこは時雨やキョウと同程度か。いつか魔の気配を探れる人材に巡り会いたいものだ。仕事の効率が格段に上がるだろうから雇用費が掛かっても泥臭く魔を求めて歩き回る必要が無くなればトータルでプラスになる。

「分かった。それじゃあ今回は旋律の方に期待させて貰おう」

「お任せ下さい」

「よし八咫鏡に戻って準備を整える」

「分かりました」

「了解です」

 俺達は準備のため八咫鏡に戻るのであった。

 ちなみに八咫鏡では草日さんもちゃんと応接室で寛いで貰った。


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