第435話 利権と癒着腐敗

 東京湾のとある港に一艘の中型の連絡船が停泊していた。港は寂れているのか人はほとんどいない。そこに俺は大原と共に島村達を連れて来た。

 島村達は何処か不安そうな怯えた表情をしていて、端から見れば俺は女子高生を海外に売り飛ばす人身売買のブローカーに思われ通報されかねない。

 まあ当たらずも遠からずか。

「時間通りだな」

 これまた悪徳商売人のような三目が厳つい表情をしている草日を引き連れて連絡船から表れる。これが夜だったら本当に通報されるな。

 彼女達は連絡船に乗り東京湾を少し過ぎたあたりにある島に行く。その島には文部科学省直轄の学園があり、色々と訳ありの子供達が再生プログラムを受けて社会復帰を目指しているらしい。

 島村達は今のままじゃ社会復帰は無理なので治療を受ける必要がある。治療で記憶が戻れば文句なし、無理でも平行して社会に戻れるように教育を行うのでいつかは社会復帰できるだろう。幼児に戻った女子高生と好奇の目に晒される都会より隔離された島の方が環境はいいだろう。

「仕事だ時間厳守は当たり前だろ」

「そういうところは素直に好感が持てますね。あんまりゆっくりしている時間はありません。彼女達を早く船に乗せて下さい」

 三目がそう言うと島村達は俺の背に周り背中の服を掴む。振り返ると子犬のような目で俺を見詰め返してくる。

 ホテルでは本心が浮かび上がり俺を恨んで殺そうとしたくせに調子よすぎるだろ。

 無理矢理乗せることも出来るが、門出からそれでは後々の治療にも影響が出そうだ。

 はあ~仕方ないか。

「大原頼めるか?」

「分かりました。

 さあみんな船に乗りましょうね」

 大原が島村達の肩に包み込むように手を掛け、頼りがいのあるおねーさんの笑顔で呼び掛ける。

「おねーさんも一緒」

「一緒だよ」

「わ~い」

 島村達の不安は一蹴され笑顔になる。

「さあ、行こうね」

 島村達はおっかなびっくり船から伸びているタラップを大原に続いて渡っていく。

「大原の出張費は後で請求するからな」

 大原はなんだかんだで1週間くらいは帰ってこれないだろう。今のこの時期正直痛い、せめてこれくらい分捕らないと割が合わなすぎる。

「サービスになりませんかね」

「島村達を船の上で大人しくさせる自信があるならどうぞ」

 怪しさ全開の三目と無愛想な草日で子供をあやすことが出来もんならやってみろ。そもそも此奴らなんで教育関係の仕事やってんだ? 向いているように見えない。

「それは無理ですね。そしてお金も出せない。ですので代わりに草日君に其方の手伝いをさせましょう。

 草日君、頼みましたよ」

「分かりました」

 草日は船からタラップを通って桟橋に戻ると止める間もなくタラップを外してしまった。

「おいちょっと待て」

「其方と違って副業が認められない正規公務員の特殊案件処理課は費用が厳しいのですよ。

 安心して下さい。草日君の事務処理能力は逸品、きっと役に立ちますよ」

 そうこう言っている内に船は桟橋から離れていく。

「ちっ」

 こういうことは判断が早い。

 飛び乗れば飛び乗れるが大原を返して貰ったところで島村達が心配になる。牽制には成ったことだしこの件は貸しとしておくのが落とし所だろ。

「あんたは、いいのか?」

「いつものことです。それにたまには離れた方が清清します」

「そうか」

 分かっているのだろうか? 此方はユガミや魔人が相手、学校の問題と違い格段に命を落とす可能性が高い。尤も三目がそんなことを分かってないはずがなく、俺が他部門の人間を危険に晒して責任問題になることをするわけないと見透かしてのことだろう。

 ムカつく。

 貸しとは別に絶対に意趣返しをしてやる。

「それでこの後は予定は?」

 予定か。

 これで特魔臨時教師捜査員としての仕事は一段落付いた。あとは学園に戻って色々と事後処理を行うだけ。ホテルの件も迅速さが要求されるトラブル処理は終わって、後は経営などの腰を据える必要がある問題のみ。一応護衛兼監視兼連絡役として影狩を残してはいる。

 ふう、働き過ぎだな。

 今日くらい休んでも罰は当たらないだろうが、この後公安に顔を出さないといけない。何でも俺に客が来るそうなので公安に来るように如月さんからメールが来ていたのだ。俺に客なんて嫌な予感しかしないが如月さんには不義理は働けない。さっさと終わらせて、ちょっといい夕飯を食べて風呂にでも入って寝たい。

「公安に寄ることになっている」

「ここまであのワゴン車できていますよね。なら私が運転しましょう」

 意外にもこのまま帰るかと思っていた彼女(俺なら帰る)は仕事をする気があるようで気を利かしてくる。

 俺達は島村達を運ぶのに利用したワゴン車で公安に向かうのであった。


 公安99課の事務所に行くと如月さんはパソコンの画面を睨み付けていた。心なしか目の下に隈もあるような。

 こういう時の上司には近付かないのがベストなのだがそういう訳にも行かない。ここは明るく接した方が無難か?

「こんにちは、如月さん」

「こんにちは、果無君。

 特魔臨時教師捜査員として大活躍だったそうね」

 如月さんは満面の笑顔で「特魔臨時教師捜査員」を強調して挨拶を返してくる。

 俺は背筋が寒くなるのを感じた。草日がこの場にいなくて本当に良かった。草日にはあんまり此方のことを知られたくなかったので、送って貰った後ご苦労さんと帰って貰いたかったんだが、そこはまだ勤務時間ですと頑として譲らなかった。そこで運転手として下で待機するように命令したら渋々納得した。

 ここの内情を知られたら三目にどう利用されるか分かったもんじゃ無いからな。逆に大原は三目の何か弱みを掴んできてくれることを期待している。

「凄いよね~私なんて能力が無いから大忙しで、全然仕事が終わらないのよ。

 ご免ね、昨日お風呂入ってないから匂ったりする?」

「そっそんなことはないですよ。如月さんは優秀な人ですし、いい匂いがしますって」

 ここでハイと言うのは馬鹿の極みで、馬鹿の仮面を被って取り敢えずヨイショしておく。阿呆らしいと思ってもそれが最も合理的な社会人としての対応である。

「匂いフェチ?」

「違いますよ」

 あくまで明るくナンパ大学生の馬鹿話風立ち話世間話を維持することこそここを切り抜ける武器であり鎧である。

 今この瞬間にも客が来ないかな~。

「私なんて優秀じゃないし人望もないんだ。目を掛けていた新人君なんか文部科学省は手伝うのに私は手伝ってくれないんだ」

 此方を見る上目遣いが恨めかしい。

 大人の女性が拗ねる姿はあんまり可愛くないが、これも言ったら泥沼であることくらい空気は読めなくても計算できる。

「逆です。そもそも音畔学園の件は五津府さんの案件なんですから、私は公安の仕事を文部科学省を利用して果たしたんですよ」

 あくまで公安の仕事を果たした。退魔官が公安の仕事を果たしたとちゃんと筋は通っている。実に理論的だ。

「そんなことはどうでもいいのよ」

 バンッと如月さんはデスクを叩き山となっていた書類が崩れる。

「現実私の手が回らないほど忙しくて、三目の嫌み野郎は果無君の力で仕事が片付いたことが問題なのよ」

 これ完全にやっかみだろ。

「三目ったら私に優秀な部下のおかげで仕事が片付いたと自慢してきたのよ」

 あの野郎~。それにしても如月さんと三目はどういう関係なんだ? 共通項は2人とも若くして出世頭であることか。まあ2人が恋人だろうが何だろうが俺に影響がなければどうでもいいんだが、影響がありそうなのが困る。

「許せる? 許せるわけないよね。

 果無君は私の可愛い後輩なのよね」

「・・・」

 罠だった。ここに来たこと自体が罠だった。

「ん? 返事は?

 果無君は私の可愛い後輩じゃないの」

 はっは、ついさっきまで尊敬する上司だったんだけどな~。

 切り捨てるか? 奴隷じゃないんだ部下には上司の仕事を断る権利がある。五津府からの案件の途中であることを理由に押し切ってしまえば断れる。何より如月さん自身に何が何でも押しつける意思はない。断れば素直に愚痴を言って諦めるだろう。

「勿論如月さんは尊敬する先輩ですよ。美人だし優しいし仕事も出来るし」

「ほんと?」

「ほんとですって如月さんの頼みなら喜んで手伝いますよ」

 言ってしまった。どうせやるなら職場の人間関係は良好な方がいいから太鼓持ちくらい演じてみせる。

 退魔官の身分は凡人で退魔士の世界とコネもない俺が時雨と繋がっている為に必須条件。そして退魔官であり続けたいのなら有能であることを上に示し続ける必要がある。

 慢心すれば他の者に取って代わられるのが世の常さ。

「嬉しいな~やっぱ持つべき者は優秀で優しい後輩よね~。

 ところで血の踏切事件って知ってる?」

 にっこにこで如月さんは仕事の愚痴から仕事の話しに切り替えていく。

「まあ、ニュースで流れているくらいなら」

 どんなに仕事が忙しくてもニュースはチェックする。

「果無君がいないから私が担当することになって、情報は集めていたんだ」

 如月さんはデスクの上に蹲っていた分厚いキングファイルとUSBを俺に手渡す。キングファイルをパラパラ捲って見ると被害者の情報などが事細かく調べられまとめられている。流石如月さん忙しいだろうに仕事に手抜かりがない。ここまで調べたのなら結論を出して、コネのある旋律士に依頼を出してしまって問題ないだろう。

 つまりこの案件俺がいなくても解決していた可能性もあり、そうしたことが続けば俺はお役御免となる可能性もあった。

「魔であることは確定したんですか?」

「魔の確認は出来てないけど、私の勘では魔案件で間違いないわ」

「如月さんがそう言うならそうなんでしょうね」

 勘ではない確証を掴むのが俺の仕事と言うわけだ。魔関連の事件の影響力を考えれば慎重になるのはしょうが無い。

「それに今回は上手くすれば公安の他に鉄道会社からも報酬が出るわ。具体的な数字は自分で交渉してね」

「分かりました。後はいつも通りですね」

 魔関連の事件において、魔によって被害を被る地元社会の有力者や会社が退魔士を雇って報酬を払うのが主で、その他では被害者の家族や恋人が復讐のため退魔士を雇うというのもある。

 だが近年情報化社会の発達により、不可思議な事件を不可思議のままに放置できなくなってきた。当然批判は国家治安を司る警察機構に向けられることになる。そこで元々魔による国家犯罪者を取り締まる公安99課内に民間事件の解決と魔の隠蔽を行う退魔官を設置する動きとなった。

 民間や他部門からの人材登用をしやすくするために半官半民として退魔官は公安に所属し、事件の調査、魔事件なら社会の注目度・影響・損害などから報酬の算出、適切な退魔士への依頼と支援、事件解決後の隠蔽工作を行う。

 だが俺が退魔官となったのはイレギュラー、反対意見を抑える為本来なら国から支給される高給はカットし、報酬制とすることで俺は認められたが、そこで歪みが生まれた。

 魔事件解決のため算出された報酬から必要経費を抜いた残りが俺への報酬というわけだが、退魔官の仕事である報酬の算定も俺がする。

 するとどうなる? 

 国が払う報酬を俺が決めて俺が受け取るという一種の癒着構造が生まれた。一応報酬については如月さんと五津府の承認がいるが、端から見れば腐敗の温床。好意的な見方をすれば競合相手のいない入札に見えなくもないが、どう見てもよろしくない。

 だからと言って俺は遠慮して報酬を低く設定することはしない。なぜなら俺の装備は全て自腹、ほぼ一品物の最新科学の装備は高い。だがその装備のおかげで何回命を助けられたか数え切れない以上装備をケチるわけにはいかない。いつか今まで開発した装備をアメリカ軍にでも売って資金を回収したいものだ。

 そういう訳で鉄道会社から取っていいというのなら遠慮無く取る。限界まで搾り取る。

「じゃあ早速取りかかって貰いたいけど、そろそろ約束の時間ね。応接室を取ってあるから」

「そう言えば教えてもらえませんでしたが、誰が来るんですか? 今度は国土交通省とかいうんじゃ無いでしょうね」

 これ以上役所のしがらみは御免被りたい。

「違うわよ。果無君は私だけの可愛い後輩、これ以上他の人に手出しさせないわ」

「そうですか」

 この人やたら俺を部下でなく後輩と強調するが、もしかしてその方が若く見えるから?

「それで誰が来るんですか」

「旋律士の旧家よ。最近ちょっと落ち目だと言うから、権力を握ったあなたに売り込みに来るんじゃないかしら。でも今でもそれなりに力を持っているから粗相の無いようにね」

 利権と権力に人が寄ってくるのは定めだが、とうとう俺もそんな俗世のことまでしなくてはならなくなったようである。

 面倒臭い。


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