第433話 闇
「クワーシャとの連絡が途絶えただと」
「はい」
高級ホテルの一室にコーカソイド系の男が二人いた。一人は禿頭の老人だが腰は真っ直ぐに伸び筋肉こそ衰えているが老人とは思えない凄みを漂わせている。そんな老人にもう一人のインテリ風の青年はかしこまって報告している。
老人はマフィアの幹部で名はゲオルグ、青年はゲロルグの補佐をする幹部候補生のケーリと言う。
「もはや手段は選んでられないか。日本に入国させておいた手勢を集めろ。ホテルを襲撃するぞ」
「ここは本国ではないんですよ。日本でそんな目立つようなマネは控えた方が良いのでは、公安に目を付けられると表の商売の方にも影響が出ます」
ゲオルグはホテルを襲撃するなんて日本では考えられない暴力行為を何でも無いように静かに言う。だがケーリの方はそうはいかないようで焦った様子で諫める。
「そのくらい分かっておるわ。だがそれでも折角掴んだ日本進出の大事な足掛かりを失うわけにはいかないのだ」
「条流も直ぐに失脚するわけではないようですし、次のチャンスを持った方が良いのでは」
「甘い」
「はっ」
「甘いと言ったんじゃ。次のチャンスを待つなんて悠長なこと言うような奴は次のチャンスも逃すだけだ」
条流に大きなカシを作り永代貿易会社を乗っ取ることができるこのチャンスをどうしてもゲオルグは諦められないようである。時間を掛ければ条流も馬鹿じゃなければ対抗するだろうし、横槍が入るかも知れない。そう思えば今回は絶好のチャンスと言える。
「しかし日本の警察、公安に目を付けられる方がリスクが大きいです。我々はまだこの国で官権を黙らせるほどの力は無いんですよ」
ケーリは何とかゲオルグを思い止まらせようと食い下がる。
「ならば襲撃部隊は目的達成後そのまま車で新潟港まで行き貨物船で国に帰らせよう。それで日本の警察は何も出来なくなる。まあ、代わりに此方も日本進出のために集めておいた虎の子を手放すことになるのは痛いが仕方あるまい」
そんな簡単にいくのかとケーリは思う。それだけ派手にやれば、此方に手は伸びなくても条流には手が伸びるだろう。利益を得たものを疑えは古今東西の捜査の鉄則だ。小娘を始末できても条流を失っては意味が無いのだ。
「今が勝負の時なのだよ。これ以上の反論は許さん、貨物船の手配と合わせて急いで取りかかれ」
「はっ」
幹部にこう言われてはもうケーリはもう従うしかなかった。
街から漏れる灯りで薄暗く照らされる河川敷に十数人の男達が集まっていた。皆コーカソイド系、背が高く分厚い筋骨隆々でそれだけで暴力に溢れているのに彼等の手には犯罪組織にお馴染みのトカレフが握られていた。
男達がそれぞれ真剣な顔で武器のチェックをしている中、彼等の前にゲオルグが立つ。
「これよりお前達にはホテル「WonderRoad」を襲撃して貰う。ターゲットはエシラという小娘1人だが、証拠を残すわけにはいかないホテル内の人間は皆殺しにしろ」
「そこまでする必要があるんですか?」
良心が咎めたのか兵隊の1人が問い返す。
ゲオルグは問い掛けた兵隊の前まで行くとその頬を平手打ちした。
「甘いぞ貴様。
躓く可能性があるのなら小石ですら取り除くのだ。今回の仕事は組織の今後十年を決める、細心の注意と緊張感を持って掛かれ」
「そう言うあんたが一番脇が甘いんじゃないか」
「誰だ」
男達の銃口が一斉に声の方に向けられるが、薄闇に紛れて立つ声の主に動揺は無い。
「大人しくここからまっすぐ帰れ。
今なら何も無かったことに出来るぞ」
「お前は誰だ」
ゲオルグが豪胆にも前に出てきて問い掛ける。兵隊の後ろに引っ込んでいるような男では組織で上に立つことは出来ない。
「これだから田舎者は情報が遅い。そんなんじゃ都会じゃやっていけないぜ」
「貴様」
ゲオルグの頭に血管が浮き上がってくるのを楽しげに見ているような嫌な男はタブレットをゲオルグに投げ付けた。
「見てみろ」
「ニュース動画?」
受け取ったゲオルグはタブレットにセットしてあった動画を再生する。
『永代貿易会社部長 永代 条流さんの遺体が○×埠頭で海に転落していた車の中から見つかりました。警察は事件事故の両方で捜査を開始しています』
夕方のローカルニュース動画であった。TV放送されたものだけに調べればフェイク動画かどうかは直ぐに分かる。
後ろではケーリが直ぐさまスマフォで検索を開始している。
「だから甘いと言ったんだ。
攻めることに夢中で守りを怠ったことで、お前達は足掛かりを失った。仮に強襲が上手くいってももう先はないぞ。
今引くなら正規の貿易ルートは残してやる。それだけでもけっこうな利益は出ているはずだ。
Content is the philosopher's stone, that turns all it touches into gold.
素晴らしい言葉じゃないか老人ならこういう含蓄を含んだ言葉を好むものだろ」
「貴様」
嫌な男の嫌みたっぷりの言い方にゲオルグは歯軋りをしている。
交渉に来たのか煽りに来たのか今一分からない男である。
「進むなら全てを失うと知れ」
「何処の組織の者だ。ヤクザかチャイニーズマフィアか」
「言うと思うか?」
正体を知られていないアドバンテージを自慢気に捨てるような男では無いようだ。
「どうやらお前が小賢しくも横から掻っ攫ったようだが、それならそれでいい。我々に差し出せ」
「交渉もなくいきなり寄越せと来たか。いいね流石力の信望者シンプルだ。
断れば?」
「ここまで面子を潰された以上躊躇はしないぞ、我等の組織と全面抗争する度胸があるのかな若人」
最後は暴力が法も道理も引っ繰り返すと信じて疑わない顔であった。その顔を見て嫌な男は結論が出たようだ。
「俺の正体も掴めていないのにどうやってやるんだ。1人虚しくオナニーに励むのか?」
「この場で貴様を捕らえればいいだけのことだ。我等の拷問に耐えられるかな? 素直に言うなら今のうちだぞ」
「折角人が逃げ道は残して面子が立つようにしてやっているのに、腹芸の一つも出来ないようじゃ人の上に立つ資格は無いな。そういうのを老害って言うんだぜ」
「若造が、やっ・・・」
ゲオルグがやれと言う前に閃光弾が瞬いた。
薄暗い河川敷が昼間のように照らされ、男達が閃光から目を逸らした瞬間を待っていたかのように黒尽くめの男が飛び込んできた。閃光で目が眩んだ兵隊達が黒尽くめの男の強襲に気付いたときには黒尽くめの男は兵隊達の中に入り込んでいた。
「くそっ」
「よせっ同士討ちになる。格闘で仕留めろ」
銃を撃とうとした仲間をケーリが止める。マフィア達は素早くナイフを引き抜き構えるが、黒尽くめの男は恐れることなく飛び込んでくる。
「死ねっ」
ナイフの一閃を黒尽くめの男は掻い潜ると男の懐に飛び込むのでは無く横を走り、男の影の頭を踏み抜く。
「うげっ」
男はまるで頭を踏まれたかのように脳震盪を起こし倒れた。
「何!?」
マフィアが怯んだ隙に黒尽くめの男は次々と男達の影を踏み抜いていく。
『影狩り』
相手の影を攻撃することで本体に影響を及ぼす超能力である。科学的に魔の力を兵士に付与できないかととある機関で研究されていたらしいが、公式の記録は一切無い。
「くっ」
「このっ」
飛び込んできた男は格闘戦をすること無く影を踏んでいくだけ、訳の分からない兵隊達は自分の体はガードするが影まではガードすることなく次々と地面に蹲っていき、あっという間に残り1人となった。
「ばっ馬鹿な、全員それなりの腕の奴らだぞ」
「どうだいじいさん、お前の好きな圧倒的な暴力を見せてやったぞ。
最後だ。大人しく交渉に乗るか、全滅するか好きな方を選べ」
勝敗が決したとみるや嫌な男は老人を嬲るような口調で最後通牒する。
「巫山戯るな。奪うのは我等だ。誇りある戦士である我等が暴力に屈することなどない。
いいだろう、お望み通り全面・・・」
パンッ
ゲオルグが全面戦争の布告を言い切る前に銃声が響いた。
「なっ」
ゲオルグは胸から溢れる血が信じられないような顔で振り返る前に力尽き倒れた。
硝煙が上がる銃を握っていたのはケーリであった。
「おいおい老人は大事にしろよ」
嫌な男は白々しく言う。
「時代が違う。老い先短い老人の浪漫に付き合ってられるか」
「それで」
「貿易ルートの維持で手を打とう。やっと掴んだ真っ当なシノギを失いたくない」
「それは組織としての正式な回答だと思っていいんだな?」
「今より俺が日本でのTOPとなった問題ない。本国とも話は付ける」
「それは重畳」
「こっちは責任持って片付けるが、そっちは大丈夫なのか?
そもそもの話、条流の会社が安泰なら此方は焦ってこんな手段を取ることはなかった」
案外会社が安定していたら条流はマフィアといい付き合いが出来ていたのかも知れない。日本にいれば綺麗事が言えるが外に出ればそうはいかない。賄賂接待は当たり前でどうしても裏社会との付き合いも必要となる。外の世界で必要なのは裏社会に食われない力である。
「何とかなる段取りが出来ているから動いた。俺が不良債権をわざわざ危険を冒して取りに行く馬鹿に見るのか? なら直ちに契約破棄することを進めよう」
「分かった信用しよう」
「信用とはいい言葉だ。商売においては、まずは互いの信頼と実績を積み上げる必要がある。俺からの信用を勝ちとりたければ、お前達が自分の国で何をしようが関与しないが、この国で今日みたいな軽率な行動は二度とするなよ。あんまりこの国の警察機構を甘く見ないほうがいい。お前達の行動は把握されているぞ。一般人に死者が出ていないのと俺がいるから動いてないだけだ」
今回の事件ギリギリのところで裏社会のものにしか犠牲が出ていない。故に警察も辛うじて黙認できる。
「ハッタリで無いと信じよう。了解した」
「それに暴力はいざという時に使うから効果があるんだぜ」
「肝に銘じておこう」
「あなたとは、いい商売が出来そうで何よりだ。
では早速ビジネスパートナーとして提案だが、ここの連中の片付けに幾ら出す?
お前が幹部を弾いたこと知っている連中がいると色々と不都合だろ」
嫌な男は地面で呻いている男達と1人残っている兵隊を交互に見ながら問い掛ける。
「結構だ。此奴らは俺の兄弟だ、裏切るような奴はいない。ゲオルグは条流と相打ちになったことにするさ」
「いい筋書だ。
ではその老人は祖国に連れ帰って弔ってやるのか」
「流石にそれは無理だな。暴走して組織に損害を出しそうになったが、せめて弔ってやりたい。手配を頼めないか」
「よかろう。代金はクワーシャでどうだ」
「生きていたのか」
ケーリは驚いたようだ。返り討ちにあっているか捕まっても拷問されるくらいなら自決するように教育している。どちらにしろ生きているとは予想外だった。
「殺し損ねた。其方の組織とは手を切ってくれ、以後此方で面倒を見る」
「言わなければ分からないものを」
「商売相手となった相手への仁義だよ」
「分かった、組織としてクワーシャには二度と関与しない」
「商談成立だな。
なら、まずは遺体を残してさっさとここから消えろ。お前達みたいのはこの国じゃたむろっているだけで目立つ。通報されると面倒だ」
「分かった」
「墓地の場所は後日連絡する」
「頼むぜ」
ケーリと1人残った兵隊は倒れている男達をワゴンに運ぶと潮が引きように消えていった。
こうして決して表に出ることのない一つの事件は終わることとなった。
後日、永代貿易会社は部門毎に他会社に売り払われ消滅、幾つかの裏に近い部門は八咫鏡に吸収され八咫鏡貿易部門となるのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます