第432話 家族愛

「色々あるでしょうが、まずはお二人とも席について下さい」

「そうさせて貰おう」

「どうぞ」

 2人が応接間の上座に座るタイミングで稲葉がさっと2人の前にティーを置く。

「ご苦労。呼ぶまで下がっていてくれ」

「はい、分かりました」

 2人はここで稲葉が俺を主のように扱っているのに気付き狐につままれたかのような顔をする。そして稲葉が部屋を出て行ったタイミングで早速堅黎が口を開く。

「それで君がエシラの後見人というのはどういうことだ?」

「エシラさんのご指名です」

「何を勝手なことを言う。遺言状で指名されたわけでも血縁でも無いお前に何の資格がある」

 条篤が大きい声で割り込んでくる。

 五月蠅く鬱陶しいが親族としては当然の反応なので、現状でエシラの身かエシラが相続する財産、どちらを心配しているのか区別が付かない。

「エシラさんの信頼があります」

「巫山戯るな。どうやらお前は顔からじゃ想像出来ないが女を騙すのがうまいらしいな。だが世間知らずの若いエシラは手玉に取れても、何処の馬の骨かも分からないお前なんぞ私は認めんぞ」

 お前は父親かとツッコミたくもなるが姪の心配をする叔父としては普通の反応だな。財産の相続した若い娘の傍に俺のような男が表れれば、そりゃ疑うだろ。文句の一つも無く受け入れられた方が怖い。

 よって、まだ判断は付かない。

「そうは言いますが、そもそものあなた方が信頼できれば私の出番はなかったと思いませんか?」

 おかげでこっちはとんだばっちりだと苦々しく思いつつもニコニコと穏やかに答える俺の仮面も磨きが掛かってきたと自画自賛する。

「なっなんだと」

 怒りで立ち上がろうとした条篤を堅黎が手でさっと制する。今まで条篤とのやり取りを冷静に見ていた堅黎がついに動いた。

 やはりこっちが本命か。

「君はエシラに上手く取り入って、これからバラ色の人生が待っていると思っているようだが、それは勘違いだぞ」

「一流の入れ物一流の従業員、そして経営は三流」

 堅黎が静かに諭すように言えば俺も冷静に事実を返す。尤もこれはP.Tに調べさせた一夜漬け、試験における一夜漬けを嫌っていた俺だがいざ社会に出てみれば十分に準備が出来ることの少ないこと。意外と一夜漬けのテクニックこそ実社会で役に立つのかもな。

「知っていたか。その通りこのホテルはここ数年は赤字だ。父が支援していたからこそ存続しているようなもの。

 甘い汁は啜れないぞ」

「でしょうね」

 静広は実業家として一流だが、このホテルは静広の趣味。静広がこういうホテルに泊まりたいという願望を実現するために作られたホテルであり採算は端から考えられてない。

 静広はそれでいいだろうが、雇われている方はたまったもんじゃ無いな。まあ雇われている方も一癖も二癖もある連中のようなのでお相子とも言えるか。

「なら、君はホテルの立て直しができるのかね?」

「無理でしょうね」

 学生、退魔官、ダミー会社八咫鏡の社長、最近では特魔教諭も加わったか。俺を過労死させる気か。

 尤も時間があったとしても心が壊れた俺がサービス業を切り盛りできるとは思えない。

 おもてなし、お客様のニーズ、そんな他人の心なんか知るか。

「なら大人しく手を引きたまえ、今なら余計な借金を抱えないで済むぞ」

「今ならここの資産を売り払って大金を手にできますよ」

「!」

「あまり私を見くびらない方がいいですよ。

 美術館にある品。いい趣味をしていたようで売り払えば一財産になりそうですね」

 堅黎の忠告は正しいがそれはあくまでホテル経営を続けて永続的にチューチューしようとした場合の話だ。そうでもなければ大人が大金を払って殺し屋を雇って小娘から財産を毟り取ろうなんて思わないだろ。

 一時的に会社を持ち為すには十分な資金が手に入る。

「君には売り払うツテがあるのかな? ネットオークションで売るのとは違うぞ」

「それなりにツテはあるつもりです」

 美術品はクセが強い。国宝級が街の骨董屋に二束三文で並べられることもあれば、ゴミクズに高値が付くこともある。ここにある美術品だって、下手なことをすれば偽物の烙印を押されゴミとなる。

 美術品は的確に価値を見定め欲しい人のところに持っていく必要がある。それには金持ちネットワークが必須。若い俺にそんなもの無いと思うのは当然。

「そうか、君が言うならハッタリでは無いのだろう。

 それで美術品を売り払い、このホテルはどうするのかね?」

 堅黎から何処か此方を格下と見下す雰囲気が消え表情がビジネスマンのものとなった。

「それこそ経営手腕のある人に売ればいいじゃないですかね。駄目なら土地だけでもけっこうな価値はある」

 その土地に価値がある所為で税金が中々エグいことになっているけどな。

 正直それが出来れば一番簡単なんだけどな。エシラの大学卒業までの生活費と従業員の退職金を払って綺麗さっぱりみんな明日に向かって再出発と綺麗に終われる。

 俺ならそうするね。

 だがそれをエシラは望まない。故に俺が苦労する。

「巫山戯るなっ。父が愛したホテルだぞ。それに従業員はどうなる」

 条篤が我慢出来ないとばかりに横から噛みついてきた。

「ならあなたが、まとめてこのホテルを買いますか?

 喜んで売りますよ」

「青二才が。お前如きがこのホテルを自由に出来ると思うなよ。俺は反対だ。絶対にお前如きの自由にさせない」

 父の愛したホテルを守りたいと願う父親思いの息子だね。そういった意味ではエシラに通じている。

「そうは言ってもここのホテルを相続するエシラさんに任されたのは私なのですが。

 ここの資産を売り払った資金で少なくてもエシラさんは幸せに成れますよ。それでいいじゃないですか。それとも貴方達は姪の今後の行く末をどうするか話し合いに来たのでなく、エシラさんの財産を毟り取りに来たのですか」

「巫山戯たことを言うなっ。元々エシラの面倒は俺が見ようと思っていたわ。

 話をすり替えるな。俺は最初からお前を信用できないと言っているだけだ」

 激情して言っているだけに嘘はないだろう、っとなると条篤が殺し屋をエシラに差し向けているわけでは無いようだな。面倒を見るつもりなのに殺しては意味が無い。

 今回の事件の落とし所が見えてきたな。

「そもそもお前がエシラの後見人になっというのは本当なのか? 誰がそれを証明できる? エシラはなぜここにいない? お前がエシラを監禁しているんじゃないのか?」

 条篤は立ち上がり俺の眼前まで顔を近づけ睨み付けてくる。修羅場を潜ってきた俺でも圧を感じるほどだ。伊達に外国とやり合う貿易会社の社長じゃないな。

「それは酷い言い掛かりですね。

 刺客を全て退けてエシラさんを守り切ったのは私ですよ」

「刺客? まさか兄貴」

 堅黎は眉をピクリと動かし、条篤は何のことか分からず一瞬キョトンとした様子だったが直ぐさま堅黎の方を見る。

「まあですが、そう疑うのは当然ですね。

 なら、まずはエシラさんが私を後見人に指名したときの、立会人の二人を紹介しましょう。

 入れ」

 俺がパチンと合図するとドアが開き二人が入ってくる。二人を見て堅黎の空気が一変し、条篤は今一な反応だった。

 実はクレバーなのか本当に関係無いのか。

「この二人ほどの適任はいないと私は思うのですが、どうでしょうか?」

「・・・」

「どこかで見たような」

 堅黎は沈黙、条篤は首を傾げている。

「では紹介しましょう。

 こっちの薄汚れた男は馬堀、金次第で何でもやるようで一応の一線は引いている小心者です」

「紹介酷くない?」

 馬堀が非難がましく言うが、これでも結構評価している。あの鏡の部屋に俺同様辿り着いた男だし、何より少女の暗殺という仕事をするほど落ちてもいないが、そこそこの汚れ仕事をこなす。中々重宝する男だろう。

「っで此方のレディーは・・・」

「そっそうが、新しく条流が入れた秘書課のクワーシャだ。それが何でここにいる?」

 条篤に面識はあったようだが、あくまで新しい息子である条流の愛人候補レベルの認識だったようだ。

「どうです、この二人ほど立会人に適任な者はいないと自負してますが」

「これでも信頼していたんだが裏切ったのか」

 堅黎は馬堀を鋭く睨み付けながら言う。

 一言も言い訳を言うことなく白を切ることもしない。意外と潔いな。

「いやいやいや、裏切ってないですよ。

 此方の旦那は堅黎さんの願い通りにエシラお嬢ちゃんを守ってくれますぜ。何の問題も無いじゃ無いですか、寧ろ協力した方が堅黎さんが好きな合理的ですぜ」

「なぜその男をそうも簡単に信用する、そのことが問題だろ」

「仕事をしくじって命を助けられちゃあ、もうしょうがないじゃないですか」

 馬堀は肩を竦めてトホホと答えるが、そう言う姿がよく似合う男だ。

「仕事だけは優秀だと思っていたが、そこの評価も含めて見直す必要がありそうだな」

「言葉もありませんぜ」

 がっくり肩を落とす馬堀。今後堅黎から馬堀に仕事の依頼が無くなったとしても、俺の知ったことじゃないのでどうでもいい。

「ふう~、手駒を見誤ったようだな。

 今回は私の負けのようだな。

 いいだろう私のプランは捨ててやるから、お前のプランを言ってみろ」

 堅黎も一応エシラをどうするか考えていたようだな。是非そのプランを拝聴したいね。内容次第ではそれに乗ってもいいが、十中八九このホテルは廃業するつもりだろうな。それがまともな経営者の判断というもの。

「兄貴は認めるって言うか、俺は認めないぞ。息子の愛人の一人や二人くらい連れて来たところで脅しになんかなるか、寧ろ彼奴にはいい薬になる」

「まてっお前まさかその程度の認識なのか?」

「何がだよ兄貴。確かに条流に愛人がいると分かれば家族は荒れるかも知れないが、何その程度家族の絆があれば乗り切れる」

「はあ~」

 ここまで的外れだとこの場にいるのすら許せなくなる。

 如何如何仮面が外れそうだが、もう外してもいいかな。

「何だその溜息は。昭和臭いとか言うのか、若い連中は古くさいと馬鹿にするがこういう価値観こそ・・・」

「予想通りだがお前は関わってなかったようだな。ならこれからも関わるな」

 面倒臭いので会話を断ち切った。

「だから姪の相続の件だろ。叔父である俺が関わって何が悪い」

「もう面倒臭いのでいいですか、堅黎さん。時間が勿体ないですし」

「しっしかし」

「流石のあなたでも実の弟に引導を渡すのは嫌なのですね」

「だから何がだっ!!!」

「此方のクワーシャはあなたの息子の条流がエシラを殺すために差し向けた刺客ですよ」

「えっ????」

「そっそうなのかクワーシャさん?

 あなたは単なる息子の愛人だよな」

「あっ侮辱しているのか? 私をあんな奴の愛人なんて言うな。

 私は組織から派遣された殺し屋だよ」

「はへ」

「条篤お前大丈夫か、顔色が尋常じゃないぞ」

 ブツブツ言う条篤の顔は先程まで覇気にはち切れそうだったのに萎んだ風船のようになっていた。

「私はあんたの息子の条流にエシラを殺すように言われた殺し屋だよ。

 ちっしくじっちまったからもう廃業かも知れないがな」

「命は助けて逃走資金を摘まませてやると言っているんだ、そう悪い話じゃないだろ」

「ちっ分かってるよ。だからこうして茶番にも協力しているだろ」

 クワーシャはエレベーターから落ちて下の剣山に他の殺し屋同様串刺しにされているかと思っていたが串と串の間に体をうまく滑り込ませて助かったそうだ。

 そもそもあの高さから落ちて生きているのが凄い。その凄さに免じて止めを刺す前に取引を持ちかけた。拒否すれば始末するつもりだったが、組織や仕事への忠誠心は無いようで命と逃走資金を条件にあっさりと裏切った。

「あんた息子の管理が出来てないぞ。いや息子の方が現実が見えているからこそ動いたのか。このホテルの資産を売り払えば、あんたの会社も一時的には盛り返すだろう。

 だが無能だな。短絡的に動いた結果マフィアの食い物にされるぞ」

 元々海外との貿易を主業務とする会社だけに海外の裏社会との繋がりは静広の頃からあったらしい。ソフィアなんかもそういった繋がりから静広の部下になったようだ。それでも傑物である静広は一定以上の裏社会からの干渉を跳ね返していたらしい。

 だが条篤が後を継いでからは会社の経営は傾きだし、焦った条流は遺産に頼りエシラを殺そうとする。

 最初は慎重に辿られないように極秘裏に殺し屋組織に依頼をしていたようだが、一向に成果が上がらないで焦っているところを、何処で嗅ぎ付けたのか新規販路開拓で縁が出来た外国のマフィアが付け込んできたようだ。

 クワーシャはマフィアが派遣した殺し屋で、もし上手くいっていたら条流はもはやマフィアと切っても切れない関係になっていただろう。貿易会社であることを利用され、麻薬などの密輸を手伝わされただろう。

 警官としては見過ごすわけにはいかないのか。

「その二人を抑えられた時点で完全に俺の負けだな。

 お前は俺にどうしろと言うのだ?」

 堅黎はエシラを保護しようとしただけで悪いことはしてないのだが、甥と弟を庇うためか逃げずに前に出てくる。

「今回のトラブルの処理、俺に一任して貰おう」

「分かったが具体的には何をする」

「まずトラブルの発端である条流は消す。それでマフィアも足掛かりを失う。

 殺し屋を全て退けた俺にはそういう力がある」

 法の裁きを受けさせるという選択もあるが、そうなると色々と面倒臭い。魔と関係無い純粋な暴力犯罪なので退魔官権限も使えないので、証拠集めから始める必要がある。正直俺にそんな組織犯罪を暴くスキル無いし、時間を掛けている内にエシラが再度狙われてしまう可能性もある。

 そもそも人の命を狙ったんだ殺されたって文句は言えまい。だったら条流に消えて貰うのが一番合理的だ。

「まっ待ってくれ、条流を消すってどういうことだ」

「言葉通り消えて貰う。条流は一線を超えた以上どうしようもない」

「頼むどうか命だけは助けてやってくれ」

「今まで築いてきたもの全てを失ってもか?」

 条流に消えて貰うのはトカゲの尻尾切りという意味もある。生かすとなると被害甚大最悪会社が潰れることとなる。マフィアだって条流を許さないだろ。

「・・・。

 家族こそ俺が築いてきたものだ。

 頼む」

 条篤は最初は絞り出すようだったが最後は断言した。

 家族が大事な人情家というのは本当だったようだな。全ては会社の経営が傾いたのが運の尽きか。

「そうか。

 あんたはどうする甥を助けたいか?」

「兄弟会社の不祥事、私もノーダメというわけにはいかないだろ。それにマフィアは条流を足が掛かりに条篤、そして私を取り組む気だったんだろ」

「そうだ」

 クワーシャが答える。

「出来る範囲で協力するし金も出す。

 条流も出来るなら助けてやってくれ」

「プラス、エシラが自分の道を見付けるまで叔父としてこのホテルとセットで面倒見てやってくれ」

 これだこれぞ今回の俺の本命。全ては押しつけるために段取りを組んできた。

「待てエシラは分かるがなんでこんな不採算ホテルの面倒まで見なければならない。君が言う通り潰して売り払ってしまった方がいい」

 やはりそれが堅黎のプランか。

「それはエシラがそれを望むからだ。別に一生と言っているわけじゃ無い。エシラが独り立ちするまでだ。

 それで条流の命は助けよう」

「兄貴」

「分かったよ」

 条篤に縋るように見られ堅黎も折れた。此方は事前情報ほど合理的な男では無かったらしい。

 よしっ。これでエシラの面倒もお役御免と大団円。

 後はマフィアと話を付けるだけだ。

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