第431話 詐欺

「兄さんも来たのか」

「ああ、エシラのことでどうしても会って話したいと稲葉に言われたんでな。

 全く仕事の都合を付けるのに一苦労したぞ」

 エントランスでばったり会った恰幅のいい中年がすらりと細身の眼鏡をした中年に話し掛ける。

 恰幅のいい中年は条篤、静広の次男で情報では情に厚い体育会系の男らしい。家族仲は良好で静広から継いだ会社は今時珍しい社員は家族をモットーに経営をしている。

 細身の男は堅黎、静広の長男で損益計算で動く合理的、果無と被りそうな男らしい。家族仲は妻息子ともやや冷えていて、独自に立ち上げたIT企業は能力重視のリストラ上等の会社らしい。

「堅黎様、条篤様。お待ちしておりました。部屋に案内します」

 全身包帯塗れの老ホテルマンに出迎えられ二人はぎょっとする。

「それはありがたいが、稲葉だよな? 一体どうしたんだ?」

「労災ならちゃんと申請しろよ」

 条篤は心配そうに堅黎は平淡に言う。

「心配をお掛けましす。大丈夫ですので、気にしないで下さい。

 ただこんな外見ですので暫くは接客はできそうにありませんな」

 稲葉は屈託無く言う。

「まあ、そうだろうな。

 それで急に呼びだして何の用だ?」

「それについては主より話があると思います。

 ここで話していても時間の無駄ですし、案内しましょう」

「主?、エシラ自ら話をするというのか」

 二人はてっきりエシラを守る忠臣である稲葉がエシラの進退について相談すると思っていたので意外に思った。それでも隠れていた姪が自ら姿を表すというのならと素直に稲葉に従いホテルの応接室の前まで案内されてきた。

 コンコン、稲葉がノックしドアを開ける。

「お二人をお連れしました」

「ありがとう。入って貰ってくれ」

「はい」

 二人は中から聞こえた声が男の声であったことで違和感を覚え、中に入ると部屋にはエシラはいず二人にとって見知らぬ青年が1人いた。

 何だ此奴? それが二人の素直な感想。二人ともそこそこの会社の社長だが、保護者を失ったばかりの姪の今後のことについてと言うからわざわざ時間を作って来たというのに、中には姪でなく見知らぬ青年が1人、不審感が募るのは自然のことである。それが分かっているのか歳に似合わない仕立てのいいスーツを着た青年はホテルマンに成れそうな笑顔で挨拶をする。

「お忙しいところよく来てくれました」

「君は誰なんだ?

 てっきりエシラがいると思ったんだが」

 条篤が青年に尋ねる。

 条篤は青年が年の割にいいスーツを着て2人を前に芝居掛かっているが全く怖じ気づくことのない態度からいいところのお坊ちゃまかと推測する。そのお坊ちゃまがなぜここにいる? エシラに婚約者なんていただろうかと色々憶測が浮かぶ段階なので海千山千の社長としては取り敢えずは丁寧な対応をする。

「不審に思うのも当然のことですね。では僭越ながら自己紹介からさせて貰います。

 この度エシラの後見人になりました果無 迫です。これからよろしくお願いします」

 俺は折り目正しく腰を曲げ頭を下げるのであった。

「なっなんだと、巫山戯るなっ」

「どういうことなんだ? 説明願いたいね」

 条篤は驚きながら堅黎は冷静だが、2人とも詐欺師を糾弾するかの如く怒りに燃えていた。

 ちきしょうが、俺だって詐欺に遭ったようなものだってのに理不尽だ。


 昨夜、エシラを見事見付け勝負は俺の勝ちとなった、なったんだ。

 これで影狩や島村達を取り戻せて、こんな骨肉劇場からおさらばできるはずだった。骨肉の争いは部外者として見るのが一番面白く、巻き込まれればこれほどうんざりすることはない。

 だが勝負が決まり「詐欺だろ」と呟くと現実世界のホテルのパーティー用の大部屋にもどっていた。

 其処に俺はぽつんと立ち、そんな俺をホテルの従業員数十名ほどに囲まれていた。

「勝負は俺が勝ったぞ」

 俺は正面に立っていたソフィアに最後通牒のように言う。

 此奴らだって俺が勝負に勝ったことは知っているはず、なのにそれを反故にしてここで勝負をするとなったら、俺も覚悟を決める。手段を選んでいられなくなる。

「承知しています。貴方こそがお嬢様が選んだ代理人。

 我等ホテル「WonderRoad」従業員一同貴方様に忠誠を誓います」

 ソフィアが女騎士のように姿勢を正し口上を述べると従業員一同がマスゲームのように統率された動きで一斉に俺に跪き頭を垂れた。

 この光景に気分が高揚する奴は権力者になれる素質がある。是非出世して上を目指そう。俺はこんな重荷背負うなんて冗談じゃないと心の底から思った。

「お嬢様は次の朔月に降臨されます。それまで貴方様の指示に従い万全の体勢を整えお迎えするつもりです」

「そうか」

 冗談じゃない。澄ました顔で答えたが巫山戯るな。

 俺は勝負に勝ってこんな骨肉の争い劇場から大原達を連れておさらばしたかったんだよ。なんで赤の他人の俺が骨肉の争いに参戦しなければならない。

 だが今や全くの無関係でもないのが辛い。

 エシラは保護者を失い肉親に命を狙われて精神的には死んでしまった。あの世界は謂わばエシラにとっての死後の世界に等しい。精神的に死んだエシラだが俺の精神を取り組むことで目覚める力を得た。あのまま楽しい夢を見させたまま逝かせてやればいいものを俺が辛い現実に引き戻してしまったともいえる。

 正当防衛を主張は出来るが、血は繋がっていないが心は繋がっている者を見捨てるのも目覚めが悪い。

 最低限の責任だけは取ろう。

 目覚めたときには普通の少女として暮らせていけるようにすることでお役御免とさせて貰う。それに折角目覚められたのに俺と一緒にいては裏街道を生きることになる。それはあまりにも可哀想だろ。

 さあ、保護者として最初で最後の責任を果たすとしよう。


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