第426話 思い上がり
「それに俺が付き合う義理か義務があるのか?」
ついでに言えばメリットもない。
命を狙われた以上容赦はしない。少女を殺せないなんていう高潔な騎士でも無い俺にソフィアは何を提示してくるのかな。
「ちっぐだぐだと、お嬢様との勝負を受けたのはお前だろ」
ソフィアは手品のようにいつのまに指に挟んでいたタバコを俺の目の前でスーーッとうまそうに吸うと、ハーーーと俺に向かって煙を吐き出す。
態度悪、こっちが本性なんだろうがコンシェルジュの時と態度が違いすぎる。
「大事なお嬢様の前で吸っていいのか?」
「はっうるせえよ。余計なお世話だ。
うぜえ男の相手なんてタバコか酒でも飲んでなきゃやってられるか。
だいたいな、負けそうだからと約束を反故にするなんて男らしくねーぞ」
契約できたか。確かに俺にとって契約は大事だ。「契約は守る」は曲者揃いのこの業界において俺の唯一のステータスであり武器である。
うざい男と言われるのは一歩譲ったとしても、そこはいい加減に出来ない。
「一方的に申し込まれただけなんだがな」
「ぐちぐちと役人かよ。それでも受けたんだろ」
俺は退魔官という正真正銘小役人だよ。旋律士を前で戦わせ、後ろでふんぞり返っている嫌な奴さ。
「心なんてあやふやなものを見付けろとは言われなかったぜ。
ルールの説明不足の不手際なんじゃないか」
俺は確かに言われた通りエシラ・・・、エシラの肉体だけかもしれないが見付けた。普通これは勝ったと言っていいのでは?
「お嬢様に寝ている自覚はないのでしょう。今のお嬢様にとってはあの世界が現実なのです」
エシラにとっては此方が夢の世界という訳か。
それにより弁護人は契約の正当性を主張。
対する俺は被告人の過失を追及して破棄に持ち込むという手もある。
「何とか起こせないのか?」
それで契約どおり俺の勝ちになって万事解決。
「私では無理ですね」
ソフィアは予想通りの答えをあっさりと言う。
嘘を付いている悪意は感じなかった。本当にソフィアでは出来ないようだな。
「唯一可能性があるとしたら亡くなった旦那様と同じくらいの庇護者が現れたとき」
「眠り姫を起こすのは王子様のキスじゃ無いのか?」
「鏡を見て出直してこい」
ですよね。分かってるよ。イケメンで良ければ影狩で話は終わってる。
自分の面の価値くらい正確に査定してるさ。
「仮にゲームに勝って実力を示したとしても、俺にパパ役は無理だぜ」
人を1人守り育て導くなんて、俺に出来るわけがない。
「恋人はもっと無理だろ。
どうすんだよ?
どっちにしろ選択権はそっちにある」
ソフィアの言う通りそろそろ決断するときだろうな。
契約不備で破棄してここで勝負に出るか、契約を認めて勝負続行するかの二択。
契約破棄の場合だが、俺に思い込みはないのか?
本当に目の前のエシラを殺せば終わる話なのか、エシラに関係無くホテル自体がユガミ化している可能性がある。その場合、目の前の少女の肉体を破壊しても何の解決にも成らないどころか、残ったホテルの従業員の怒りを買うだけになる。ソフィアだけじゃ無い、白兎とかまだ残っている。
そもそもエシラを殺せるかも怪しい。今までのソフィアはまだどこか本気じゃなかった、だからこそ現実世界での俺に付け込める隙きが生まれこの形にもっていけた。だが大事なお嬢様の命が懸っては死物狂いになるだろう。
俺は勝てるのか?
ここは一旦退いて万全の体制で挑むという手もある。獅子神でも雇えば勝てるだろ。だがその場合もう一夜このホテルで過ごすことになる。
いつの間にか三択になったな。どれが一番合理的なんだが?
「それと一つ付け加えますが、もしお嬢様があなたを認めたら、私もあなたをマスターとして認めましょう。
その際には私を自由に使うがいい」
俺の迷いを見抜いたようにソフィアがご褒美を出してきた。
こんなおっかない召使いなんかいらないが、そこまで誠意を見せるなら。笑顔で寝ている少女を殺さないで済む道を選んでもいいかと思えてきた。
命を狙った者を見逃す選択にほっとするなんて俺も甘くなってきたのか?
「義務はないが、義理と報酬はある訳か」
「いやいや義理なら雇い主の方にあるだろ」
「!?」
声の方を向けば俺が入ってきた入口に先程美術館を彷徨いていた男がいた。
なるほどね、俺がだけが頭がいい特別だと自惚れていたようだ。俺以外にも隠しフロアを嗅ぎつけてここまで来る奴はいるということだ。
それとソフィアは気配に気付いていたな。俺1人で押さえ込んでいると思い込んでいたようだが、第三の男を警戒してあの場を迂闊に動かなったようであり、気が短そうなのに粘り強く交渉をするわけだ。
カーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ。
完全に俺の一人相撲か。恥ずかしい。俺もベットに潜り込みたい。
「断っておきますが先程の言葉に嘘偽りはありません。
お嬢様に勝ったら私は認めます」
俺の心の内を読んだようにソフィアがフォローする。
「詳しくは分からないが、色香に惑わされてお前は裏切ってそっちに付くということか」
もともと俺は雇われた殺し屋じゃないし、色香なんて感じてもいない。
「好きに捉えろ」
だがもう誤解を解くのもめんどくさい。
「いいのか、目の先の報酬に目を眩んで雇い主を裏切ると後々痛い目に合うぞ」
「だから依頼通り、一緒に少女を殺せというのか?」
頭のいい男だ。漁夫の利を虎視眈々と狙い、怪しくなって来たタイミングですかさず姿を晒して交渉を始めた。
確かにこの形でこの男と組めばソフィアに勝てるかも、逆にソフィアと組めば2人相手には分が悪いと慌てて出てくるような男なら排除出来るだろう。
主導権をこの男に握られたかと思ったが、依然俺がキーマン。
「はあ、何物騒なことを言ってるんだ? お前殺し屋か。
俺の仕事はエシラお嬢様を誑かし美味しい汁を啜ろうとする不届き者達を排除して、エシラお嬢様を無事雇い主の下に連れて行くことだ。
俺は殺し屋じゃ無い、「馬堀 道狗」探偵だぜ」
「戯れ言を」
ソフィアが誇りを傷付けられたとばかりに馬堀を睨み付ける。
ここで第三勢力登場というのか?
エシラを遺産相続まで守ろうとする者達。
エシラを遺産相続までに始末しようする者達。
そしてソフィア達を排除してエシラを保護しようとする者達。
ソフィア達がエシラを食い物にしようとしている。まああり得なくはない。ソフィア達のことは、まだよく知らないしな。命を賭けて勝負をすれば分かり合えるなんて幻想さ。
この男が言っていることが正しい可能性もある訳か。当然この男が嘘を付いている、この男の依頼主が嘘をついている可能性はある。エシラを保護し後見人として美味しい汁を啜る気なのかものな。だとすれば直接遺産相続権のない親戚が怪しいが。
まあこの場で分かることじゃない。
やはり人間は醜く、骨肉の争いは粋を極めているな。
ああ、時雨とデートして心を癒やされたい。
何が真実か分からない海の中、舵取りは間違えられない。
どの流れに乗る?
「そう睨むなよ。俺はそう依頼されただけだぜ。
もし依頼人の誤解で、あんたがお嬢様のことを思っているというなら聞けよ。
例えここで遺産相続まで生き残って無事相続できたとしてもだ。それで終わりじゃ無いぜ。今度はその遺産を狙って悪い奴やら幾らでも湧いてくる。
だったら、最初から力ある者の庇護下に入った方がいいじゃないか?」
馬堀はソフィアに殺気を当てられ、たじろぎながらも説得を試みている。
思った以上に抜け目のない奴だが、まあ一理ある。
箱入り娘が汚い大人が蔓延る世間を渡っていけるとは思えない。騙し取られ、果ては風俗に沈められる。良くある話だ。
殺そうとしないだけ、その依頼人にも情はあるのだろう。遺産は掠め取られても、命と生活は守ってくるかもしれないし、もっと酷い目に合うかもしれない。
結局現状では分からないということだ。
「戯れ言に貸す耳は無い。
お嬢様は我々が守る」
まあ本当にお嬢様が大事ならよく分からん奴に託せないし、お嬢様を食い物にしようとしているなら大事な金蔓を渡せるわけが無い。
「はあ~おおこわ。
なあ、そこのあんた俺と組んでその女を無力化し、お嬢様を依頼人に引き渡さないか。
当然報酬は俺と山分けになるが、可愛い女の子を殺すよりは後味のいい仕事だと思うぜ」
この男の中では俺はすっかり殺し屋か。さっきは依頼人への義理とか言っておいて、今はあっさり裏切れと言う。
この節操無しを信じられるのか?
「男同志で色々楽しい話をしているところ悪いですが、ここからはお嬢様の時間です」
「何!?」
しまった、もうそんな時間なのか?
クスクス、ここから出れるかしら?
どこか無邪気な声が響いてくると、俺の目の前での部屋の左右の端から風景が入れ替わっていく。
目というより認識する脳が可笑しくなりそうな光景が終わったときには部屋の光景は左右逆転していた。時計の文字盤に本の背表紙の文字がちゃんと読めるようになり、山の風景画も変わっていた。 虚像の世界が実像の世界に変わった?
そしてエシラもソフィアも消え、遠ざかる足音が響いて来る。
馬堀め、危険を感じて速攻で逃げたか。
節操無しで逃げ足も速いと来たか。厄介なタイプだな。
さて逃げ遅れた俺だが。否応なく隠れん坊を続けるしか無くなった。
「ここから出るかしら」か、人を小馬鹿にした笑い声。
面白い。今夜で隠れん坊を終わらせて泣かしてやる。
俺は部屋に入ってきた入口に左手に銃を構えて進んでいくのであった。
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