第425話 女心を探れ

「ちょうど誰もいなくなっているな」

 御簾神との食事が終わり美術館に戻ってくると元の閑散とした美術館に戻っていた。とはいえいつまた人が来るか分からない。時間は掛けていられない。

 御簾神と話していて思ったが、隠しフロアへの入り口だが難しく考えるのは辞めた。

 永代がその気なら入り口なんて絶対に見つからないところに作る。それこそ誰も泊めない部屋の中にでも設置されていたら現状お手上げだ。

 あくまで永代の遊び心、見つけられたらおめでとうというくらいの悪戯。

 だとしたらここしかない。

 俺は巨大な鏡の前に立っていた。

 巨大な鏡には俺の全身が写っている、普通の鏡だ。

 俺は誰もいないことを確認すると柵を飛び越え、鏡の前まで行くと鏡の中に腕を差し入れ、入れた腕は抵抗なく鏡の中に入っていく。

 騙し絵か。

 フレームに対して実際の鏡は壁の中に人一人分くらいのめり込んでいる。当然フレームと鏡の間に隙間が空いていることになる。普通にそんなことをすればすぐに隙間に気づいてしまいそうだが、それを防いでいるのが柵とフレームだ。柵で鏡を見る角度と距離を制限しフレームが騙し絵になっている。

 永代のじいさん、生きているうちに一度くらい会ってみたかったものだ。

 俺は誰かに見られないうちにと鏡の中に足を入れ体を鏡の中に入れていく。

 すっぽり入ればフレームより一回り大きい鏡が今度こそ本当に目の前にある。灯りはないようだが左右に通路があるのがうっすらと分かる。

 悩んだところでしょうがない、取り敢えず左側に進む。壁に当たると右に通路が続き、また壁に当たると右に通路が続いている。

 そして多分鏡の合った場所の真後ろに来たくらいで左側に通路が開いている。真っ直ぐ進むことも出来るようだが、多分元の場所に戻るだけだろう。

 最初の左右の選択に意味は無かったようで、本当の鏡の迷宮はここからか。

 目の前には、俺が写り込んでいく鏡の通路が開いていた。

 通路には自動で付く明かりはないが四方全てが鏡で出来ていて、どこかから光を取り入れているようで明るいのはいいが目が回りそうだ。

 鏡の迷宮は予想以上に視覚を困惑し俺を迷わせるだろう。合理的に行くなら、銃で鏡を破壊するという手もあるが・・・。

 諧謔に暴力で返すのは無粋だな。

 粋を気取るわけじゃないが、こういうのは俺も嫌いじゃない。永代に敬意を評して真っ向から俺の頭脳でこの鏡の迷宮を制覇してやろう。

 

 鏡の迷宮を抜けると美しい少女がベットの上で健やかな寝息を立てていた。

 俺の苦労も知らないで暢気なものだ。

「しかし、永代のじいさんはやるならとことん趣味でも手を抜かないようだな。

 ほんと金持ちの道楽だぜ」

 そこは鏡合わせの部屋。

 ぱっと見は普通の西洋風の部屋だが、全ての物が左右逆になっている。

 最初は普通の部屋と思ったが、時計の文字盤が逆になっていることに気付くと、本棚に並べられている本の背表紙の文字も全て逆だ。俺に教養が無いから分からなかっただけだろうが、壁に掛けられている美しい山の風景画もきっと左右逆に描かれているのだろう。

 俺が近付いても少女は相変わらず健やかな寝息を立てている。

 絹のような白い肌に黄金の髪。人形のように整った顔で笑みを浮かべている。夜の世界で見たエシラに間違いないようだな。良い夢を見ているようで起こすのが悪いような気もするが、起きるまで待っている時間も無い。

「見つけたぞ。

 隠れん坊は俺の勝ちだな。約束通り影狩達を開放してもらおうか」

 反応はない、楽しそうに寝ている。

 俺は寝息を立てるエシラに銃口を突き付けた。この魔がエシラが生み出したものならエシラの頭をぶち抜いた瞬間全ては解放される。

「今なら御免なさいをするだけで水に流してやるぜ。

 5つ待つ。

 5

 4

 3

 誰だっ」

「怒りで殺気を隠しきれなかったか」

 俺が気付いた気配の方に銃口を向けると気配を消して近付いていたソフィアがナイフを構えていた。

「ちょうどいい、見ていたのなら分かるだろうが・・・」

「ああ、よく分かるぞ。このケダモノが」

 ソフィアに降参を勧めて貰おうと思っていた俺の台詞を怒りを滾らせるソフィアが遮ってきた。

「何か勘違いを・・・」

「戦場で幾度も見た光景だ。お嬢様で楽しむつもりだったようだが、させはしないぞ」

 此奴は俺がエシラを犯すと思った怒りで殺気が溢れしまったらしい。

 俺がエシラを犯す?

 この見た感じ中学生くらいの娘を?

 名誉毀損も甚だしいといいたいが、枝毛一つ無くさらさらに伸びる金髪のロングヘヤーと闘気のように白く滑らかな肌を持った上に、ハーフにありがちな日本人より顔立ちがハッキリしていて欧米人ほどくどくない顔付き。

 これで碧眼を開いて笑ってくれたら。

 ・・・。

 心配で近付く男を過剰に警戒するのもいかしかたなしか。

「言いたい放題だな。まあ水に流してやろう。

 俺はあんたのお嬢様との勝負に勝ったんだぜ。さっさと・・・」

「ゲスが」

「えっ」

 ソフィアが俺に向けていたナイフの刀身が消え、腹に赤い衝撃が走った。

「ぐほっ」

 激痛に俺は銃を落とし倒れ込んでいく俺は思わずベットの掛け布団を掴むが、掛け布団もろとも床に倒れていく。

「ふん、しゃべりすぎだ。

 仕留めるときは無言でスマートに、やはりお前は相応しくないな」

 スペツナズナイフ、刀身がバネで射出される初見殺し。

「全く何処までも無粋な男だ。お嬢様が風邪を引くではないか」

 ソフィアはつかつかとベットに近寄ると落ちた掛け布団を掛け直そうとし無防備な背中が晒されたので、俺は背後からアームロックを仕掛けた。

「なっ貴様」

 ガッツリ決まるかと思わったがソフィアの反応も普通じゃない、咄嗟に両手で俺の腕を押さえ極まるのを防いだ。

「刃物使いだと分かっているんだ、それなりに対策はするさ」

 P.Tに特殊カーボンファイバーで編まれた楔帷子を持ってこさせておいたのだ。普段着ている防弾チョッキの下に着込めば銃もナイフも俺の皮膚を貫けない。そう貫けないだけで痛くないわけじゃ無い。

「どうだ、降参しないとお前の大事なメイドが死ぬぞ」

 俺はソフィアの首を絞めつつエシラに呼びかけるが応答はない。

 見捨てる見捨てない以前に、まさか昏睡状態で意識がないとでもいうのか?

 俺の意識が思考に費やしたのは僅か数瞬、その数瞬にソフィアは俺の腕を掴んでいた両手を離す。

 その後は瞬く間だった。

 ソフィアは親指を立てて両腕を水平に伸ばすとそのまま勢いをつけて後ろにいる俺の耳の穴を狙ってくる。

 万国吃驚人間並みの体の柔らかさ。

 俺が絞め落とすのが先か耳を貫かれるのが先か、なんて賭けをするまでもなく俺は腕を離し体重を乗せたクロスガードで跳ね上げられ股間を狙ってきた蹴りを受け止める。

 腕が痺れる。下手に賭けに出ていたら、股間を潰されていた。

 俺はそのまま後ろに飛び退くと同時にソフィアに袖に忍ばせていた銃を突きつける。

「王手飛車取りだ。

 避ければ大事なお嬢様に当たるぜ」

 普通仕込み銃など奇襲用で普通に使ったところで当たるものじゃない。だからこそのこの位置取り。

 お嬢様とソフィアと俺が一直線に並んでいる。これでソフィアに避けるという選択肢はなくなった。

「おのれっ」

「辞めておけ。

 最後通達だ。それ以上抵抗するなら俺も覚悟を決めるぞ」

 此奴も防弾チョッキぐらい着込んでいるかもしれないが、弾が食い込まないだけで衝撃が無くなるわけじゃない。当たって動きが鈍ったところで、お嬢様を仕留めることもできる。その際には俺は報復で殺される可能性も高いが、ソフィアにとってお嬢様の命と俺の命など比べるまでもないこと。

 もうこの女は負けを認めるしか無い。

「ぐっ」

 ソフィアは下唇を嚙むと服を脱ぎだした。

 晒される体は、見事に引き締まって筋肉が浮き、ところどころ傷跡が残っている。

 やっぱこの女がちだな。

「何のマネだ?」

「お嬢様には手を出すな。代わりに私の体をくれてやる」

「だからそういうのはいいって、そこのお嬢様が降参して俺達を解放する。もうそれだけでいいから、それだけで俺達はここから消えるから」

「こんなチャンスをみすみす逃すと? にわかには信じられないな」

 お嬢様にもこの女にも興味はない。男がみんな女の体第一と思うなよ。

「元々ただ宿を求めてきただけで、お前達のお家騒動に興味も首を突っ込む気もない」

「やはり知っていたか」

「お嬢様に勝負を挑まれた後に調べたんだよ。

 兎に角これで終わり、今なら両者失うものも得るもの無しの痛み分けで済む。

 これ以上やりあったら本当に互いに引けなくなるぞ」

 もし影狩や大原に何かあったら、ここまで穏便に済まそうと努力しなかっただろう。

 俺とソフィアしばし互いに相手の本心を探ろうと眼と眼で睨み合う。

「本気のようだな。紛らわしい雰囲気漂わせやがって、揃いも揃って表の世界の人間じゃないだろ。そんな奴らがこんな時期に来れば勘違いして当たり前だろ」

 自分たちから仕掛けておいて逆ギレかよ。

 まあ良い水に流そう。それより俺や影狩達は兎も角島村達もそういう認識か。やはり島村達も魔と接触しすぎたか。

「接客業失格の態度だな。

 兎に角解放するようにお嬢様に言え」

「それは無理だな」

「何っ!?

 それはとことんやるという意味か?」

 ここまで言って無理なら、決着を付けるしか無い。

 それとも俺がまだ甘い対応すると甘く見られているのか?

 だったら高い代償を払って貰わないとな。

「お嬢様の体はここにありますが、心はありません」

「どういう意味だ?」

「お嬢様は初めて殺し屋に襲われたときからこの状態なのです。医者が言うには体は大丈夫なようなのですが、心が帰ってきません。

 旦那様に蝶よ花よと愛されてきたお嬢様にとって初めて知った人の悪意はそれだけ衝撃だったのです」

「えっじゃあ見付けろって」

 俺は嫌な予感をしながら聞く。

「このホテルのどこかにいるお嬢様の心を見付けることです」

「なんじゃそりゃ~」

 心を見つけろ。

 恋人を口説くような禅問答のような。

 女心が分かれば俺は苦労しねえよ。

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