第424話 美とは

 美術館に入ると前と違い館内に人が2人ほどいた。そうなると変な行動は取れない俺は美術品を見つつ柱や壁をそれとなく調べていく。

 ガラスケース内には欧州で収集したであろう綺羅びやかなな皿や壺が展示されている。それらを見ながら歩いていく。

 流石にこれには仕掛けはないだろ。

 ガラスケースが途切れると柵で近づけないようにされている展示エリアになる。

 まずは美しい肉体を見せつけるブロンズの裸婦像。

 これの手を曲げると入口が開いたりするとか?

 俺の全身がすっぽり映り込むほど大きい鏡。フレームに細かく凝った装飾が施されていて素人目でもフレームが本体なのが分かる。

 そう言えば鏡は不思議の国への入口というのが定番だったな。

 俺が鏡を見れば凜々しい俺の姿を正しく映し出し、背後に何かが映っていたり、白い兎が現れたりしない。

ファンタジーRPGに出てきそうなスタイリッシュな西洋鎧

 兜を開けるとレーバーがあるとか?

 美術品を見るフリをしつつ壁や柱、果ては床のタイルなどをつぶさに観察していく。出来れば触って叩いたりしたいが、流石に他に客がいては出来ない。

 いなくなるまで粘るか。いや、こんな美術館にいつまでもいるのも怪しまれるか。そういえば朝から何も食べてなかったな。

 飯にでもするか。食事が終わる頃にはいなくなってるだろ。


 俺はホテル内のレストランに向かった。時間がずれていることもありレストランはガラガラで案内のウェイトレスには好きな席を選んでくださいと言われた。折角なので窓際の席にでも選ぼうかとしたら、窓際の席で悪食がその名に反してステーキを綺麗に食べているのが目に入った。

「まだいたのか、てっきり帰ったかと思っていたぞ」

 意外な再会だった、普通ああいう意味ありげな別れ方をしたら次の事件まで会わないものじゃないのか?

「お前か。

 折角だし座ったらどうだ?」

 地下の時と違いフランクな態度、なんか気のいいあんちゃんって感じに人違いをしてしまったかと思うほどだ。

 地下のときにはキチッと着こなし神父のような厳粛さを醸し出していた黒系のスーツも今はだらしなく着崩されて髪もセットが崩れている。

 擬態というやつか?

「そうさせて貰うか」

 悪党を食らう者。依頼人がいるのか独自で行っているか不明。

 個人的には悪党を始末してくれるなら放っておきたいところ、退魔官的には一般犯罪に関わる権限がないとはいえ警察に連絡する義理はあるかもしれない。

 だがしない。いま下手に干渉してこちらの仕事に影響を出したくない。

 影狩達を救い出す。優先順位を誤ってはいけない。

 その為にも此奴のここでの目的を知りたいところだが。

「単刀直入に・・・」

「食事中に無粋な仕事の話はやめようぜ。折角の飯がまずくなる」

 俺が切り出そうとすると悪食は露骨に嫌そうな顔をして遮ってきた。

「なら互いに趣味の話でもするのか?」

「いいね。

 ここのホテルのコンシュルジュを見たか、ありゃいい女だ。ぜひ一夜お相手願いたいと思わないか」

 俺の皮肉に旧知の悪友のように距離感を詰めてきた。思えばこんな話を俺は同性としたことがない、少し戸惑う。

「どっちの方だ?」

 ここで会話を切ってもいい事は無い、少し乗ってやることにした。

「どっちとは?」

「二人いただろ」

「そうなのか俺は一人しか会ってないが、確かソフィアと言っていたかな」

「御免こうむる」

 あんなおっかない女とベットを供にしたらいつ寝首を掻かれるか分かったもんじゃない。手足をへし折れば喉元を食い千切ってくる、あれはそういう女だ。

 あれに比べれば大原なんか可愛い小娘に見えてくる。

「かっこれだけら童貞は、ああいう大人の女の魅力がわからないか」

「外面しか見ない奴に言われたくないな」

 内面を知って同じセリフを吐ける見てみたいが、この男なら却って面白がりそうな予感がする。

 基本的に危険に対する認識が俺と逆なのだろう。

「何が悪い。俺は美の虜なんだ」

 悪食はうっとりとした目で語る。

「例えばこの料理」

 悪食はステーキをナイフで指しながら語る。

「栄養を取るという点においては意味がないが、料理は美味を求め果ては見た目も追求していく方向で発達してきた。

 そして万人はそれに異議を唱えるどころか、その価値を認めて代価を払っているぜ。

 人はだれでも美の虜、俺は人より正直なだけだ」

「生物は味や外観で食物が腐ってないか毒が無いかを判断する。美とは本来命の判断材料であり、好悪の対象ではない。だが知能が発達することで本能が壊れた人間は美を本来の命ではなく好悪の判断材料にしてしまっただけのこと。

 過剰に美を求めるのは愚か者のすることだぜ」

 まあかくいう俺も時雨の美しさに恋い焦がれる愚か者。凡人の俺はイカロスと同じで蝋の翼が溶けて墜落しても可笑しくない。

 自覚していて辞められない最も愚かな男さ。

「つまらない奴だな~お前友達いないだろ」

「ほっとけ」

「だが俺はそういう議論は嫌いじゃない上に、お前は気取っているだけの愚か者だとみたぜ。

 まあそういう不器用な男というのも俺は嫌いじゃないぜ」

「見透かしたようなことを」

「お前は勘違いをしている。そもそも美とは生存に有利とかそんなチンケなものじゃない」

「生存競争における合理的判断基準でなければなんだというんだ」

「美は神だぜ」

「はあ?」

 このウットリした目、狂信者か?

「神は人にこそ宿っている。そして美とは己の神の発露。

 だから俺は人が生み出した美を愛する」

「美人は生まれつきだろ」

 一歩譲って神の発露だとしても、それは人の手が作り出した芸術のこと。一流の仏師は木の中にいる神を掘り出すだけだという話も聞くし、無くもない。

 だが美人かどうかに人の手は介在しないだろ。確率による遺伝子の組み合わせに過ぎない。

「甘いな。美人も多大な人間の努力の賜物だぜ。

 磨かなければどんなに素晴らしい原石も石のままだ」

「美人なら悪党でもいいのか?」

「それが人間だろ」

 悪食は至極当然とばかりに言う。

「欺き奪い食らう。

 悪とは生きること。

 生きるには悪になるしかない」

 俺とは器が違う。

 俺は人間が悪と分かり絶望し、距離を置くことを選んだ。だがこの男は悪と認めて受け入れるというのか。

「ならなぜ悪食なんかしている?

 お前は人間が悪であると受け入れたんだろ」

 悪を憎む正義の心でないのなら、なぜ敢えて醜い悪に接近する。受け入れるまでは良いが、積極的に近寄るのは違うだろ。

「人は神を宿しているが、生きるためには悪に成るしかない。

 奥に眠る神を悪で押さえ込んでいくが神は決して無くならない。ならば悪で神を押さえ込む行為は神を熟成させる行為とも言えないか?」

 高圧力を加えることで墨もダイヤになる。

 まあ理解出来なくはない。

「悪党ほどその心の奥に輝く神を秘めている。

 ロマンチストだな。

 だがそれだとお前の好きな神を見ることは出来ないということになるな」

「そうでもないさ。生きるために悪を纏うなら生きる必要が無くなった刹那なら己の奥に秘められた神が現れるかもしれないじゃないか?」

「だから悪を狩るというのか?」

 死を悟った瞬間の悪党の悔悟、そこに神を見出すというのか。

 はっ狂人だぜ。

「まあ単純に悪党が嫌いというのもある。

 悪党供を排除するとスカッとするだろ」

「ふっふっ、そうかもな」

 思わず笑ってしまった。延々思想を述べたと思えば最後は感情かよ。

 実に人間くさい男だ。

「おっその顔はいいね~、いつもそういう顔をしていれば友達くらいできるかもしれないぜ」

「ほっとけ。

 思いのほかお前との会話は楽しいな」

「そりゃどうも」

「楽しい会話を続けたいんでな。やはり先にはっきりさせておきたい。

 お前のここでの目的は何だ?

 無粋だろうが俺は先延ばしに出来ない性分なんだ」

「まっお前とは気が合いそうだし、長い付き合いになるかもな」

 悪食は頭を掻きながら言う。

「いいぜ、お互い腹の内を晒してスッキリしようじゃないか。

 俺の名は 御簾神 捲、ルポライターをしている」

「果無 迫、大学生だ」

 互いに表の名乗りを上げる。

「えっお前大学生なの」

 御簾神が大仰に驚く。

「失礼な。理知的な顔をしているだろ。

 このホテルに囚われた仲間を救出したい。それ以外のことは好きにしてくれ」

「落ちぶれた名門ホテルに渦巻く陰謀。表的にも興味が注がれるだろ」

「いいね~そこいら辺を詰めつつ楽しい食事をしようぜ」

 俺と御簾神の楽しい食事は一時間ほど続くのであった。


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