第422話 ドロドロ

「ちっ」

 悪食の去る背中、落ちている銃、名も知らぬ女の死体。

 潮時か。

 目立たず1人で地下を調査するはずが乱入者が続きすぎた。これ以上ここに留まっても碌な事にはならないだろう。

 俺は銃を拾った。そして女の死体を調べたいところだ。女の線から上手くいけば依頼人やターゲットが分かるかも知れない。だが女が自称通りプロなら身バレするような物を迂闊に身に付けているとは思えない。

 せめて顔写真と思っても女の顔はこの世の苦痛と罪を絞り出された顔をしていて元の顔が思い出せないほどだ。

 蟷螂に終わる確率と次の乱入者が現れる確率を天秤に掛ければ、放棄一択。

 俺は悪食が去って行った方に続いていくと階段があり登ると普通に一階に辿り着いた。この階段は地下専用のようでこれ以上上の階には行けないように途切れていて、目の前には外に出るドア、反対側にはホテルの従業員のスペースに行く廊下が延びている。

 まっこっちだろうな。

 俺は素直にドアから外に出た。

 外には悪食の姿はなかったが、これ以上の追跡はしない。

 あれは簡単な相手じゃない。取り敢えず害が無いなら放置することにした。それよりも夜になるまでにこのホテルとは決着を付けたい。

 あんな理屈もクソも無い理不尽な世界今夜も乗り越えられる保証は無いからな。


 外に出た俺はホテル内には戻らずホテルの庭の調査を始めた。

 パシャ

 庭を歩き回り木々や岩の配置、道などは当然としてあらゆる角度からホテルの外観も後で3DMAPに起こせるくらい執拗に撮影していく。

 庭を三周ほどしたところでP.Tとの約束の時間になった。待ち合わせ場所は庭を歩き回り見付けた絶好の死角、人気も無くホテルの上階からでも影になって見ることは出来ない上に庭を囲む塀の傍にあるという密談をするためにわざと庭の設計者が作ったとしか思えないスポット。 

 そこはホテルの正門と裏門の中間くらいの塀沿いにあり、上を見上げていると塀を乗り越えドローンが降下してきた。

 あんな奴だが仕事はきちんとする。

 着陸したドローンが積んでいた荷物には頼んでおいた物資が入っていた。

 弾丸、ナイフ、ワイヤー、爆薬などの他に本命の頼んでおいた情報が詰まったタブレット。

『ご依頼の品届けだぜ』

「ああ、今確認している」

 スマフォを片手で持ちつつ荷物の確認を進めていく。

『やっぱ旦那は引きが強い。このホテル外観と違って中身はドロドロだぜ。

 詳しい資料はタブレットの方に入れておいたぜ』

「そうか。後でゆっくり見させて貰うとして、概要を頼む」

 最悪このタブレットをゆっくり読む時間は無いかも知れない。

『ホテルの持ち主は永代 静広。主に欧州との取引で財を成した男でこのホテルなんかは静広が趣味で建てたようなもので家よりこっちで殆ど過ごしていたようだ。

 それでつい先日無くなっている』

「ほう。さぞや莫大な財産が残されたんだろうな」

 なるほどP.Tが食い付きそうなネタだ。

『その通り。静広には三人の子供がいた。長男 堅黎 次男 柔衛 長女 詩妓。だが詩妓は娘を1人残して既に亡くなっている。

 その孫娘を静広は可愛がっていたようで、良くそのホテルに一緒に来ていたそうだ』

 実の息子と可愛がっていた孫娘、有力な相続者は3人というところか。

「その長男と次男は人格者なのか?」

『知らないが、互いを支援する親類縁者も加わって水面下で骨肉の戦争が始まっているらしい』

 ここで兄妹を人でなしとは決められない。こういうのは自身は人格者でも支援する者達がお零れを預かろうとして色々やらかすケースがあるからな。

「孫娘は今どこにいるんだ?」

『目下行方不明だ。静広から直接頼まれた使用人達が匿っているらしい。

 噂では一度狙われたらしい、幸いにして未遂で済んだようだが。こうなった以上使用人対は遺言の公表日まで孫娘を隠すだろうな』

 暗殺未遂。警察が介入しても可笑しくないんだが、どうなっているんだ? 俺がその気になれば警察として介入する余地はある訳か。

「それで諦めたのか?」

『そんな訳が無い。それぞれが躍起になって探しているらしい。それでその孫娘が潜伏している可能性が一番高いのがそのホテルだ。噂では既に殺し屋が何人か滞在しているらしいぞ』

「ああ何人か会ったな。

 そういえば悪食って知っているか?」

『流石旦那。レア中のレアを引き当てる。

 骨肉の争い、殺し屋、悪食。

 俄然興味が注がれる』

「悪食のデータも送っておいてくれ」

『OK。

 他には?』

「今のところはないな。

 念を押しておくが好奇心に負けて敷地には迂闊に入るなよ」

『旦那なら俺が好奇心に殺される前に呼んで貰えると信じてるぜ』

「ふっ期待に応える義理はないが、必要なら扱き使ってやるよ」

『待ってるぜ』

 色々と話が繋がりだしたが、問題は俺が何処までやるかだな。

 影狩達を取り返すだけの話と思っていたが、場合によっては金持ちの相続争いに巻き込まれるわけか。

 P.Tじゃあるまいし関わりたくないが、影狩達を取り戻してはいさようならが通用するかどうか。

 いっそ自ら食い込んでいった方が上手くいくかも知れない。

 調査をしつつ吟味する必要があるな。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る