第421話 悪食

「機械室?」

 エレベーターから延びる通路の両脇には埋め尽くすばかりの機械が並べられている。

 ビルとかの地下室には空調やボイラーがまとめて置いてあることは良くある。故に客の立ち入りを禁止しているのも不思議じゃない。

 問題は、この光景が昨夜見た光景を連想させないことだ。

 見立てと思った俺の予想は外れなのか? 

 それとも俺は見当違いの場所に来てしまったのか?

 どちらにしろ扉を潜って秘密の部屋発見とは行かなかったようだ。

「ふう~」

 深く深呼吸をする。

 今までも捜査が簡単に終わったことの方が珍しい。それに、まだこの部屋が完全に外れと決まったわけじゃない。エシラに辿り着く手掛かりがあるかもしれない。

 気持ちを切り替えていこう。

 俺は調査をすべく歩き出した。


 気持ちを切り替えたつもりでも、やはりショックは受けていたようで信じられないミスを犯してしまった。

 俺は不用意に通路を進み不用意に女と出会ってしまった。

 なぜ身を隠しながら進まなかったと後悔してもう遅い

 機械に挟まれた通路を進んでいき、十字路になったところで何気なく右を向き、女とバッチリと目が合ってしまったのだ。

 女は従業員の制服を着ておらず私服、手に缶のような物を持って機械の配管部分を調べていた。

 そして、俺がするなら分かるがなぜか女もしまったという顔をしている。

 直感、決断、行動。

「そこで何をしているっ!!」

 口を開いたのは俺の方が早かった。怪しい者同士だったが主導権を握った俺が有無を言わさず正義は我に有りになった。

「えっいや」

「見ない顔だな。誰だお前、どうしてここに入った」

 ホテルの制服は着てないが関係者であることを匂わす台詞で畳み掛ける。

「いや~その迷っちゃって」

 女は照れ笑いを浮かべて言い分けするが、こんな地下エリアにどうやったら迷い込める、俺のように意図でもしない限りない。

 これで女が私服でここの様子を見に来た従業員という線は消え、俺同様何かしらの目的を持ってここに侵入した曲者であることは確定したが、目的は何だ?

 女はぱっと見人目を引くような派手さはないがナチュラルメイクで地味目にまとめた記憶に残りにくい顔とも言える。私服も肌の露出は極力抑えたゆったりとしたユニットとスカート。ここが地下でなければ、うっかり普通の女性が迷い込んだと思ったかも知れない。

 潜入工作をするなら目立たないようにするのは基本、そんな女が持っている缶が気になる。

 それにしても失態だった。物陰に隠れながら進めば不用意に出会うことも無く影から女が何をしようとしているか見定められたというのに、それによってどれだけ情報が得られたか。だがアドリブで何とか巻き返した。このまま女の目的を聞き出してやる。それがこのホテルの秘密に繋がっている予感がする。

「ちょっと事務所で話を聞こうか」

 勿論事務所なんて無い。ブラフのプレッシャー。

 間違いなくこの女はこのホテルについての何か知っている。ここじゃいつ人が来るか分からない(特にソフィアが来たらまずい)何処か人目の無い場所に監禁して何としても情報を吐かせる。

「はわあわわっわわ、いやっ近寄らないで」

 女は一般人のように威圧する俺を怖がり近寄らないでとでもいうように手を前に出した。

「!」

 咄嗟に傾けた首の横を何かが風切り音と共に通り過ぎていく。

 攻撃されたのを察知した俺は間合いを詰めようと前に出ようとして更に横に飛び、元いた場所を何かが後ろから通過していった。

「ちっお前もプロか」

 吐き捨てるように呟いた女の袖からは紐で繋がれた錘がぶら下がっていた。

 流星錘とかいう中国の武器に似ている。先端に付いた錘を繋がった紐で操ることで変幻自在の攻撃が可能になる。今も俺が迂闊に前に出ていたら後ろから錘で後頭部を打ち付けられていただろう。

 この女もソフィアの仲間かよ。いや違うか。ソフィアの仲間なら俺が宿泊客だと知っているはず、どちらかというと昨夜会った男と同じ匂いがする。

 銃声を聞かれたくないが俺の腕じゃ銃でも使わないと危ない。後の心配より今の命だ。俺は銃を抜いた。

「!」

 銃を抜いた俺に女は驚いた顔をする。

「護衛は銃を好まないと情報にあった。ならばお前はこっち側なのか。

 なんだそうなんだ」

 女は1人で推論を進め1人で腑に落ちた顔をした。

「まって」

「何をだ」

 待てと言われて銃口を下げる馬鹿はいない俺は照準を女の正中線に合わせこむ。後は引き金を引くタイミングを計るだけ。

「どう私と組まない」

「組む?」

「あなたも雇われた殺し屋なんでしょ」

 雇われた殺し屋? 

 このホテルには複数の殺し屋が狙うようなターゲットがいるというのか?

 大金持ちが複数の殺し屋を雇った?

 それとも複数の人間が狙うターゲット?

 まだまだ確定させるピースは足りないが、一気に推理を進めるビック情報が苦も無く手に入ったぞ。

 このままうまく話の流れに乗っていこう。

「お前と組むメリットは?」

「このガスをホテルにばらまく。そうすれば厄介な護衛と戦う必要なく始末できるわ」

 女は手に持ったガス缶を自慢気に見せ付ける。

 あれ毒ガスだったのかよ。下手に撃ち抜いたりしないように注意しないとな。

「その後にターゲットの死体を探すのを手伝ってくるだけで良いわ。

 それで成功報酬の半分を出すわ。悪い話じゃないでしょ」

 大量虐殺を女はとびきりの笑顔で提案してくる。

「話にならないな。大事にし過ぎる。

 有名人にでもなりたいのか?」

 ターゲットをホテルにいる人間全員ごと始末するなんて、この女馬鹿なのか?

 確かに仕事は簡単に達成出来てもその後どうなるか想像する頭がないのか? 別に倫理的がどうとかでなく、それだけの恨みを買えばそれ相応の報復が巡ってくる。

「大丈夫よ大事にはならない。このホテルがあんまり流行ってないようで一般の宿泊客が少ないようだし、このホテルを手に入れた依頼人が勝手に隠蔽してくれるわ」

「ふむ」

 また一つ情報が手に入ったぞ。

「同業者についてはお互い様でしょ。それに組合もこれ以上の失態は侵せないから何も言わないわよ。

 組みましょ、なんなら抱かせてあげるわよ」

 俺の呟きを前向きに捕らえた女はここが攻め時と今まで地味目立った顔が男を誘う妖艶が顔に変わっていた。

 この女は危なすぎる。

 始末するのは確定として、もう少しなんとか情報を引っ張れないか?

 せめてターゲットを知りたい。

 そんな欲が油断を生む。

 女は俺の隙を見逃さない。

 垂れ下げていた腕が振り上げられ錘が命を得たように襲い掛かってくる。

「くっ」

 咄嗟にガードに使った銃が弾かれた。だが錘も弾かれ一時コントロールを失っている。

 銃を失った俺の勝機はこの刹那にしかない。

「うごっ」

 俺が踏み込む前に女は苦悶の表情をして倒れ、その後ろには男がいた。

 いつの間に?

「おっ」

「しっーーーーーーーーーーーーーー」

 男は人差し指を口に当て俺を静かにさせると、跪き苦しむ女の顔を覗き込む。

「神は言われた。「我々にかたどり、我々に似せて、人を造ろう。」

 ならば人の深き業の中にこそ神が宿っている。そして人は死に際にこそその業が露わになる。

 さあ、業深き者よ、己の歩みを思い返し私に神を見せなさい」

 牧師のように女に問い掛ける男は女の吐息一つ見逃すまいと凝視している。

 今なら隙を突けそうだが、男のあまりに真摯な態度に俺は敬意を示してしまった。

 つまり静かに男と共に女を見守る。

「あがあがが」

 女は苦しみ悶え迫り来る己の死期をまざまざと実感させられる。

 一瞬の死なら何も思うことなく逝くが、徐々に迫る死に人は己を自省せずにはいられない。

 台詞が本当なら男はそんな女から神を見出そうというのか?

 その為に何をしたか知らないが時間を掛けて苦しんで死ぬようにしたのか。悪趣味と言いたいところだが、男の真摯な顔を見ると高潔なる求道者にしか見えない。

 やがて女が苦しみ抜いた末に息を引き取ると男は立ち上がって此方を向いた。

「その女に神を見いだせたか?」

 俺はホテルとか男の正体とかの前に其方の方に興味が惹かれていた。

 神を探す男、見付けたのなら是非教えて欲しいものだ。

 男は静かに微笑むだけだった。

 秘事は黙して語らず胸の内にしまうのみ。簡単には教えてくれないようだ。

「私は悪食。

 神を探す者です」

 通称だろうが名前はあっさりと教えてくれた。

 後で裏社会を調べてみるか。

「神を見付けて何を望むんだ?」

「孤児が親を求めるのと同じですよ」

 神を見付けるのが目的というのか。

 これで此奴がシン世廻だったり世界救済委員会のエージェントである可能性は消えた。彼奴らなら喜び勇んで目的を語るからな。

「あなたの業は面白そうだが、今はまだその時ではないようだ」

「今は?」

「ええ、悪食の名に賭けて悪に墜ちてない者は手に掛けません。

 あなたが悪に落ちたら、また会いましょう」

 それがターゲットを苦しめて殺す男の良心の一線なのだろうか?

 まあ悪党をどうしようが俺は別にどうでもいい。善人を殺さないなら放って置いてもいいくらいだ。

 だが俺に言ったまた会いましょうは聞き逃せない、俺がターゲットになり得るというのか。

「待てっ」

「ここに長居はしない方がいいですよ。彼女のことなら急の心臓発作と診断されるでしょうから、ここの者に任せて大丈夫ですよ」

 それだけ付け加えると悪食はそのまま俺に背を向けるとこの場から去って行くのであった。


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