第419話 調査開始

 朝日に照らされ夢から覚めた頭で屋上をぐるっと見渡す。

 転落防止用の柵が巡らされ、草木が美しく並べられている。ここから下界を見下ろせば朝日に照らされた街が浮かび上がって見え気分は天空の城。

 ちょうどテーブルも用意されているので一服したくなる。カフェのシャッターが閉まっているのが残念だ。俺は席に着くと美しい景色を眺めながらスマフォを取り出す。

 電話して直接話し、たくはないが抜かりがないよう直接話をしたいところだが、時間が時間だ流石に起きてないだろう。詳細をメールにしたため送るだけに止めた。腕は確かな奴だが問題は、この仕事に興味が惹かれてくれるか。金で動かない奴は兎角使いづらい。待ったあげく気が乗らないと断られると厄介だな。送ってしまったが、もっと確実に動いてくれる奴に打診し直すか。

 prうるるるっるるるるるる。

 誰にするか候補を思い浮かべる前にスマフォが鳴り響いた。

「起きていたのか?」

『旦那のお誘いならSexの最中でも駆けつけるぜ』

 なんで此奴はいちいちい声も喋り方も色気があるんだ。さぞや女にはモテるだろうが男の俺からしたら鬱陶しいだけだ。

「随分と気に入られたもんだな。前回で懲りなかったのか?」

 普通あんな目にあったら二度と関わりたくないと思う、まともな奴ならな。

『何言ってんだよ~、あんな興奮味わったらもう旦那以外じゃ満足できないぜ』

「なら早速仕事に取りかかってくれ」

『任せろよ~、情報もブツも直ぐさま用意するぜ』

「用意が終わったら連絡をくれ、おって受け渡しの場所と時間を連絡する」

『おいおい連れないな~、ホテルの部屋に直行するぜ。また濃厚な時間を過ごそうぜ~』

「それは辞めて貰う。

 ホテルの敷地内には入るな、入ったらお前でいられるか保証は出来ない」

『それは誘っているのか~』

「そう受け取るなら受け取って貰っても構わない。ホテル内に入るなら仕事が終わってからにしてくれ。その後なら気兼ねなく処理できる」

『旦那は相変わらずおっかないな~』

「その俺でさえいつまで正気でいられるか分からない。既に半分正気じゃないかもしれないな」

 昨晩は運良く正気を取り戻せたが、一歩間違えば不思議の世界の悪魔になって彷徨っていたかもしれない。

 あそこが分水嶺だったな。一瞬の躊躇いで俺は島村を犯し食いが出来なかった。あそこでもし島村を犯して食っていたら取り込まれ二度と自分には戻れなかっただろう。

 俺はもしかしてソフィアに助けられたのか?

『一緒に狂気に踊るのも楽しそうだな』

「そうかお前は演劇を見るのが好きだと思っていたが、演者になりたかったのか?

 なあP.T」

『くっく、違いない。用意ができたら連絡する』

「頼む」

 スマフォは切れた。どこまでふざけた態度の男だがこれで仕事はきっちり果たすだろう

 しかし彼奴の相手はどっと疲れた。ああいうノリは苦手だ。

「ふうっ缶コーヒーでいいから一杯でも飲みたいところだ」

 しかしここには自販機はない。仕方ないと一分ほど風景を眺めた後動き出す。

 まずは、あれだな。

 広々と広がる屋上に突き出た長方形の部屋、エレベーターの機械室。こんな人気の無いチャンスはもう無いかも知れない。装備が整って無くても踏み込む価値はある。

 機械室の前に行くがドアは当然鍵が掛かっていた。だが趣味は良いがこんな古式ゆかしい機械式の鍵なら余裕で開けられる。伊達に高い金を払って鍵屋で講習をしていない。

 昨日の夜で分かったことがある。今回の魔は演出家。一から全てを構築しているわけではなく、元となる何かを見立てて世界を構築する。

 屋上を雲の上の世界。純真無垢な島村達を天使。そして俺を悪魔。

 ならばあの地下世界も何かしらの元があるはず。あれだけ凝った演出をしたんだなにかあるだろ。

 ほどなく鍵が開き機械室に入ると、ぶわっと冷風が体を吹き抜けていく。顔を出してエレベーターの昇降通路を見下ろすと冥界まで続いていそうな暗い長方形の穴が下まで伸びている。

 如何如何余計な想像はここでは身を滅ぼす。

 エレベーターのメンテナンス用の昇降梯子に足を掛け手で掴むと冷たさが伝わってくる。落下すれば真っ逆さま死に落下する恐怖のリアル。このリアルの実感こそがここでの武器。

 俺は慎重に下に降り出した。


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