第417話 天国

 ポンッボフッ

 吐き出されるように上に放り投げられ落下した俺は柔らかいものの上に頭から落ちた。

「どこなんだここは?」

 幸い怪我は無かったようなので、状況を確かめようと埋もれていた顔を上げる。

 すると目の前に一糸纏わぬ少女達がいた。

 島村達だ。

 島村、望月、大村に怪我をした様子はない。ないが背中に翼が生え頭に輪っかが浮かんでいる。まあ似合っているし許容範囲だろう。

 彼女達は影狩達と違い保護対象、彼女達に何かあれば・・・、退魔官に民間人を保護する責任はないが特魔教諭としてはどうなんだろうな? 生徒を優先して守らないといけない規約でもあったかな。まあ別にクビになっても構わないが、俺にだって多少は人の心、違うかプロとしての矜恃はある。折角果たした仕事を無駄にされるのは面白くない。

 出来ることなら彼女達を連れて一旦このホテルから退却したいところだ。その際にネックになるのがソフィアか。島村達を守りながら彼奴とは戦えない。

 まずは状況確認、俺は立ち上がって回りを見る。

 地面は真っ白でふわふわの綿のようものが一面に広がっていて、果ての先には下界の街の光が見える。見上げると遮る物無く月と星の光が楚々と降り注がれる。

 何となくお伽噺の雲の上の世界に来たようだ。

 豆の木でもないかとぐるっと見渡しても雲が広がるのみで下界に降りる乗り物や階段は見えない。

 これでは島村達を連れて脱出どころか俺一人での脱出すら怪しい。

「こんにちは~」

 俺が辺りを伺っているとポニーテールをゆらゆら揺らして島村が近寄ってきていた。

 バレー部らしく筋肉の上に薄く脂肪が乗ってスラリと背が高い。そして男の俺を前にして素っ裸で恥じ入る様子は一切無い。大原みたいに変なキャラが割り当てられているかと思えば、大樹から救い出した純真無垢のままなのか? いやそれにしては反応が初対面だな。

「こんにちは、ここがどこだか教えてくれないか?」

 揃えた仮面の中から人畜無害を選び、人が良く無害そうな笑顔で尋ねる。けっこう子供受けはいいはず、純真無垢のままの島村なら素直に教えてくれるだろう。

 人畜無害の笑顔、・・・のはず、なのに島村はじりじり下がって2人のところに戻ってしまう。態度がまんま不審者に声を掛けられた小学女児。俺でも心が痛む。

 純真無垢だけに見掛だけの仮面では騙せないのか? こうなると脱出方法がわかっても三人を連れて脱出は無理そうだな。

 俺がどうしようか考えている内に三人はバレリーナのように優雅に踊りながら三方に散り始めた。

 島村、望月は元々鍛えていた体育会系。締まった体から切れのある踊りを見せてくれる。大村は文系だけあって切れは鈍いが切れが無い分緩やかなで女性らしい丸みのある踊りを披露してくれる。

 三人とも翼を羽ばたかせ踊る姿は天使のようであり、天使のように聞くものを魅了する歌を歌いだす。

 三人にバレーの素養があったという情報はないから、これが彼女たちに割り振りられた役? 役が割り振られれば肉体の物理的には変わらないが、補って余りある知識とテクニックを与えられるのか。


 ふわふわふわふわ くもの上

 ここに地上の喧噪はない

 ふわふわふわふわ くもの上

 地上の醜さここにない


 三人は俺の中心にした三角形を描いて踊りを踊っている。


 ふわふわふわふわ くもの上

 ここは天国

 死者の国


 歌に反応し俺は三人を見据えつついつでも抜けるように銃に手を掛けた。


 ふわふわふわふわ くもの上 思い出す

 幼き日々は地上の街で暮らしてた

 幸せの花が咲き

 無邪気に楽しく遊んでた


 いつしか人の悪意に押し潰されて

 壊れてしまった わたし

 わたし~


 悲壮な声と感情を乗せて彼女達は地にバッと伏せる。

 見事すぎて本職で食えるんじゃないというほどだ。


 壊れて暗闇に沈むわたし

 そこに舞い降りる王子様の招待状

 必死に手を伸ばし掴み取る

 すがったわたしは誘われるがままに

 人を捨てた

 

 間違いないこれはミュージカル風にした悪意に飯樋に出会った下りだ。飯樋が王子様というのが笑わすが、彼女達に記憶が戻ったのか?

 

 ふわふわふわふわ くもの上 思い出す

 人を捨て花の実として生きるわたし

 風の吹くままぷ~らぷら

 そこには哀しみも憎しみもない

 風の吹くままぷ~らぷら

 穏やかな時間が流れ生きる喜び感じてた


 起き上がった彼女達は今度は風に揺られる花びらのように軽やかに踊りつつ、段々と俺の中心とした三角形が縮みだす。

 この先の展開は考えるまでもなく予想はつく。撃つべきか?

 合理は撃てという。


 ふわふわふわふわ くもの上 思い出す

 ある日悪魔が現れた

 恐ろしい日

 悪魔がすべてを破壊した

 終焉の日


 人として壊れ

 植物として破壊される

 もはや世界に居場所なく

 わたしたちは世界を捨てた

 

 撃て、ここで撃て。


 ふわふわふわふわ くもの上

 ここが最後の果て

 安らぎたる死者の国

 ふさわしくない者おかえんなさい 


 ターンターンターンステップ

 鋭い回転とステップで三人は一気に間合いを詰めて俺の腰に抱きつく。

 俺は結局銃を抜けなかった。


 飯樋の言う通りだったな。

 三人は大樹にぶら下がっているのを幸せに感じていたようだ。

 説教臭く人は苦しむべきとか家族が悲しんでいるとか彼女達の心には響かない。

 人の醜さが充満するこの地上から解放されていた彼女達を地獄に戻したのは俺

 しかも説教臭い正義感じゃない

 仕事とだからと戻した。

 恨まれて当然、天国に入る資格のない地獄が似合う悪魔。

 三人に腰にしがみつかれたまま俺は持ち上げられる。

 今ならまだ抵抗は間に合う。

 なのに島村が俺の顔を見てしまう。

 人を捨てようとしておいて自分は捨てないでと縋るような目。

「おかえんなさい、悪魔」

 三人によって俺はされるがままに天国から落とされるのであった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る